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最近いづみさんとお友達になれたおかげでカレー活動がとても充実してきている。やっぱり共感できる人がいてくれるっていうのは嬉しくて心置き無くディープなカレー話をできるからとっても楽しい。今日はいづみさんが車を出してくれて朝から珍しいスパイスが売っているというお店に買い出しだ。

「わざわざ車出してもらってすみません。おかげでたくさんゲットできましたね!」
「全然平気ですよ。楽しかったですね〜!あ、帰り道うちの寮寄っていきませんか?ちょうど臣くんがドーナツ作りすぎちゃってたくさんあるんですよ!」

誘ってくれるのはすごく嬉しかった。でも寮にお邪魔するということはそこに茅ヶ崎さんと卯木さんまでもいるということで。2人ともプライベートに入られるのを嫌がるイメージがあるからたとえいづみさんの招待でも少し気がひけて答えにためらってしまう。

「嬉しいんですけど…他の人たちもいるしお邪魔になっちゃうかなって…」
「大丈夫です!休みはけっこう出払っちゃうので人はほぼいないんですよ。至さんたちも稽古してると思うし遠慮しないでください。」

考えを見透かされたみたいにそんなことを言ってくれて、さらにまだ話足りないしとすごく笑顔のいづみさんに負けた私は思わずじゃあ少しだけと頷いたのだった。いづみさんの運転が怖かったのは心の中に留めておこうとおもう。

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寮に着いてリビングに通されると聞いてた通りみんなでかけているのかちょうど誰もおらずちょっと安心した。いづみさんの出してくれた紅茶とドーナツをいただいて、それは手作りとは思えないくらい美味しくてMANKAIカンパニー恐るべしなんて思いながら食べ続けているとドアの開く音が。

「あれお客さん?」
「幸君に莇君!こちらこの前話してたカレー友達のマナさんだよ。」
「あっ、お邪魔してます。茅ヶ崎さんの会社の後輩でいづみさんのカレー友達の七海マナです。」
「はじめまして。繋がりが謎すぎるんだけど。てゆうか目の前にスパイス並べてよくドーナツ食べれるよね。カレー星人二号…スパイス星人じゃん。」
「どうも。甘い匂いと香辛料の匂い混じってんだけど。」

呆れたように横を通りドーナツをかじる瑠璃川幸君は夏組の子、泉田莇君は秋組で衣装とメイクさんみたいだ。幸君て男の子だよね。そこらの女の子よりすごいかわいいんだけどなんでかな。あときっと茅ヶ崎さんのインチキエリートって名前この子がつけたんだ絶対。

「2人とも何してたの?」
「莇とイメージ合わせしてた。今度の春組公演のやつ。」
「今回は原作あっていつもとちょっと勝手が違うからな。」

そうしてドーナツを食べながら衣装やメイクのことを、ああでもないこうでもないといづみさんも含めて話し合が始まった。突然に目の前で繰り広げられていくその姿はプロそのもので呆気にとられてドーナツを落としそうになった。本当にまだ学生なのかと疑いたくなるほどに細かいところまで意見を出し合っていて圧倒されてしまう。

目を丸くしているとこちらに気づいた幸君が首をかしげる。

「なに?」
「や、舞台の打ち合わせてこんななんだなって…凄いね。当たり前だけどプロなんだ。」
「うちの自慢の衣装とメイクなんですよ!」

自分のことみたいにいづみさんがニコニコしていて。幸君と莇君はキョトンとしてから照れてるのか少し気まずそうに視線を外して2人一緒に紅茶に口をつける。大人びているけどこういう可愛いところもあるんだなと思わず笑みが漏れた。

「あと2人とも私より女子力高そうだなって…」
「…まぁカレーコンビよりは高いと思うけど。」
「今私の全身見たよね!?」
「…年の割に肌は悪くないんじゃん。」
「年の割に!?」
「すいません2人いつもこんな感じで…」
「いいんです…むしろ弟子入りさせていただきたい…」
「あんた変わってんな。」
「え、そうかな?」
「それ分かる。子どものくせにとか言わないんだ。」
「こういう仕事に大人も子どももないよ。私より知識も技術もたくさんあるもん…」

私が中高生のときなんかやりたいことも明確じゃなくてのほほんと過ごしてたからこんな風に若いうちからこんなに真っ直ぐやりたいことを突き詰められるのって羨ましい。すごく生き生きしてる。

「ふーん。今度監督と一緒に服選んであげてもいいよ。」
「本当?やった!」

今まで仕事仕事できてしまった私よりもはるかに2人は女子力高いと思うからこれを機に色々教えてもらいたい。なんかすごくスパルタ指導そうで怒られそうだけど甘んじて受け入れなければ。これを機に頑張ろう。

