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会社でモテる人といえば?

うちの会社でこの質問をされたらたぶんほとんどの人が同じような答えを言うと思う。名前があがるのは2人。

1人目はメガネで背が高くてもちろんイケメン仕事が死ぬほどできる隙がなさすぎることで有名な卯木千景さん。入社したとき私の指導係のその人。カッコいいとかの前に私にとってはただの鬼上司。とにかく厳しくて何度泣きたくなったことかわからないくらいだ。外面がいいからあの笑顔に恐れおののいてるのって私だけな気がしてる。おかげで今では私もそれなりに仕事はできるようになったけど女の子にはなかなか塩対応なので近寄りがたいイケメンといったところかな。

2人目、キラキラした感じの爽やかスマイルこちらも仕事のできる茅ヶ崎至さん。最近社内で移動になった私の新しい上司。最初は緊張したけど噂通り優しくて偉ぶったりもしないしその柔らかい雰囲気は卯木さんよりも話しやすい。だから卯木さんと仲が良いことを聞いたときはものすっごく驚いた。どこか壁があるような印象もあるけど、私はどちらかと聞かれたら断然茅ヶ崎さん推しだ。

たまたま噂の2人と仕事ができた私はそれはたくさん女のコたちからいろんな質問をされることが増えた。でも私が知ってることなんてほとんどなくてけっこう2人とも謎が多いんだよね。卯木さんは出張でほぼ会社にいないし茅ヶ崎さんは飲み会も爽やかに断りお昼もどこかに消えてしまうから私生活について話すタイミングが少ないっていうのもあるけれど。

それでもモテるのは少しミステリアスなくらいな興味を掻き立てるからなのかもしれない。きっと一歩さがって癒されてるくらいがちょうどいいのだ。

「七海さん?なにか分からないとこあった?」
「あ、いえ。ありがとうございます。」

そう?と隣のデスクから顔を出した茅ヶ崎さんが爽やかに笑って戻っていく。朝から癒されるねなんて逆に座っている同期が顔を寄せてこそっと囁いた。ほんとだねなんて話していて時計を見たら間も無くお昼にさしかかる時間。

「茅ヶ崎さん、ランチミーティング第2会議室確保してあるのでよろしくお願いします。」
「あー、そうだった。すっかり忘れてた。」

12時ちょうどいつものように立ち上がる茅ヶ崎さんを見てもしかしてと思って声をかけたらやっぱり忘れてたみたいで今日だったか、と難しそうな顔をしている。

「他の日に変えますか?」
「いや、ごめん大丈夫。ただ今日弁当カレーだから臭うかなと思ったんだよね。」
「お弁当に、カレー…?」
「そう。昨日のカレーの残りだけどね。ちなみにもう3日目。」

苦笑いをしながらカバンからお弁当を取り出す茅ヶ崎さん。そういえば寮に住んでてご飯を用意してもらえるとかでいつも可愛らしいお弁当を持っている。唯一私が知ってる茅ヶ崎さん情報かも。

「3日目のカレー美味しいじゃないですか!」
「味はすごく美味しいんだけどさすがに3日目ともなるとちょっと他のもの食べたくなるかな。朝もカレー昼もカレー夜もカレー…」
「あはは、カレー三昧ですね。私は好きだけどなぁ。カレーといえば私的にはやっぱりインドカレーですけど最近スリランカカレーもいいなって!ココナッツがいいんですよね。インドカレーとはちょっと特徴が違ってて辛さは控えめなんですけど…はっ、すみませんベラベラと…!」
「まさか七海さんもカレー星人だったか…」
「私も?」

危ない危ない。勢いでカレー愛について語りすぎるところだった。カレー好きは分かるけど喋りすぎるなと友達に何回言われたことか。引かれなかったなと心配になって顔を伺えば、茅ヶ崎さんの寮にはカレーが大好きな人がいるらしくカレーにこだわる人ってこんなにたくさんいるのかって驚いたらしい。よかった。そうのだ、世の中にはカレー好きは少数派じゃないのだ。

「私その方とずっとカレーについて語れそうです。」
「俺もそう思う。七海さんが話てるの見てちょっとデジャブだった。」

そう言って笑う茅ヶ崎さん見てふと思った。前と茅ヶ崎さんの雰囲気が少し変わったような気がする。劇団に入ったらしいって聞いたあたりからかな。ちょっと柔らかくなって前よりも話しやすくなったというか。だって今寮の話をしてる茅ヶ崎さんはすごく柔らかく笑ってる。前はこう、愛想笑い感がもうちょっとあって実は少し取っ付きにくいななんて感じることがあった。直属の上司じゃないからかなって思ってたけれど。

「茅ヶ崎さん少し雰囲気変わりましたよね。」
「そう?」
「はい。なんかこう、話しやすくなりました。」
「それ前は話しずらかったってことでいい?」
「あいや!そういうことじゃないんですけど!」

冗談、とコーヒーを片手に笑う茅ヶ崎さんはやっぱり爽やかでいつもよりもなんだか距離が近いような気がした。カレーの話題に感謝だ。今日はいいことありそう。

「いい意味です。前は笑顔がアイドル的だったんですけど庶民的になったというか。」
「ぶっ!げほ…」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ごめ、大丈夫…庶民的なことを喜べばいいのか悲しむべきなのか…」

むせている茅ヶ崎さんは俺全然アイドルなんかじゃないよと言っていたけど近くでみたらやっぱり顔は整っててイケメンだっていうところは変わらないなと再確認したのだった。

この時の私はまだ知らない。
彼の別の顔のことを。


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