初めて、というのは怖いも のだ。欲しくて欲しくて堪らないものとの距離を、どう取っていいの分からない。壊してしまいそうで、だから触れることを我慢してみても、やっぱり自分に縛り付けておきたい。
「あい…は、ぅ…ん」
柔らかな唇へ自分のそれを重ね、何度も触れたり離れたりを繰り返した。
「っ…ふ、ぁ……」
ちゅくちゅくと卑猥な音が響く。それだけでも興奮する。時折鼻から抜ける様な声を漏らしていた園村は、いつしか俺の背中に手を回し、必死にしがみついていた。それに、堪らなくなる。
「は、ぁ…はぁ…」
「蓮」
“愛しい”と思ってしまった。
「目そらすな」
「っん、」
頬を赤くし、息を切らす園村は、俺を見ようとしない。顎を捕まえても頑なに俺の視線から逃げていく。
もどかしい。
捕まえたい。
欲しい。
「っ!?あいき…」
頭の中を独占していく言葉に、体が動いた。三日前と同じように園村を抱き上げたのだ。もちろん胸には抵抗の力が与えられている。けれど落としてしまうほどではない。
「決めた」
さっきまで自分が体を投げ出していた長椅子に園村を降ろし、無理矢理視線を絡ませた。
「“対価”ってやつ」
「え…」
「…名前」
鼻と鼻を触れ合わせたまま、低くそれを言葉にした。
「な、まえ…?」
「そう。呼ぶまで、今は離さない」
俺の突拍子もない発言に園村は一度目を見開き、意図を理解したのか顔をさらに赤くさせた。
「呼ぶまで、な」
呼んでくれるまで。
そのまま顔を寄せ園村に覆い被さり、唇を重ねた。
「、まっ…あい」
「虎」
俺よりも温度の高い舌を捕まえ、逃げられないように吸い上げる。
「んん、ん…ぁ」
俺の匂いを好きだと言ったのは園村だ。今こうしてキスを感じているのも園村。精一杯何かに耐えるようにもがくのも。
「ほら、早く」
「ふ、…む、」
「蓮、れん」
呼んでと言いながら、まともに口を離してやれない。余裕がないのだ。一秒も離れたくないから。羞恥と、理性との葛藤に苦しむ園村は、まだ俺の名前を呼んでくれそうにない。だからと言って全力の抵抗もしてこない。だから、それまで俺だって離す気はない。互いの唾液を交えるように舌を絡め、我を忘れて口づけた。
「ま、…って、」
何度目かの抵抗に唇を離し、息を整える園村を見下ろせば、涙の溜まった目に少しの興奮が浮かんで見えた。絡めとり椅子に縫い付けた手が、じとりと汗ばんでいる。だらしなく濡れた園村の口元を舐め、言葉を待たずに唇を重ね直す。侵入させた舌が彼の八重歯を見つけ、ぞくりと鳥肌をたたせた。
「わか、った…から……ま、」
忙しく上下する彼の胸。それを抑えるように熱い息が頬にかかる。そして同じように熱を帯びた声が、ゆっくり、紡がれる。
「と、…ら……」
聞き逃してしまいそうなほど小さな声が、鼓膜を揺らした。それは想像していたよりずっと扇情的で、そして俺の胸を熱くした。
「っ、もう一回…」
「そん、な…」
真っ赤な頬も、潤む目も、濡れた唇も、汗の滲む額も、熱い手も、なにもかも。今俺を捉え、捕まえた獲物は離さないとでも言うように、全身を彼に鷲掴みされたみたいだった。
「蓮、もう一回」
離せない、離れられない、どうしたらいいか分からない。
「……と、ら」
「もう一回」
「っ、」
「目逸らすな」
「、……とら」
俺にだけ向けられる声だ。震えて、曖昧に掠れて、けれどちゃんと俺の名前を呼ぶ声。
「それでいい」
ゆっくりと体を起こし、園村の腕をひく。なんの抵抗もなく大人しく上半身を持ち上げた園村は、未だその熱を残しているように視線を彷徨わせた。
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