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「いづみさんこっちです〜!」
「マナさん!お待たせしてすみません。今日はカレー日和ですね!」

日曜日、私は最近カレー友達になったいづみさんにお誘いをもらって天鵞絨駅にやってきていた。住んでるのがこの辺ということでオススメのお店に連れて行ってもらうのだ。初めて来たここのエリア 、噂に聞くと劇団がたくさんあっていたるところでストリートアクトなるものをやっているらしい。ランチの後に散策するというのも今日の密かな目的だったりする。

駅からすぐ近くのお店でオススメ美味しいカレーを食べながらお互いのことを話していていづみさんは劇団の監督をやっているというびっくりな事実が分かった。歳もそんなに変わらないのに監督なんてすごい。

「すごいですね!想像もつかない世界だけど大変そう…!」
「まだまだ駆け出しなんですけどね。みんなに助けられてなんとかやってます。」

それからいづみさんはさんはお芝居についてカレーと同じ、ううんもっと熱を持って語ってくれて。こんなに熱い人が監督をやってるなんてきっと素敵な劇団なんだろうなって思った。こんなに熱くなれるものがあるって羨ましいな。

そして私がお芝居をほとんど見たことないと言うと近くでいづみさんの劇団の人がちょうどストリートアクトをしているところで行ってみませんかと魅力的なお誘いが。

「ぜひ!実は見てみたかったんです。お芝居とか普段見ないから本当に詳しくないんですけど…」
「大丈夫ですよ!見て楽しんでもらって少しでもお芝居好きになってもらえたら嬉しいです。」

ランチを終えて劇団のことを聞きながら私たちは駅まで戻って商店街へ向かう。そこはいろんなところで輪ができていて見ている人の笑い声や歓声と気持のいい熱気が溢れているのが分かる場所だった。

「出かけるときに春組の2人がこれからいくって言ってたからこのへんだと思うんですけど…」
「へ〜!さっき言ってた4つの組のひとつっ、…茅ヶ崎さん!?!?」

人垣の後ろから覗いて最初に目に入ったのは赤い髪の男の子。その次に目に入ったきたのは見まごうことなく茅ヶ崎さんだ。確かに劇団に入っているのは知っていたけどまさかこんなところで。思わず叫んでしまったけどお芝居が始まったばかりでまだこちらには気づいていないみたいだった。ホッとすると隣からコソッといづみさんが顔を寄せた。

「至さんのお知り合いですか?」
「は、はい。あの私同じ会社の後輩で…」
「そうなんですね。すごい偶然。」

輪の後ろに入って2人のお芝居を見てみたらそれはファンタジーの世界のストリートアクト。騎士とその従者で、凛とした声の茅ヶ崎さんはいつもと別人みたいだ。それはとても面白くて最後まで食い入るように見てしまった。お芝居が終わると2人は笑顔でお客さんには手を振って挨拶をしている。

「咲也くん至さんお疲れさまです!」
「おつおつ。って七海さん?なにどういう組み合わせ?」
「お、お疲れさまです。」
「なんでこんなとこ…あー、分かった。監督さんがこの前言ってたカレー仲間って七海さんのことだったんだ。」
「そうなんです!たまたま今日一緒にカレーを食べに行ってたんですけどマナさんがお芝居見たことないって言うので誘っちゃいました。すごい偶然ですよね。」

本当すごい偶然があったものだ。茅ヶ崎さんの舞台見てみたいと思ってはいたけれどこんなところでそれが叶うなんて。赤い髪の子は咲也君と言って同じ春組のメンバーなんだそう。

「ちなみにさっきのどうだった?」
「茅ヶ崎さんすっっっごくカッコよかったです!周りに景色が想像できるっていうかその世界に入ったみたいになって…もっと見てたかったです!あと騎士様役もピッタリで、白馬に乗ってそうでしたよ!」
「そっか。」
「あれ至さん照れてます?」

思わず前のめりで感想を伝えると茅ヶ崎さん少し目を見開いて視線をそらした。ちょっと珍しい反応かもなんて思っているとすかさずいづみさんが顔を覗き込み茅ヶ崎さんは片手で顔を覆う。

「七海さん褒めすぎ。」
「そんなことないですよ。本当にそう思ったので!」
「…裏の俺を知ってるのにほんとレアキャラだよね。劇団の人はインチキエリートとか干物オタク言うのに。」
「マナさん家でのあの至さん知ってるんですか?」
「たまたま知ってしまったというか…あはは」

