Tiger x Lotus parallel | ナノ

園村は去年の春赴任してきた。つまり俺が2年生の時。1年生の間、ここには別の養護教諭がいて、俺に干渉することなく去っていくような人間だった。だから俺はここで思う存分眠ったし、女を連れ込むこともあった。だからその延長で…あの日もここのベッドで行為に及んだ。

女を追い出してしばらくして、園村が現れた。最中を見たらしいくせに問題にはしなかった。それがちょうど1年前の話。俺はその時初めてちゃんと新しい養護教諭の顔を見て、嘘臭く笑う奴だと思った。ただ、そのあと彼は俺に言ったのだ。
“そんな目をされたら、怒れないよ。何をそんなに、苦しんでいるの?”と。

嫌いだった。自分も、それ以外も。
他人に触れられることに嫌悪感を抱くくせに、埋まらない何かを埋めるためにセックスをした。それだけのセックス。
憧れを抱いて始めたギターが苦痛になったと思って、弾くのをやめた。その言い訳を考えてみたりもした。

もうずっと光を失っていた俺に気づいた彼が、俺には眩しすぎた。
きっと他の人間にそんなことを言われたら、関わろうなんて思わなかっただろう。面倒だし、何よりわかりもしないくせにと怒りを覚えるはずだから。なのに、彼には…園村蓮には、そんなものわかなかった。


「あ、そういえば昼休みに天城くんが探しに来ましたよ」

その日から、俺は彼に会うためにここへ来るようになった。
快楽を得るだけのセックスを捨て、辞めたギターを持ち、ほんの少しだけ…誰にも気づかれない、自分でも分からないくらいかもしれないけれど…止まっていた時間を取り戻そうと思うようになった。

「……あーそう」

「今日の放課後は逃がさないって、伝言です」

「めんどくせえな」

少しずつ少しずつ、凝り固まっていた様な、単純に落ちこぼれていただけかもしれない俺を、園村の暖かい手が溶かしてくれた。じわりと、胸に広がる温もりを、それこそ欲しかったものだったんだと気づいてしまった時にはもう…

「いいじゃないですか。バンド、楽しくなってきたんじゃないですか?」

「……」

「僕の知る限りでは、そう見えるけれど」

やっぱり眩しすぎる彼から目をそらし、空になった紙コップをゴミ箱に投げ入れた。

「ちょうど、5限が終わりますね」

園村も飲み終えたのか、デスクから水道へ移動したところだった。
その背中に問いかけたいことはたくさんあるのに、俺はその一つも言葉に出来ないまま。

“どうして俺の心を見透かせたんだ”
“どうして特別扱いするんだ”
“どうして、そんなに儚げに微笑むんだ”
“本当は、俺よりあんたの方が何かに苦しんでいるんじゃないのか”

『キーンコーン…』

俺の思考を遮るように響いたチャイムが、ぷつりとその言葉たちを断ち切った。

「ご馳走さま」

「はい、授業頑張って」

1週間のうち、この穏やかな時間を過ごすのは3回までと決めている。そう決めたのはまだ最近のこと。そう、春休みに入ってしまうくらいの頃。今まで教師に興味などなかったのに、園村が移動にならなかったことにひどく安堵していた。まさにその日。
居ようと思えばいつでも、どれだけでも、居れてしまうから。居心地の良さに、甘えてしまうから。

俺は、彼を特別視しているという自覚があった。
それから、触りたいと思った。何をするにも誰に触れるにも、綺麗すぎて見とれてしまう、彼の手に。形のいい切り揃えられた爪にも、あまりゴツさのない指にも、けれど女っぽいわけでもない、その手に。

なんとなく、楽器を引く指みたいだなとも思う、園村の綺麗すぎる手に、俺から触れたいと思うのだ。




「おー、虎ちゃんよく自主的に来たなー」

「黙れ」

お前が言ったからだろ、本当は今すぐ帰りたい、でかい声で喋るな、言いたいことをすべて詰め込んでの一言。180を優に越す俺より長身で、そしてがたいのいいこの男こそが天城達郎。俺とは対照的な…いつだって楽しそうで、何もかもが輝いて見えている様な奴…だけど、それでも俺はこいつを拒絶しきっていない。

ただ、高校に入ってすぐ入部した軽音部で知り合ったこの男を、俺は一度完全に拒絶している。馬があわないとはこういうことを言うのかと実感した。
それが今はこうして嫌々ながらも一緒に音楽を奏でている。それも園村のおかげなのだろう。それに俺にとっての“唯一”はこれだけ。
音楽を捨てた俺には何も残らなくて、その絶望に園村が光を差し込んだ。言ってしまえば、今の俺は園村がいなければなかったのだ。

彼に出会ってからまた、放課後のこの第2音楽準備室で、俺はギターを弾くようになった。


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