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翌日朝ジャガイモ部長に飲み過ぎて言い過ぎたことを謝罪されていた茅ヶ崎さん。飲み会で私が戻ったとき部長は女の子総出で飲まされベロンベロンの状態になっていて、当然千鳥足どころではなく帰れなくなった部長をみんなでタクシーに押し込んだ。その結果当たり前だけれど家で奥さんにしこたま怒られたらしい。出勤してきたシワシワになっている部長を見てにやけているのはたぶん私だけじゃないはず。女の恨みは怖いのだとあの場にいた男性陣は学んだという。

「七海。これ合同会議の資料。」
「ありがとうございま、す…げっ」

名前を呼ばれて振り向いたら久しぶりの卯木さんが後ろに立っていた。相変わらず読めない笑顔だなぁ。反射的にビクッとしてしまうのが悔しいところだ。部署が変わってあんまり会わなくなったと思っていたから耐性がなくなってきてるのかもしれない。

「七海今げって言った?元上司に向かって。」
「あははは、気のせいです。資料もらいますね。わざわざすみません。」
「うんよろしく。茅ヶ崎のところはどう?」
「とても快適です。」
「先輩のおかげで教えることほとんどないですよ。」

そう言って横から会話に加わってきた茅ヶ崎さん。昨日は有意義な夜を過ごせたと朝からお礼を言われたのだけど何をしてたのかは想像に難くない。そして今、このフロアでこんなに目立ったことがあるんだろうかってくらい一気に女の子の視線が集まっている。もちろん私じゃなくて目の前の2人に、なんだけど。部署が違う2人が並んでることなんてあんまりみる光景じゃないから目立つんだろうと思う。いつも注目されてるって大変だ。

「へぇ。それはよかった。教えたかいもあるよ。」
「てか先輩七海さんに何したんですか?名前出すだけで怯えてるんですけど。」
「普通に仕事教えただけだよ。七海が私を女だと思わないでくださいって言ったから俺と同じくらいにできるようにちょっと厳しくしたかもしれないけど。」
「ちょっと…?いやそもそも卯木さんが全然教えてくれなかったからですよ…」

新人で入った当時卯木さんは本当に最低限の仕事だけで女なんだから無理することないとか言って全然教えてくれなかった。ある日あまりにも悔しくて女とか関係なく卯木さんが出来ることは全部できるようになりたいです!と喧嘩腰に言った結果とんでもない量の仕事をこの人がこなしてることを知った。啖呵を切った手前ほどほどで、なんて言えなくて死にものぐるいで付いて行った。あの日々はイジメかと思った。よく辞めなかったと思う。

「そんなこと言ったんだ七海さん。昨日のことといい見かけより男前だよね。かっこよすぎ。」
「恥ずかしいので忘れて下さい…」
「チート先輩から産まれたチート後輩ってところだね。」
「ちょっと意味が分かりません。」

そんな話をているとき、茅ヶ崎さんをジッと見つめた卯木さんが少し驚いたような顔をしているのが目に入った。

「珍しく茅ヶ崎猫かぶってないんだな。」
「それ先輩だけには言われたくないです。」

笑顔で笑い合う2人が怖い。卯木さんも劇団に入ったらしいから茅ヶ崎さんのこと私なんかよりよっぽど知ってるんだろう。仲よさそうだもんね。

「じゃあ俺は外回りだからこれで。噂の2人に会えてよかったよ。」
「うわさ?」
「昨日飲み会2人で抜け出したんだろ?」
「はい!?」

口角を上げて意地悪く笑った卯木さんは颯爽と去っていった。なんだか少し見ない間にあの人も雰囲気が少し変わったような気がする。2人とも変化があるなんてその劇団、セラピーでもやっているんだろうかなんて思うほど私の中で謎が謎を呼んでいく。茅ヶ崎さんに今度聞いてみようかな。あの2人がいるんだから顔の審査とかもあったりして。ていうか昨日の今日でそんなに噂になるとは完全に茅ヶ崎人気を舐めてた。取り残された私は周りの視線を振り払ってデスクに向かい直す。

「なんだかすみません。」
「こっちこそごめん。まぁ噂なんてすぐ消えるでしょ。気にすることないよ。先輩にも言っとくし。」
「ですね。卯木さんにはくれぐれもよろしくお願いします。」
「はは了解。でもあれは結構七海さんのこと気に入ってるとみた。」
「まさか…私のこと女だと思ってないだけですよ。」

あれで気に入ってるなんて想像するだけで身震いする。好きな子いじめる子供じゃあるまいし。私が怪訝な顔をするとそれをみた茅ヶ崎さんは楽しそうに笑う。そして時計を確認するとちょっとたるちになってくると言って携帯を持ってトイレに向かって行った。

**

そんなお昼にさしかかる時間、1人になったとき同期が興奮した様子で駆け寄ってきて勢いよく顔を近づけてきた。何を言われるかはちょっと想像つくかも。

「マナ羨ましい〜。あの2人と仲良いなんて卯木派の先輩とかさっきすごい顔で見てたよ!」
「卯木派って…たまたま2人とも上司なだけだよ。目の保養にはさせたいただいてます、なんて。」

そしてここぞとばかりに昨日のことと今日のことを問い詰められる。茅ヶ崎さんの夜の顔を知ったからなんて言えないから何もないことを説明するのはなかなかに骨が折れたけどなんとか納得した様子で一安心だ。

「マナ可愛いから先輩たちに睨まれないように気をつけなよ〜。」
「いやいややめてよ。私なんて隣に並んだら霞んで見えなくなっちゃうから!」
「もう本心なのに。この前だって飲み会のとき他の部署の人に声かけられてなかった?」
「あんなの社交辞令だよ。でもありがとね。あ、時間なくなっちゃうから行くね。今日はカレー屋さん開拓するんだ〜」
「信じてないしまたカレー!?」

同期の気遣いに感謝をしつつお財布を手にオフィスを後にした。今日は新しいカレー屋さんを開拓する日。目当てのお店まで行くと中はおしゃれなアジアン風で席数こそ少ないもののとても混雑していた。カレーは何種類ものスパイスの味がするとても美味しいカレーだ。ここ当たりのお店だったなぁ。

「あの、このスパイスって何使ってるんですか?」

隣に相席したお姉さんが興味深々にそんな質問をしている。これは仲間の予感!ラフな格好だからこのへんのオフィスの人じゃないのかもしれないけれどぜひお友達になりたいな。カレーを極めてる人ってなかなかいないんだよね。そんなことを考えながらお店の人のお話に私も耳を傾けているとバチっと目が合ってしまった。

「カレーお好きなんですか…?」
「そうなんです!あなたも?」
「はい。私ここの近くで働いててて…」

それからブラウンの長い髪の綺麗なお姉さんとカレー談義に花を咲かせてあっという間に休憩時間が終わってしまった。立花いづみさんという彼女は初めてあったのに同年代ということもありすごく気があって今度他のお店も行きましょうとちゃっかりLINEも交換させてもらった。情報交換は大事ですよねなんて言って別れてカレー友達が増えたことにホクホクしながら足取り軽くオフィスまで戻るのだった。


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