月灯りのきみ

それからすぐ閉店だということで2人そろって店を出された。席を立ちよく見たら彼女の手には大きなスーツケース。小さなその身体で重そうなその荷物をガラガラと音を立てながら引っ張っていた。このへんにホテルなんてあったかと考えを巡らせてみる。

「え、なに旅行の帰り?」

「うーん、違うかな。」

「まさか家出?」

「それも違うよ。特定の場所をね、作るのが嫌いなの。どこか一つの場所に留まるのも好きじゃない。」



だから帰る場所はない、それだけだよ。



そう付け足した彼女は見上げるようにこちらを見て柔らかく笑った。

「仕事は?」

「今のところ職業旅人です。なんてね。」

「…なんていうか、変わってんね。」

「それ、よく言われる。」

声を出して笑った旅人の彼女は高いヒールを鳴らしながらゆっくり進む。

「夜なのに明るいね。満月だからかな。」

そう言って空を仰ぎ見た彼女は目を細めて空に手を伸ばす。一緒になって見上げた空には丸い月が輝いていて、その明かりがが夜道を照らしていた。冷んやりとした夜風が通り過ぎて彼女の髪をゆらしている。その横顔がひどく儚いものに見えてしまうのは月の光のせいだろうか。

「なに?」

「あ、いや綺麗だと思って…」

「ね、私まんまるのお月様ってすきだな。暗い所も全部照らしてくれてなんだか安心する。」

綺麗だとこぼれたのは無意識で。月なのか彼女のことなのか自分でもよく分からないけど、ただその横顔から目が離せなかった。

「今日ノープランなの?」

「うん。」

「うんて…今何時だと思ってんだよ。俺の家すぐそこだから泊まってく?さすがにこんな真夜中に女の子1人させる訳にはいかないし。」

「いいの?」

「あぁ。」

俺が苦手だと感じたように彼女も俺に好意的ではないと思ったから来ると言ったのはちょっと予想外だった。だって自分で言うのもなんだけど見かけるたびに違う女を連れてるやつだ。最初のやり取りからしてそういうの、やらないタイプなのかと思ったし。

でもなんだかんだ言って結局は同じ。ふらふらと最終的には付いてくる。今日は特に相手がいないところだったからちょうどよかったかな。ウィンウィンってやつだ。

だって、こんな日はきっと眠れない。

「私、マナ。名前は?」

「俺は黒尾鉄朗。」

「ありがとう。鉄朗君。」

そう笑ったその笑顔は優しくてなんていうか、こんな夜には妙に不釣り合いだった。きっと太陽の下で笑ったほうが彼女の笑顔は映えるんじゃないか、なんてくだらないことを考えながら微笑み返すと何かに満足したのかマナが前を向いて歩きだした。