そんな彼を初めて見たのは、高校に入学してすぐのこと─…
保健室で彼を見つけた。
「誰か寝てるよ〜。残念」
名前も知らない、今では顔も思い出せない女とそこで行為をするために足を運んだ。三つ並ぶベッドのうち、窓際のベッドは既にカーテンで囲まれていた。人の気配を感じながらする趣味はなく、けれどそこに誰が居るのかという興味も沸かなかった。そんな俺とは対照的に、隣に居た女はそのカーテンを遠慮もなくひいた。そこにいたのが、その男だった。
少しだけ空いた窓の、僅かな隙間から吹き込む風に柔らかそうな髪を揺らし、眠る彼。閉じられた瞼から伸びる睫毛と、光を受けて白く光る肌。それが物凄く印象的で、正直、その時抱こうとして女よりずっと、魅力的で色っぽく、そして綺麗だった。
それが、彼を見た最初。寝顔だけでは、それが誰だったのかわかるはずもなく。探してみても見つけることはできなかった。それに、見つけてどうしようと言うのだ、と言い訳までしている自分がいた。学年もクラスも名前も知らない、ただ男ということしか、分かり得なかったのだ。
だから、その出会いから一年が経った頃。その寝顔に再会したときは、かなりの衝撃を受けた。
「園村、休みか〜?」
「あ、保健室でーす」
“園村”その名前を聞いたのは二年生になってからだった。一年生の時はたぶん違うクラスで、同じクラスだったとしても俺は知らない。俺がその存在を認識できていなかっただけという可能性も 、大いにあるのだけど。
「そうか」
園村は影も薄いし、ほとんど口を開かない。友人の輪の中に居ても、その大人しさは変わらない。というより、輪があるそこにたまたま居合わせただけなのかもしれない、と思うほど空気のような男。おまけに体育は滅多に出ない病弱で、虚弱な。
「あ、愛嬌、何処行くんだ」
「トイレ」
「そういうことは休み時間に済ませなさい」
俺が園村に、興味を示したことはなかった。そう、その時までは。
“保健室”
「あら、愛嬌くん。どうしたの」
「眠たい」
「相変わらずね。窓際は使ってるからね」
保健医の声は、カーテンで囲まれたベッドへ向けられた。そういえば、彼に会って以来、ここへは来なくなっていた。理由はない。あるとしたら、それはたぶん…
「あ、こら、覗かない」
“保健室”という場所で、美しい彼は体を休める為に、俺は快楽を得るために、そのベッドを求めた。そこへ訪れた動機の違いに、何かを感じたのかもしれない。
「っ…」
手をかけたカーテンは、抵抗もなく横へスライドし、真っ白のベッドが露になった。同時に、そこに眠る、その顔も。
「……園村、蓮…」
あの日の寝顔と、一年ぶりの再会。
変わらない、白く光る肌と長い睫毛。柔らかそうな髪。
あの日の寝顔が、今此処にある。園村蓮のものだったのだ。それが、気づいたきっかけ。そこからはもう、彼を目で追うだけの日々。気づけなかったこの一年が、どうしようもなく勿体無く思えた。でもきっと、あの寝顔と園村蓮を結びつけるのは、容易いことではない。
なのに、現金なことに、分かってしまえばそれまで興味もなかった“園村蓮”に視線を奪われてしまうのだ。
窓際の席で、いつも何処か遠くを見る、彼に。
改めて見れば、確かに印象的な部分はぴったり一致する。そして、もう一つ気づいてしまった。冴えない存在に思われがちな彼の、柔らかな微笑みに。あんな風に笑えるのに、どうして彼は人と距離を置いているのか…根拠もなく、俺は彼が何か秘密を抱えているのだと思った。あえて、空気のように存在を消し、誰とも深い関わりを持たないようにし、そして憂いだ目をする理由が、あるのではないかと。そう思い始めたら、彼が自分と同じ人間ではないような気さえして…気づいてから二ヶ月でそれは勝手な確信となって、俺の中で大きくなっていた。
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