Tiger x Lotus parallel | ナノ

 
それから何も変わらず流れた二ヶ月を嘲笑う様な急展開が訪れたのは、梅雨に入ろうとした、六月の後半。たった今、俺の前で、問題のその男が、倒れているのである。そろそろ梅雨だ梅雨だといいながら、なかなか雨の降らない日が続いていた。雨が降ると決めつけて体育をサボったものの、空はムカつくくらい快晴で。そんな空の下、まるで息絶えるように倒れ込む、園村蓮を見つけたのだ。

「……」

「は、ぁ……は…」

青い空と眩しい太陽とは対照的な、生気を今にも失いそうな表情で、中庭の日陰に体を投げ出す彼を。

「……おい」

白い顔はさらに白く、苦痛に歪んでいる。苦しそうに息を荒くして、その目が俺を探すように泳いだ。明らかに異常な状態である彼を、無視するわけにはいかない、と言い聞かせて、声をかけた。

「…何してんだよ」

「、は……ぁ、っん」

「昼寝するなら、もっと見えないところ行けよ」

言いながら彼の腕を掴んだ瞬間、触ってしまったと、何故かそんなことを思った。同じ人間、同じ男、同じ学校の同じクラス。何も、可笑しなところはない。ないと言うのに… 想像したよりも遥かに細く、そして自分とは比べ物にならないほど白い肌に、驚愕した。無理矢理立ち上がらせた俺を上目遣いで見て、園村はその手から逃れようとした。

「…はな、して……」と。

自分から視線を絡めに来たくせに、いざ絡み合ったらそそくさと逃げていく。なんだ、コイツ。そう思いながら、もう一度視線を絡ませるために顔を覗き込んだ。

「気分、悪いなら─」

「ご、ごめん…だい、じょうぶ…だから」

本当に気分が悪そうだと言うのに、なに意地を張ってるんだ。俺の手を振り払おうとしたのか、細い腕が小さく揺れた。

「……お前、体弱いんだろ。さっさと保健室行けよ」

ぐっ、と力を込め直し、保健室へと足を向けた瞬間「っあ、」という小さな悲鳴と共に、背中に柔らかい衝撃が走った。そんなに強く引っ張った訳ではないのに…園村はついてこれなかったのか、足が縺れたのか、俺の背中に飛び込んできた。

「おねが…はな……て、おね…」

震えた声にどきりとして、思わず振り返る。こっちは心配していると言うのに、一体何が気に入らないというのだ。泣きそうなほど、何が嫌なんだ。

「嫌なら心配されるようなこと、するな」

「し……ぱ、い?」

心配、ではないかもしれない。別にここで誰が倒れていようと、俺は気にもしない。無視して通り過ぎる、そういう人間だから。なのに今、俺は、何をしているんだ。

「ほんと、だ…いっ……」

「おい」

何と言えばいいのだろう。
心配とも、興味とも、好奇心とも違う。もともと俺も無口な方で、多くの人間と戯れることも好まない。そのうえ基本的に、考えも行動も弛んでいる。その所為と言えるのか、遺伝子的にそうなのか、うまく言い表せるほどの教養を、持ち合わせていない。

「ほら、来い」

理解不能なそれに、今は少しの苛立ちが加わっている。頑なに俺を拒否する、彼の情けない表情の中にある、確かなそれ。俺は無理矢理園村を抱き上げ、“お姫様抱っこ”状態で保健室を目指した。驚きに目を大きくした園村は、嫌だ嫌だと言いながらも、本気で抵抗はしてこない。いや、出来ないほど辛いのだろう。
珍しく保健医の姿はそこになく、俺は窓際のベッドへ細い体を出来るだけ優しく横たえた。人を抱き抱えるなんてことをしたのは生まれて初めてだった。それも“お姫様抱っこ”なんて。

「はぁ、…あ……」

ベッドに横になった園村は、整いそうにない息の隙間から、何かを言おうとしているのか、俺を見上げた。いつの間にか、青白くなっていた顔は赤みを取り戻し、熱っぽく潤んだ目が俺をとらえた。
腕の中にあった、ほんの僅かな温もり。それから匂い。シャンプーか、柔軟剤か、それとも香水か…何の匂いかはわからないけれど、とにかく園村の匂いは俺の鼻の奥にこびりついていた。甘くも、キツくもない、柔軟で優しい匂い。それは俺の中の何かをつつくように、奥の方を刺激した。

「…れ、て」

「何」

「離れ、て……お願い、あい…きょ、く」

“愛嬌くん”
しっかりとは聞き取れなかったものの、確かに俺の名前を口にした。名前を知っていた、ただそれだけのことなのに、何故か胸がざわついた。

「…何が、そんなに嫌なんだよ」

視界が明るくなった気がしたのも束の間、園村は潤んだ瞳の奥に明らかな怯えを浮かべた。

「お願い……はな、れ…て……じゃな、きゃ…」

「…なんだ」

離れなければいけない理由は、なんだ。


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