Tiger x Lotus parallel | ナノ


3年生になって1ヶ月と少し。
何も変わらない日々に飽きたように、魔がさされた。

「愛嬌」

「……」

「おい、シカトか?」

「…あ?」

肩を掴まれて立ち止まると、俺を囲むように目付きの悪い男がいることに気がついた。スリッパの色は同じだから同級生か…いや、違う色のやつもいる。けれど一人も知らないし、区別もつかない。俺は呼び止められた意味がわからず、肩を掴む男を見下ろした。

でも、初めてではない。
放課後、こうして誰かに絡まれることは前にも何度かあった。
3年生になってからは、これが初めてだけれど。

「何」

「ちょっと面貸せ」

「無理」

「はあ?」

「先輩、もうここでやっちゃいましょうよ」

「そうだぜ、やろうぜ」

下駄箱はすぐそこなのに、面倒くさい。
そんな冷静なことを思いながら、けれどこの状況がやばいってことも分かっていた。
改めて見渡せば、周りにいたのは5人。まだましな方だが、それでも1日の疲れを溜め込んだ今はしんどい。

「愛嬌、お前最近真面目ぶっててうぜえんだよ」

そんな理由か。馬鹿馬鹿しい。

「じゃー一発目!」

女を寝取られた、睨まれた、肩がぶつかった、それのどれより馬鹿げていた。しかし腹部を襲った痛みにそんな考えを捨てた。
早速殴ってきた奴の手首を掴み、背負い投げの形で思い切り床に叩きつけたあと、その隣にいた男の後頭部を掴み、顔を壁へと押し付けた。こっちは一人なんだ、全員が見えるはずなどないのに、背後から蹴りを入れられ、腰に鈍い痛みが走った。


「…めんどくせえ……」

蹴りを入れてきた足を捕まえ、回し蹴りでお返しした。鈍い音が響き、今度は残りの二人が同時に掴みかかってきた。避けきれず何発か食らってしまったが、どう見たって俺の方が手も足も長い。振りきるのは難しくなかった。力を込めた拳を翳せば、すぐ転がってしまった。

「いってぇ…」

呆気なく倒せたものの、殴られたところがズキズキと痛む。それから自分の手も痛い。呻き声が聞こえ、まだやり合う気なのかとうんざりして保健室へ向かった。そのまま外へ出ればまた襲われるだろうが、さすがに保健室へ行けば教師もいるし安全だろうと思って。

ほとんどものの入っていない鞄が妙に重く感じたが、保健室はすぐそこ。まだ園村が居ることを祈ってドアを引けば…


「愛嬌くん!!」

すぐに聞こえた声。
俺を捕らえた園村の目が大きく見開かれた。
良かった、いて。

「何してるの、早く座って」

ああ、そういえば、こんな姿を見せるのは初めてかもしれない。怪我なんてしたら迷わず帰っていたのだから。
普段冷静な園村が、俺の所為で慌てている。

「いっ」

「っごめん、でも少し我慢して」

ピンセットを持つ手、絆創膏を貼る指、ガーゼをなぞる温かい手のひら、一つ一つの作業を目で追った。きっといつまでも見ていられる。今まで手当てをしてもらわなかったのを、後悔した。次からは些細な傷でも手当てしてもらおうと思うほどに。

「他には?どこか痛い?」

「…腹と、腰」

「お腹と腰…シャツ脱いで、湿布貼るから」

言われるままにブレザーを脱ぎネクタイを外し、シャツも剥いだ。脱ぐ途中、ブレザーに白くスリッパの後が残っているのを園村が払ってくれた。

「っ、誰にやられたんですか?」

湿布を貼り終えた園村に問われ、俺は知らないとしか答えることが出来なかった。

「でも、これ…」

さすがに喧嘩だと気づいたのか、園村は目を伏せて膝の上で拳を作っていた。

「別に、初めてじゃないし大丈夫」

「大丈夫じゃないよ!」

「っ、?」

いつもよりすこし大きな声を出した園村に驚いたが、そんな俺をよそに彼は俺の左手に、触れた。熱を帯びた利き手はジンシンしたままで、触れられた瞬間にピクリと跳ねてしまった。


「ごめん、痛いよね」

「あ、いや、痛くねえ」

俺の手を両手で包み込む園村は、まだ目を伏せたまま。何を考えているのかなんて、全然分からない。目を合わせて話すのが彼にとって普通だから。

俺も園村と同じ場所を見下ろし、しばらくどちらも声を出さないで沈黙が続いた。まだシャツのボタンをとめていない。早く手を離せ、なんて思うことも忘れて、俺はその沈黙に身を委ねていた。心地のいいものだと感じたから。

先にそれを破ったのは、園村の方だった。


「ギター弾く大事な手なんですよ」

ぽつりと、まるで自分自身に言い聞かせるみたいに呟かれた言葉。

「これくらい、何でもない」

一瞬込められた力に、それ以上は言えなかった。
本当のことを言えば、もしギターを弾けなくなったとしてもそれはそれでいいと思う。俺には必要のなかったものだったのだと。もちろん今すぐそんなふうに割りきることはできないが。それが俺の唯一であることは間違いないのだから。


「…あんたの手は、綺麗だな」

再び黙り込んだ園村に言えば、僅かに視線が上げられた。
俺の左手を包み込む手を、右手で片方剥ぎ、良く見えるように顔の前へと持ち上げた。

「傷ひとつない。指も爪も形はいいし」

「愛嬌く…」

初めて自分から触れた彼の手は、傷をつけてしまいそうなほど脆そうだった。でも、ずっと昔に触れた手に良く似ていた。息をするのも忘れ、ひたすらに手を伸ばし、触れたあの時の手に。

「……似てる…」

「え?」

無意識に漏れてしまった声を拾った園村が、さらに視線をあげてやっと目と目があった。

「…いや、何でもない」

濁りのない瞳に、吸い込まれてしまいそうだと思った。いつだって思うけれど、こんなにも近くで覗き込まれたら直視なんてしていられない。目は逸らしてしまったけれど、掴んだ手はまだそのまま。

「大事な思い出なんですね」

「……」

「そういう目を、してました」

話して、などと言われているわけではないのに、何故か胸の内に秘めていたものが言葉となっていく。それはどんどん積み重なって、自然と口から溢れた。声となったそれは、自分でも驚くほど素直で、そしてありのままだった。


「一目惚れした手に、似てるんだ」



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