Tiger x Lotus parallel | ナノ


そう思った瞬間、冷たい指先が、俺の首筋を撫でた。それは園村のもので、驚くほど素早く伸びてきた。一瞬、何が触れたのか分からなかった。だってどうみても、今の彼が素早く体の一部を動かせるようには見えないから。

「園村?」

上半身を起こした状態で、園村は俺の首に触れた片手に力を込めた。自然と顔を寄せられる形になる。鼻先が触れそうなほど近づき、俺はその顔を凝視せずにはいられなかった。

「僕の…こと、蹴飛ばして、でも…離れて」

初めて喋り、触り、そしてこんな近距離で見つめられ、俺はこの数十分で園村に近づけたと、錯覚していた。
こんなに力があると気づかなければ、それが錯覚だとは気づけなかっただろう。…そう今俺の首に絡み付く手に込められた力は、さっきまでの様子からは想像もつかないほどの力なのだ。簡単には、逃れられないほど。

「はや、く…」

「……逃げなかったら、俺をどうするつもりなんだ」

背は俺の方が高い。体つきだって、力も俺の方があるはず。なのに、なんだ…この力は。

「あ…」

近くで見れば見るほど、引き寄せられる。焦げ茶色の瞳は、何処までも澄んでいて、吸い込まれるんじゃないかと思うほど。園村の手を剥がすことは諦め、肌荒れも傷も、何一つない滑らかな肌を纏う顔へ、手を這わせた。
形の良い目に、挑発的な目をした自分が映る。園村は俺の手に敏感に反応して、何度も肩を震わせた。それに優越感を覚えた所為か、僅かに口角が上がるのを感じた。

「やめ…」

赤みを取り戻した唇をなぞり、はっとした。男同士で、一体何をしているのだ。まるでそれまで、園村が男であることを忘れていたような感覚。いや、視覚や聴覚でそれを確実に捉えているのだ。忘れていたのではなく、俺自身が、園村は男だからという意識を失っていたのだ。

「言えないようなこと、するつもりなのか」

「っ…」

「してみろよ」

はっとしてもなお、俺は園村を挑発していた。この脆弱そうな男が、何を考えているのか、単純に知りたかった。それから、俺の中にある彼への思いが何なのか、それも確かにしたかったんじゃないだろうか。
大きく見開かれた目。
それは光を吸い込んで、一瞬琥珀色に光った。そして…

「っ……少し、目を…閉じて」

「目?」

目を閉じてすること…思い付いたのはキスくらいで、けれどそれに嫌悪を抱くことなく俺は目を閉じた。女とだってしたくないそれを、俺は受け入れようとしている。園村は確かに男にもモテそうな、男を惹き付けるような何かを持っているような、そんな気はする。でも俺は違う。それでも俺は瞼を伏せたのだ。自分が思い付いたことをされても、別にいいと思った時点で、俺はもう…
俺の視界が閉ざされたことを確認したのか、首を押さえていた手が、離された。次の瞬間、園村の唇をなぞっていた親指に走った鋭い痛み。

「っ」

ちくんと何かが刺さり、じわりじわりと広がる鈍い痛み。逃れようと手を引っ込めても、彼の両手に捕まって身動きがとれない。噛み癖…いや、もしかして俺は、この男に喰われるのかもしれない。
鈍い痛みはいつしか消え、そこは熱を帯始めていた。なんとも言えない、甘い痺れを伴いながら。

“血を吸われている”

この行為の正体はそれだった。堪えきれずに目を開け、躊躇うことなく視覚はそれをとらえた。園村の唇が吸い付く自分の指を。

「その、むら…」

「っ!!」

俺の声に我にかえったのか、勢い良く離れていったそれ。そして、僅かにその端から垂れた赤い液体。甘い痺れから解放されたはずの指は、未だその感覚を鮮明に残している。同時に、もっと欲しい、とさえ思わせた。

「っ、ごめ…ごめ、なさ…」

同姓しか愛せない、首を絞める、歯をたてる、それくらいの性癖なら、別に変だとは思わない。

「お前…」

この行為は異常だ。尋常じゃない。それが彼にとって大事なものであることも、普通の人間ではないと、主張していた。何よりの証拠は、園村蓮自身だ。

「正気を取り戻したような顔してる」

青白く病的に窶れて見えた彼が、今は違う。俺にだって分かるほどの変化だ。

「あ、や…」

「今、何した」

必死で逃げ惑う視線を、無理矢理絡めれば…今にも泣き出しそうな目が何かを哀願するように、俺を見た。

「園村」

「っ……」

親指はまだ、熱い。
感じていた痺れは、ぴりぴりと広がったまま。それは確実に範囲を広げていた。

手首まで、その感覚が広がっている気がするのだ。熱も、指の付け根へと温度を伝えている。

「……ごめんなさい…」

「何」

「…」

「はっきり答えろ。お前はそういう性癖のある奴なのか、そういう生き物なのか、どっちだ」

これはほとんど、事実確認。答えは後者だろう。これで、俺が感じていた違和感ははっきりと形を表す。でも、そんな信じ難いことを簡単に口にするような奴じゃない。何よりもまず、彼は頑なに俺を拒否していた。“近づくな”と。その理由は一切言葉にされていないのだ。ただ、どちらにしても言えるのは、この穏和で、でも何処か影のある謎の多い園村蓮が、欲望を抑えきれなくなるほど追い込まれていた、ということ。

「誰にも言わねえよ」

「……」

「お前が何言われようと俺には関係ないし、興味もない。メリットもないし、むしろ俺が頭いかれたと思われるだろ」

変だ。一体何に対して、誰に対してこんな言い訳をしているのだろう。
そう考えながら、ジクジクと熱を持ち始めた体の芯に気づき、呼吸が荒くなっていることに気付いた。

「なあ、園村…」

熱い、身体が。



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