「僕は、確かに君の匂いに、惹かれた…どうしようもないくらいに。君の存在は、今の僕には欠かせない…それはもちろん、もう…その血を手放せないからで…でも、でもね、それだけじゃ、ないんだ」
切れ切れの言葉。
付き合いだして少したった頃、その原因を聞いたことがある。他の人間と話すときより、遥かにどもるその理由を。そのときの返事は安易に理解できるものだった。
“君の隣は落ち着くけれど、それよりずっと、興奮して平常心じゃいられない”
その興奮の意味は、俺とは違うものだけれど、それでも嬉しかった。
「君の優しさを、温かさを知って…ただ僕を好きだと言う君に、僕も恋をしたから…だから、抱かれたい、…そう、思ってる…」
ぷつりと、何かが切れた。
「…こんなのは、初めてなんだ。本能的な欲を無しにしても、傍にいたいと、思うのは」
その唇を貪りたい欲を抑え込み、濁りのない瞳に映る自分を凝視した。なんともだらしなく緩んだような、うまく笑えなくてひきつったような、難しい顔をしている。いや、それでも喜びの色は鮮明だ。
「ん、ちゃんと、言って」
「……虎が、好き」
「ん」
「………抱いて、下さい…」
「止めてやれないぞ」
「うん」
「後悔するなよ」
「うん」
全身に鳥肌がたつ。
歓喜、不安、恍惚、恐怖、どれにも当てはまる。
両頬を包み込み、唇を啄んだ。
伏せられた長い睫毛を見下ろしながら、これからの行為のことを考えて、さらに興奮した。男を抱くなんて初めてで、もちろんアナルに挿入するということ以外、知識なんてほぼ皆無に近かった。だからそれなりに調べたし、少しでも負担を減らしてやるための準備もしてある。
あの日保健室で生まれた感情の行く末、それが今まさに、ここにある。
「っん、ぁ……ん、ん」
「はぁ…は、」
夢中で絡めた舌に気をとられて、互いの口の端からだらしなく唾液が溢れてしまった。蓮の顎へ流れるそれが指に触れ、そのままにしておくには勿体なく思えて、自ら指を舐め、そして蓮の顎を唇へめがけて舐めあげた。
既に赤い顔は、見ているこっちにまでその赤さを伝染させようとしているみたいだ。そんなこを思ってから、必死に酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す口に、再びキスを落とす。
唇の裏を、八重歯を、口蓋を、舌で丹念に撫でまわし、やっと唇を離した。
眼下の蓮は、潤んだ瞳を細めて俺を見上げ、胸を荒く上下させている。濡れた唇が、無駄に色っぽい。着崩れしていない制服さえも、何故か厭らしく見える。第一ボタンしか外されていないシャツの二つ目のボタンに手をやり、ゆっくりと外していく。
露になる白い胸板には、いつも通り赤い痕が二つだけ残っている。そこで、手が止まった。いつもはここで止めていた。これを付けるだけで我慢して…けれど今は、その必要がなくて…
残り二つ、ボタンはまだかかっている。でも、それを外すのがどうしても躊躇われる。
「……ごめん…やっぱり、無理?」
「え?」
静かに上半身を起こした蓮は、そっと俺の胸を押した。
「男、だもん…仕方ないよ」
「ちがっ…」
触れられた胸が、うるさい。
ああ、緊張しているのだ。壊したいと思う願望があるくせに、大事すぎて壊せない。いざ壊してしまったら俺は耐えられない。今までの我慢の意味を、馬鹿にしたくない。いつまでも、蓮にはその意味を考えていてほしい。今までのやつらとは違うと感じてほしい。いろんな思考が、一気に脳内を駆け巡った。
それに気づいて、蓮の手に自分の手を重ねて力を込めた。
どくん、どくんと、早く脈打つ心臓がその下にあるのが、俺にも分かった。
「蓮、分かる?」
「……」
「こんなうるさいの、初めてだ…」
「緊張、?」
「そう。初めて、好きな人を抱くから」
手を離し、残りのボタンを外す。起き上がったおかげで、それを腕から抜くのは容易かった。自分のシャツも剥ぎ、半裸になった体を重ねた。肌と肌の触れ合う感触。こんなにも気持ちのいいものだったなんて、知らなかった。
「蓮」
そのままもう一度押し倒し、軽くキスをしてから唇を耳へ、そして首へおりて胸の突起へ辿り着く。本当に男の体だ。滑らかさはあるものの、柔らかくもなく、豊満な胸があるわけでもない。いくら華奢だといっても、それはやっぱり男にしては、というだけで。ちゃんと筋肉だってついている。
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