そのあだ名はなかなか秀逸でちょっと笑ってしまうけど茅ヶ崎さんの綺麗な顔立ちはまるで物語から出てきたみたいに本当にハマっていたのにな。そういえば会社の女の子が舞台を観に行った後目をハートにさせて帰ってきてたのを思い出す。そりゃこれを見ちゃったらそうなるのも納得だよね。

「ゲームのときももちろん生き生きしてましたけどお芝居もすごく楽しそうでしたよ。ファンがたくさんいそうです。」
「はい至さんは人気なんですよ!かっこいいですよね!」
「咲也まで…なにこれ何かのフラグ?」
「ふふふ至さん照れてますね!」
「監督さんいちいち言わなくていいから。」

知り合いにこんな近くで見られるのは恥ずかしいんだよとバツの悪そうな顔をした茅ヶ崎さん。なんだかちょっと新鮮だ。会社と家と舞台と、私が知らなかったいろんな顔。こんな短期間なのにどんどん印象が変わっていく。

「マナさん今度は寮のほうにカレー食べに来てください。気合い入れて作るので!」
「はいぜひ。さっき話してたスパイスのサイトLIMEしますね!」
「…これでまたしばらくカレー決定。」
「新しいカレー作るんですかね!楽しみです。」
「咲也は頼むからそれ以上監督さん煽らないで。」

立ち話をした後いづみさんはお買い物、咲也君はこれからバイトということでその背中を見送った。そうして私も帰ろうとしたとき、茅ヶ崎さんが駅まで送ると言ってくれたのでお言葉に甘えて歩き出す。日も落ちてきて赤く染まりつつある道を2人で歩いているのは少し不思議な感じがする。

「お芝居で舞台に立つってすごいです。」
「俺ここに入るまで演劇なんて全くやったことなかったよ。実際最初は興味もそこまでなかったしね。今でこそ続けてるけど最初は辞めようと思ってたし。」
「そうなんですか?」

茅ヶ崎さんは最初ゲームを心置き無くやるためにMANKAIカンパニーに入ったらしい(さすがです)。お芝居も最初は興味がなかったけど初めての舞台、千秋楽までこなしていくことで意識が変わったと話してくれた。いづみさんやさっきの咲夜君のこと話す茅ヶ崎さんはとても優しい顔をしている。

「年もバラバラで性格も全然違うけど団結するときは団結して、一緒に暮らしてて…なんだか家族みたいですね。」
「家族か。そういえば前に二次会断るために監督さんを妹設定にしたことあったな。」
「え!」
「ほら夜は時間無駄に出来ないからさ。でも飲み会とかあんまり断り過ぎると変に勘ぐられたりするからいつも難しいところなんだよね。」
「…ちょっと茅ヶ崎さんが分かってきた気がします。」

会社では話合わせておいてねと楽しそうに肩を揺らす。楽しそうだなって思ったけどこんな茅ヶ崎さんに卯木さんもいるなんていづみさんの苦労は想像よりもずっと大変なんじゃないだろうかと思い直し、心の中で合掌した。

「初めて茅ヶ崎さんのプライペートが垣間見えました、なんて。」
「七海さんには色々バレちゃっててもう隠す必要もないからかな。」
「なんだかすいません…」
「いや…バレたのがで七海さんでよかったって思うよ。」
「っ、」

駅に着いて向かい合ったときに茅ヶ崎さんがそんな風に言って頭にその綺麗な手が乗せられた。ピンク色の瞳が夕焼けに染まってそのなんともいえない色合いに吸い込まれそう。なんの意味もないだろうその仕草に不覚にもどきどきしてしまって。私はその先に思考がいかないよう、息を深く吸って笑顔を作った。

「あ、ありがとうございました。また明日会社で。今度機会があれば舞台見に行かせてください。」
「いつでも来てよ。チケット用意するから。」
「はい!じゃあお疲れさまです。」

くるりと背中を向けて改札をくぐる。電車に揺られながらさっそくMANKAIカンパニーのサイトを検索してみると春夏秋冬の4つの組が紹介されていた。春組は今は公演はやってないみたいだから行くなら次の新作待ちになる。近いうちに舞台、みにいけるといいな。

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