眠れない夜

ブとテーブルに置かれた携帯が振動し、着信を知らせていた。画面を見て相手の名前を確認した俺はその携帯をそっと鞄にしまう。

近所にあるこじんまりとした雰囲気のいい店。今日はたまには珍しく1人でゆっくりしたい気分だったから誰も連れずに静かに楽しく飲んでいようと思って来た。んだけどね、と鞄から漏れる携帯のランプを視界に捉えつつ小さく溜息をついて飲んでいたグラスを傾ける。そのとき隣からくすりと笑う声がした。

「電話出ないの?」

声の方を見るとバーカウンターの席2つ分隣に座り俺の方へ首を傾けている彼女。今カウンターに座っているのは俺たち2人だけだった。1人でいたいときに限ってうまくいかないんだなと苦笑いが漏れる。

「今はいいかな。」

「ふぅん…この前一緒に来てた女の子?それともその何日か前に来てた子かな。」

「…違いマス。」

「そんな不審者見るような目で見ないでよ。いつも私がここで呑んでるとあとから来るのはそっちだからね。」

俺はもともと何年か前からよくこの店に来ているいわゆる常連ってやつで。だけど彼女のことは見かけたことがない、はず。つまり彼女がよく来るようになったのはつい最近ってことだ。女連れなところを見られていたなんてちょっとバツが悪いなと思いながら改めて彼女の方を向いた。間接照明の薄明かりの中見えた顔は派手な訳ではなく、ナチュラルなメイクで。だけどそれは彼女の大きな目を際立たせているようで似合ってるなと思った。

こんなお店でナンパ待ちという訳でもなさそうだし洋酒のロックらしいものを見るにシンプルに酒が好きで最近来始めたのかもしれない。

「一応初めまして?」

「初めまして。モテるんだね。1人で来てるの初めてみた。」

「うんまぁ、否定はできないな…お見苦しいところを見せまして。」

色々見れて楽しかったよと丸い氷を音を立てて揺らしながら彼女は言った。何をどこまで見られていたのかと聞こうと思ったけどいたたまれなくなりそうだったからやめておいた。

「私失敗しないので、って感じだったよ。」

「そんなことないからね!?」

「あはは、でも特定の人はいないんだ。」

「……何で女って独占したがるのかねぇ。」

一夜を共にしたのは確か。たけどそれだけで彼女みたいな顔をして束縛して、怒ったり泣いたり。そんなつもりなかったってことは相手にだって伝わるはずだと思う。一緒にいた時間は楽しめた、それでいいしそれ以上は求めない。外からみたらなかなかにサイテーなことは分かってるつもりだけど。でも、俺が欲しいのはいっとき眠るまでの温もりだけだから。

鞄の携帯を横目で見ればまだ振動していて、俺は改めてため息を吐いた。そうしてひとつ席を移動すると彼女はさして興味もなさそうに自分の飲んでいるカクテルに口をつける。最初に話しかけてきたのは俺を見ていてきっとただ思ったことを口に出しただけなんだろう。

「それは同感するけど…誰かを独占したいと思ったことない人に言われたくないんじゃないかな。彼女たち。」

呆れたような口調で、同情するようなその表情。

俺の苦手なタイプの女だなって、そう思ったのをよく覚えてる。


▼