「離れて……このままじゃ…我慢、出来な…」
その衝動を、俺に理解することは出来ないのだろう。ただ、誰も知らない“園村蓮”を知ることはできる。それだけでも、充分だ。
「いいよ、我慢しなくて」
緩めたネクタイを外し、シャツのボタンも一つ一つはずしていけば…直視など出来ないというように、園村の瞼がかたく閉ざされてしまった。
「嫌だ…嫌…僕は、もう……誰も、傷つけたく、ない」
“もう”?
「僕は、僕は ……醜い、汚れた、獣…少しずつ少しずつ、量が…頻度が増えて…抑えがきかなくなって、欲望のままに…いつか、また…」
「蓮」
「繰り返したく、ない…んだ」
押さえ付けていた手首。それはゆっくりと枕から浮き、俺の手を押し返してきた。
「お前、頭悪くないのに、分からないのか」
細く、頼りない手。
それからは想像もつかないほどの力で。
「同じように無理し続けて、またこうなった時…お前は我慢出来るのか。消えるまで我慢出来るのか」
「……する、んだよ」
「無理だ。飢えを凌ごうとする本能には、逆らえないだろ。だったら、他の誰も傷つけいように」
やめろ、黙れ…
「俺の血だけ、吸っていれば良い」
もう一度、その唇にキスを落とす 。啄み、唇を割り、そして…鋭利な八重歯を見つける。これが…皮膚を突き破る、のか。
「やめ…ふ、ぅあ、」
「蓮」
「あ…や、あい…」
「虎」
園村のシャツをはだければ、眩しいくらい白く、そして薄い胸板が、露になる。
「虎、って呼んで」
唇を彼の耳に這わせ自ら自分の首筋を差し出した。その八重歯で穴を、熱い舌で撫で、そして…あの甘い痺れをじわじわと広げていってほしい。俺はマゾじゃないし、男同士でこんなことをする趣味もない。そう、ないのに…かつてないほど俺は、欲情し、興奮していた。これほどまでになにかを求めるのは初めてだ。
「ほら、さっさと吸えよ。…蓮」
低く囁けば、その声にも敏感に反応した。
「っ、あ…」
ヒヤリと首筋に触れた鋭利なかたいものは、舌先で触れるだけでもぞわりとするようなあの八重歯だ。指一本で、耐えがたいものを感じた。ならば、ここは…太い血管を破られ、彼の体内へ吸い込まれ、熱い舌で舐めあげられるその感覚に息を飲む。
「さ、三……秒で、引き剥がして…僕のこと」
返事など、まだしていないのに、園村は歯を突き立てた。先程とと同じように、短い痛みが走った。
いち、
「ち、ぅ」
「っ、は…」
に、
何だよコレ…俺の首に腕を回した状態で、園村は我を失ったようにそこに口を押し当てている。さっきと同じように、今はもう痛みなどない。ただただ、彼の触れるところが熱く、そして、痺れている。その甘い痺れが全身へ広がっていく。それは一瞬で、でも確かにその感覚を覚えている。首から肩へ。そこから腕と背中、そして腹、腰、足へびりびりと駆け抜けていくような。
さん…
三、秒?いや、もう明らかに過ぎている。
三つ数えるうちに、俺は数を数えることも出来ないほど興奮していた。理性を失う、とはまさにこういうことを言うのかと、笑いそうになる程。意識が飛びそうになっている。
「…園村」
熱い…腰も疼く。
「蓮」
ダメだ…
「っ、ごめ…」
俺を押さえ込んでいた腕が離れるのと同時に、俺は再び深くキスをした。生臭い鉄の味、それが唯一の歯止めだった。こんなものの為に飢え、そして喉をならすこの男は、本当に人間ではない。
「愛嬌くん…?」
飢えを凌げ、満足げに紅潮した頬。そして濡れた睫毛。震えた声で喋るのさえ、今は扇情的に映る。 一切触れていないはずの下半身が、信じられないほど膨張している。スラックスがきつい。楽になれないもどかしさが、痛いくらい苦しい。
本当に…あり得ない。どんなセックスをしても、こんな風になったことなどないのに。指をそうされた時、俺はこうなることを予感していたんだろうか。この行為に、性的興奮を覚えたのだろうか。
「っ、や…」
その硬くなったものに気づいたのか、園村は更に頬を赤くし、僅かに視線を下げた。
「お前、分かってたのか」
「……」
「そうか、じゃあ…」
彼らには食事以外のなにものでもない。しかし、その行為で捕食される側に興奮を与えるということを。それならば俺も“遠慮なくいただく”という選択肢しかない。
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