▽ 千景ss
「千景、花火大会だって!」
「そんな季節だな。」
デートの帰り道見つけた花火大会のポスター。繋いだ手を引いてみたら、返事はしてくれるもののあきらかに興味がなさそう。千景は彼女だからといって私に甘いわけではないのだ。
「…。」
「なんだよ。」
「行きたいな〜。」
「いってらっしゃい。」
「なんと!一緒に行ったら私の浴衣が見れちゃいます!」
「浴衣ねぇ。」
彼女の浴衣姿だよと腕を揺すってみるものの暑いし混んでるだろとか言って千景は頑なに首を縦には振ってくれない。そういうところ好きじゃないのは私だってよく知ってる。だけどたまにはカップルっぽいスポットに行ってみたい。花火大会なんて年に1回しかないのだから簡単に諦めてなるものかと必死で花火のよさをプレゼンしつつ帰り道を歩いていたら気がつけば寮の前までたどり着いてしまった。
「分かった分かった、考えとくよ。」
「それ絶対行ってくれないやつだよ!たまにはイベント楽しもうよ〜。浴衣で千景のことドキッとさせたいんだけどな…」
ドアを開けようとする千景を引き止めて伺うように首をかしげると眼鏡の奥の瞳とかち合った。少し困ったように笑った千景は私の頭に手を乗せ顔を寄せる。
「いつも充分ドキッとさせられてるからわざわざ浴衣着てくれなくても満足してるよ。」
耳元でそう囁くと唇にリップ音が落ちた。
「っ、ご、ごまかされないからね!」
「はは、ダメか。」
流されそうになったところでいつものようにケムに巻くつもりなんだと気がつき、口を尖らせてると視線を逸らされた。
「そんなに行きたい?」
「うん!」
じっと見つめるとそのまま千景は小さく息を吐き考えこんで、
「花火見に行った後そっちに泊まらせてくれるなら。」
「もちろんいいよ。」
いいけど浴衣は幸に着付けしてもらおうと思ってたから寮のほうに来たいんだけどななんて考えていたら千景の手が私の顎に触れてそのまま上を向かされた。
「ちかげ…?」
「浴衣、そのまま脱がせたくなりそうだなと思って。」
それ込みでなら行ってもいいかなと口角を上げた綺麗な顔が目の前に迫る。えっと上げた声は反論はさせないとばかりに千景に飲み込まれてしまう。涼しいはずの夏の夜風が吹き抜けていったけれど、私の熱は冷ましてくれそうにはなかった。
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