その時玄関の方でガタンと音がしてなんだろうと思ったら帰ってきた、と2人が呟いた。いづみさんはちょっと見てきますねとドーナツを頬張り立ち上がる。

「たぶん至さんと千景さん。朝練のとき殺陣やって雄三さんに体力なさすぎって言われたみたいでランニング出かけてたから。」
「体力ないのはもちろんインチキエリートのほうね。」
「ランニング…お芝居って大変なんだね…」

今度のお芝居は茅ヶ崎さんが主演になったと2人が教えてくれた。なんとナイランというゲームの舞台化ということで、ゲームが原作なんて茅ヶ崎さんきっと気合い入ってるんだろうなって思った。ナイランっていえば弟が凄いハマっていたし何作も出てるから私でも知ってる名作で主役のイメージも茅ヶ崎さんぴったり。想像するだけでワクワクする。ちょっと気になってしまって玄関の方にそろりと歩いていくと入り口のところで倒れている人が目に飛び込んできた。

「だ、大丈夫ですか!?」
「え七海?何してるの?」
「う、卯木さん。…お疲れさまです。その私はドーナツ食べに…」
「なるほど、たかりにきたのか。」
「違いますよ!いづみさんが誘ってくれたんです!」
「おーい至さん生きてますか?」
「むり…俺もう死ぬのかも…」
「ランニングくらいで死ぬわけないだろう。」

息のまったく切れていない卯木さんと屍のような茅ヶ崎さん。たぶん普段運動したりしないんだろうなぁ。ていうか卯木さんて運動もできるんだ。なんでもできる、これが茅ヶ崎さんのいうチートってやつなのかも。優しいいづみさんは慌てて水を取りにキッチンへ向かって走っていった。溶けてしまいそう茅ヶ崎さんの横にしゃがむとゆっくりと瞼が開く。

「大丈夫ですか…?」
「幻覚かな。七海さんが見えるんだけど…」
「いやあの七海です。お邪魔してます。」
「茅ヶ崎ダサすぎ乙。」
「先輩うるさい。」

ゆっくりと起き上がった茅ヶ崎さんは玄関に座りこちらを見上げてやっと焦点が合う。疲れ果てているんだけど顔が紅潮していて、なんか妙に色気があるのはなんでだろう。汗をかいてても爽やかに見えるのがイケメン効果なんだな…

「はぁ、やっと息できてきた…」
「そいうえば茅ヶ崎さん今度主演やるんですね!ナイランのランスロット絶対似合うと思います。楽しみにしてますね。」
「この状態の茅ヶ崎をみて楽しみにできるのか。さすがだな。」
「反論する元気もない…でもありがとう。俺も思い入れあるから頑張るよ。とりあえず体力つけないとだけど。」

ようやくへにゃりと笑った茅ヶ崎さん。立ち上がるときに産まれたての子鹿みたいになっていて後ろから来た幸君にものすごく馬鹿にされていた。そしてちょっと体制立て直させてと茅ヶ崎さんはよろめきながら卯木さんと部屋に向かっていったのだった。

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「じゃあ私は帰りますね。」
「え!至さんもうすぐ来るとと思いますよ?」

リビングに戻ったあとお茶の続きを少ししてから荷物を持って立ち上がった。茅ヶ崎さんに会うために来たわけじゃないしなによりみんなお稽古で忙しそうだもんね。ここは居心地がよくて長居しすぎちゃったくらいだ。いづみさんにまた連絡しますねと言って玄関のドアをくぐる。

「七海さん。」
「茅ヶ崎さん?」

歩き始めてすぐ後ろから声がかけられ振り向けばジャージから着替えた茅ヶ崎さんが。

「もう大丈夫なんですか…?」
「おかげさまで復活。体力なさすぎて自分でも引いたけど。変なとこ見せちゃってごめんね。」
「ふふ、立ち上がったときはちょっと面白かったです。こちらこそお邪魔しちゃってすみません。楽しかったです。」
「…監督さんも楽しそうだったからまたきてよ。俺もいるけど嫌じゃなければ。」

茅ヶ崎さんの言葉は少し意外だったけれど、でもよく考えたらきっといづみさんのためなんだろうなって思った。男所帯の中女の子1人で頑張っているんだもん。

それでも返事に少しだけ躊躇ってしまうのは踏み込みたくない遠慮か、はたまた踏み込まれたくないからなのか。そんな一瞬浮かんだその考えを振り払って私はもちろん、と小さく笑ったのだった。

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