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「ちょっと〜私のケーキ勝手に食べたでしょ!」
「姉ちゃん!?勝手に入ってくんなっていつもいってんだろ!」

私には弟がいる。久しぶりに実家に立ち寄ったら高校生になった弟は以前にも増して小憎たらしくなっていた。よく言われることだけど昔はあんなに可愛かったのになぁ。家ではこんなぐうたらなゲーマーのに外ではモテるというのだからみんな上手く騙されているんだと逆に関心さえ覚える。顔?顔なの?

「まぁたゲーム?好きだね〜。」
「女には分かんないよこの楽しさは。」
「そっちのパソコンは何見てるの?」
「ゲーム実況。ゲームしながら解説したりとかしてくれる動画配信。今はナイランやってるとこ。」

もう何を言ってるのかよくわからないけど画面を除けば男の人がここのボスはどうだとか色々話しながらゲームを進めているみたい。というかこの声どこかで聞いたことあるような…

「この人有名な人?」
「やべぇ奴だよ!たるちはすんげぇ強くて神ってる。マジで尊敬!俺もここまでになりて〜。」

隣に座って画面を覗き込むと顔は映ってないものの、耳を傾ければ私の知ってる人の声によく似ていた。目を瞑るとよく分かる。これは…似てるというかもしかして本人…?最近は毎日一緒に仕事してるからよく耳に残ってるその柔らかい声。雰囲気とか言葉遣いとかまったく知らない人だけど聞けば聞くほど本人だと私の頭が言っている。たるち…たるち…い、たる?名前も絡ませてない!?

「茅ヶ崎さん!!?」
「え、姉ちゃん知ってんの!?」

ガタッとパソコンを持ち上げて弟を押しのける。そうだと思うともう茅ヶ崎さんの声にしか聞こえない。これは俗にいう裏の顔ってやつかな…今年一番の驚きで今何でこの部屋に来たのか忘れてしまった。いやいやでももしかしたら間違いかもしれないけど。

「頼む紹介して!」
「何言ってんの無理無理。会社の上司だもん。ていうか問題がいろいろあるっていうか。ちょっと頭整理するから部屋戻るね…」

見えないんだけどと弟に言われながらもパソコンに耳を当ててしばらく聞いたけどやっぱり本人っぽいなと思いつつ、なんやかんや言う弟を横目に部屋を出る。たるちはこの界隈ではすごく有名だと珍しく弟がキラキラした目で語っていた。きっと、いや確実に秘密にしてるよね。顔を見たわけじゃないから確信は持てないしこういうことはそっとしておいたほうがいいと思う。とっても気になるけど聞いたらダメなやつだ絶対。現実逃避が半分、この衝撃は私の中だけに閉まっておこうと布団に潜り込んだ。

**

翌日出社したとき隣の席の茅ヶ崎さんは昨日の夜のあの姿とはみる影もなく当然ながらいつもの王子スマイルだった。

「おはよう七海さん。」
「お、はようございマス。」

普通を意識しすぎてかなりぎこちなくなって不思議そうな視線を向けられてしまった。昨日のあれのイメージが頭に残ってるからとても変な感じがする。だって死ねとかクソとかこの口から紡がれていたなんて。あれを見せてきた弟を恨みたいほんとーに。

「どうかした?」
「いえ!そ、そういえば昨日の資料出来たのでチェックお願いしてもいいですか?」
「もう出来たんだ。七海さんほんと仕事早いね。さすが先輩の教え子。」
「胃が痛くなるので卯木さんの名前は出さないでください…」
「はは、相当シゴかれたんだ。先輩がそこまでするのって意外だけどね。」

笑ってる茅ヶ崎さんは昨夜パソコンの向こうにいたたるちとは同一人物とは思えない。でもどっちがどうとかはないけどたるちのほうが生き生きしてた気がするな。声だけでも分かるくらいすごく楽しそうだったから。本当の姿というか普段静かな怒ったりなんてしないイメージが強かった分あんなに感情豊かな人で逆によかったなんて思ってしまう。隠さなくてもと思うけどきっと茅ヶ崎さんにも色々事情があるんだろうな。

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「今日茅ヶ崎さん来てる〜!隣行かないと!部長たちが隣より女の子のほうがいいよね!?」
「マナは毎日仕事で一緒だから向かい側!」

その日の夜は大きな飲み会で珍しく茅ヶ崎さんも参加していた。そんな茅ヶ崎さんは両側に課長と部長で大変そうだ。でも隣の同期を始め女の子たちが隣を狙っているから早々にあそこからは脱出できそうかななんて少し離れた所でお酒を傾けながら眺めていた。

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…どうしてまた同じ位置になってるんだろう。色々席が変わったりしばらくは女の子が周りにいたはずなのに私の斜め向かいに見えるのは、茅ヶ崎さんの両側に再びおじさん上司2人。しかもかなり酔いが回っている部長がみるからに絡んでいてだんだんかなり面倒くさいお説教モードになってきている。さすがの茅ヶ崎さんも笑顔が引きつってるのが見てとれた。

