「おや、知り合いだったかい?」
「マスター!この人誰?兄貴の知り合い?」
「へ?」
「なんかどっかで見たことあるんだけど…この目…」
「目…?」
「…なあ、もしかして」
僕の勘は、当たっているだろうか。いや、間違ってなんかいない、そんな妙な自信があった。
「…虎の、弟…さん?」
「!!やっぱり、あんた…」
青年は勢い良く顔を寄せたあと、僕の頬を両手で包み込み視線を絡めた。そして「やっと、見つけた」という小さな呟きと共に、僕は抱きしめられてしまった。
「あの…」
きっと背後では、状況を理解できていないマスターと後輩が首を傾げて僕らを見ているに違いない。それでもしっかりと抱きこまれてしまっている僕は動けないで、ぽつりぽつりと囁かれる声を聴いていた。
「一年間、あんたのこと、探してたんだ。兄貴の…虎の、中にいるあんたを…どうしても、見つけたかった。でも俺が知ってるのは虎が入院してた病院と、虎が知り合いに教えてもらったっていう喫茶店だけで…退院してからの虎は、別人だったんだ…」
マスターたちには聞こえないほど、小さな声だ。
「失明した、なんて言って眼帯をして…見れば片目だけ別人のものみたいで。…でも、それからの虎は、人間らしくて。よく、分かんねえけど…初めて虎も生きてる人間だ、って思えた。そうさせたのがなんなのか、誰なのか、俺には虎があっさり口にした“知り合い”しか思いつかなくて。それは…あんたなんでしょう?」
泣きそうな声が、ゆるく鼓膜を揺らす。
「……」
「その左目は…虎の、もんだろ?虎の左目には、あんたの右目と同じ色がある」
「…それは…虎に、直接聞いた方がいい」
「虎は絶対に口を割らない…」
「虎が言わないことを、僕の口からは言えないよ」
「っ…でも、……る、から」
「え?」
甘い黒蜜の匂い、近すぎる口から漂うそれに、酔ってしまいそうになる。いや、もう酔っていたのかもしれない。だって弟くんの言葉に、僕は走り出していたから。僕を呼び止める声にも気付かず、僕は走り出していた。青すぎる空の下を。
駅を通り過ぎ、ビルの立ち並ぶ中心街を抜けて。見えてきた、見慣れた白い建物へ。あの頃上がり慣れていた階段を駆け上り、もう歩くのもやっとなほど疲れているはずなのに、足を止めるなんてできなかった。
気持ちばかりが前に出て、何度も転びそうになる。それでも足は、そこまで止められなかった。
『バタンッ』
「はぁ…は、ぁ…」
“虎は今でも、あんたを待ってるから”
弟くんのその言葉だけが、僕を突き動かした。何処で待っているかなんて…考えることもなく僕は、たどり着いていた。
青い空に浮かぶ太陽を背に、こっちを見る彼。
白いシーツが風に靡く中、その黒はとてもよく目立っていた。
「……と、ら…」
目を見開いた彼は、確かに左右違う瞳を持っていた。
まるで、彼の背負った白虎の様な。琥珀色と、漆黒。
「れん…」
綺麗だと思ったそれが、自分のものだなんて。本当にそんなことがあるのだろうか。呼吸は全然整っていないのに、言いたいことがたくさんあって。息が出来なくて余計に苦しくなった。
「どうしてここ…」
それでも必死に手を伸ばした。
あの日の様に、クリアに捉えることのできる彼へ。変わらな世界を捨てたかった僕に、違う色を与えてくれた彼だ。閃光の様に僕の中を駆け抜けていった、彼。
僕は、虎の目を通して、たくさんのものを見た。
何も変わらない日常の中で、優しさを見つけた。いつかここで話した、陳腐なことを、僕はまだしていた。
「会いたかった」
虎の目で見る世界に、変わったところはないのに。どうしてだかそれはとても綺麗で、今までよりずっとずっと優しかった。
閃光
( 動き始めた僕の世界 )
( 交わることの幸福を )
/fin..
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