「顔がいいからってなぁ、成績はまだまだだぞ。顔で仕事を取れてるなんてそれは実力じゃないからな!」
「…はい。」

絶対にあれはひがみだよ。成績だってうちのチームは一番だし顔で仕事取ってるわけなんてないしそもそもジャガイモみたいな顔してる部長は顔も悪いのに仕事できないじゃん。それからもあーだこーだと小言が続いて聞いていたらお酒も入っている私はだんだんイライラしてきてしまった。やっかみもいい加減にしてほしい。そして耐えられなくなり、頭の中でプチっと何かが切れた音がした次の瞬間私はお酒を持って2人の正面に移動してにっこりと笑ってみせた。

「部長、茅ヶ崎さん仕事は丁寧で早いですしみんなからもすごく慕われてます。それに例えブサイクでも同じ成績出せてると思いますし一緒に仕事したいって思います。さらにいうとこの前の部長のミスをフォローしたのだって茅ヶ崎さんですよ。」
「なっ」
「七海さん。」
「それにたるちとしてそっちの世界ではすごく有名なん…」

熱くなっいくうちに最後余計なことを口走ってしまった。ハッとなるとみんなの視線が突き刺さっていて一気に酔いが冷めていく。しかもたるちと言ったせいで茅ヶ崎さんが見たことない目でこちらを見ている。いろんな意味でなんとかこの場を誤魔化さないと…冷や汗をかきながら私は必死に頭を回転させた。

「あ、あははは。とにかく、飲みの場なんですし仕事の話はやめましょう!」
「七海さんお酒飲み過ぎたみたいだね。ちょっと涼みに行く?部長もお水頼んどいたんで飲んでください。」
「え、いや私は…」

よろしくねと周りの女子社員に微笑めば女の子が一瞬で部長の隣に行って盛り上げ始める。さすが茅ヶ崎さんだ。みんなごめんなさい私のせいでジャガイモ部長のご機嫌取りなんて…明日お礼しなくちゃいけないな。有無を言わさない茅ヶ崎さんに引っ張られるがままそんな流れる景色をみつつ外に出て、空いているベンチに並んで座った。

「はいお水。」
「ありがとうございます…」
「それでたるちってどこから聞いたの?」
「やっぱり聞こえてました?」
「それはもうハッキリと。」

いきなり核心をついた質問がきて逃げられなくなってしまった。笑顔がなんだか怖いのは気のせいじゃないと思う。聞かないでおこうと決めたのに、さっきの自分を呪いたい。鋭い視線に耐えられずきっと言わなきゃ帰してもらえないんだろうと私は恐る恐る口を開いた。

「弟がいるんですけど…昨日の夜たまたまゲーム実況?て言うやつ見てたら声が茅ヶ崎さんで名前もそうかなって…」
「なる。そういうことか。引いたでしょ。」
「驚きはしましたけど…弟がものすごくリスペクトしてるんです。たるちは有名だって聞きましたし逆に羨ましいです。」
「え、」
「私はゲームすごく下手なんですよね。弟とやるとすごいキレられますもん。だからすごいなぁって。」

衝撃的だったのは否定しないけどこんな楽しそうな茅ヶ崎さんもいるんだっていうのが素直な感想。外と家が違う弟とどこか似てるからかもしれない。隣に座る茅ヶ崎さんを見ると私を見て少し考えた後プッと吹き出して笑い出した。笑うタイミングがどこにあったんだろうと私首を傾けながら言葉を待つ。

「ごめんごめん。斬新な感想で七海さん面白いなと思って。」
「えっ と、笑われてる理由は分からないんですがたるちのことは広めたりしないので安心してください。さっきはヒートアップしちゃってすみませんでした。」
「うんよろしく。世の中七海さんみたいな人だけじゃないからね。」

もしかしなくても変わってるって言われてるような気がしてならない。少し複雑な気持ちになりつつでも怒ってないことに安心して。私は凄腕のゲーマーってギャップいいと思うんだけどな。そんなことを言ったらまた笑われそうだから言わないでおくことにしよう。夜風が気持ちよくて予想より酔ってたのかもなと思いながら水を飲んでいると立ち上がった茅ヶ崎さんが前に回る。

「あとさっきはありがとう。部長かなり面倒くなってたから助かった。」
「あ!こちらこそすみませんでした…!大人気なくあんなこと言って。」
「カッコよかったよ。てゆかあの部長ジャガイモに似てるよね。」
「私もそう思います!あんなのジャガイモのひがみですよ。」
「意外と言うね七海さん。」

そうして話も落ち着いたところでこのまま帰るか聞かれた私は一応部長の様子を見に戻ることにした。ちゃっかり荷物を持ってきてた茅ヶ崎さんは今イベント中だからと笑ってそのまま帰っていったのだった。

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