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「やった!みてみて茅ヶ崎さん!やっとラスボスクリアできました!」
「…。」
「茅ヶ崎さん?」

そう言ってこっちを振り向いたマナが反応のない俺を不思議そうに見つめる。晴れて付き合うことになってすぐのこと。弟から借りたゲームがやっと終わりそうだからと今日は2人でゲーム大会だ。忙しい繁忙期が終わってこんなゆっくりできるのは久しぶりで1日すごく充実した。そんな中今日改めて感じていることがひとつ、いやふたつ。

「ずっと気になってたんだけど。」
「なんですか?」
「なんでマナは茅ヶ崎さんなの?」
「はい?」
「あと敬語。」

振り向いたマナ持っていたコントローラーをポロリと落として目を見開いたまま固まってしまう。苦労してクリアしたゲームのエンドロールは止まることなく流れていてちょっと悪いことしたかもって思うけど言いたくてしょうがなかったんだから許してほしい。

もともとが会社のつながりだったからかマナはずっと茅ヶ崎さんのスタイルを崩してくれない。そのうち呼んでくれるかなーと期待してたんだけど一向にその気配がない。無理してほしいわけじゃないから言わないでいたけど、改めて距離感じるしさみしい。というかうちのみんなのことは幸万里十座と名前で呼んでるのに俺だけ違うから正直いうと面白くない。

「その、こっちのほうが慣れてるっていうか癖になってるというか。徐々に変えていきたいというか。」
「そっかそっか。じゃあ逆の癖つけてくっていつのは?ってことで今からやってみよう。」
「癖っていうのはそういうんじゃないですよね!?」
「お願い。だって俺たちもうラブラブの彼氏彼女でしょ?」
「ラブラブ…」

複雑な表情でなにやら考え込むマナは相変わらずわかりやすくて笑ってしまう。なかなか顔を上げないものだからマナともう一度名前を呼ぶと意味を察したのか視線を彷徨わせたあとおずおずとこっちのソファまできて向き合うように座り、ためらいがちに口を開いた。

「至さん…?」

耳まで真っ赤になったマナが小さな声でそう言った。思っていたよりも破壊力があって言わせた俺が今度はフリーズする番だった。

「わ、ちょ、ちょっとちがさ、至さん!」
「そんなに可愛いのが悪い。」

思わず抱きしめて抵抗する彼女をギュッと閉じ込めると観念したのか身体の力が抜けた。

「…至さんのせいでエンディングみれなかった。」
「ごめん許して。」

ふてくされたように顔をあげるけど俺からしたらその様子も笑っちゃうほどかわいくて、それを見たマナが笑い事じゃないとさらに怒られた。

「もう一回呼んで?」
「絶対楽しんでますよね。」
「あ、敬語。ペナルティとか作る?」
「〜っもう!」
「だめ逃がさない。」

立ち上がろうとするマナを押さえ込み手を固定してそのままソファに押し倒すと予想外だったのか驚いて、静かになった。

「マナの特別だって思いたいんだ。」
「い、至さんてそんな感じだった?」
「そんなって?」
「積極的というかグイグイくるというか…」
「今までは抑えてただけかもね。でももう我慢しなくていいんでしょ?」
「その言い方は卑怯…」

あーこれ癖になりそう。たじろぐ様子を見てると余計にからかいたくなってしまう。組み敷かれて逃げられない状況にもはや泣き出しそうなマナの額に軽いキスを落として嫌なら抜け出してと笑えば狡い、と声を絞り出した。なんだかんだと断れないんだって知っててやってるんだからその通りだなって思う。

「至さんはいつでも私の特別だよ。」

困ったように、けれど柔らかく笑ったマナ。

「っん、」

そのままマナの唇を塞げば華奢な肩が震えた。これは止められないかもと思いながら角度を変えてキスをしながら服の下に手を滑らせ…

「ただい、ま…」
「っ!?」
「うっ、痛い。」

ガチャとドアが開く音がして一瞬でマナが飛び起き押しのけられた俺は下に落ちた。そして振り向くとものすごく不機嫌そうな先輩がそこに立っていた。そこでやっとそういうば今日はこっちに来てもらっていたんだったと思い当たる。せっかくいい感じだったのにまったくもって間が悪い。

「卯木さんおかえりなさいです!お邪魔してました!してたんですがもうあれなので。てことで至さん私はそろそろおいとましますね!」
「マナちょ、」

引き止めようと伸ばした手は空を切り、早口でまくしたてるように言うとマナは赤い顔で風のように出て行ってしまった。部屋に残されたのは先輩と俺。

「先輩タイミング悪すぎる。」
「俺の部屋なんだけどね。」
「はぁ。」
「ため息つきたいのはこっちだ。高校生じゃないんだから場所くらい考えろ。」
「襲いたくなっちゃうかわいい彼女に言ってくださいー。」

はぁ〜ともう一回ため息をつきながらソファでゴロゴロすると鬱陶しいと一括された。そこは寸止めさせられた俺の気持ちも考えてほしい。

「てゆうかさっきのマナの顔今すぐ忘れてもらっていいですか?」
「無茶言うな。」
「本気なんですけど。」
「なんで俺の方が責められてる感じになってるんだ…」

頭をかかえる先輩を見ながらマナのことを考える。行き場を失ったこの熱は一体どうしたら。でもまぁいいか。もう焦ったり急いだりする必要はないし大事にしたいって思うから。ひとまず今は監督さんに捕まったらしいドアの外のマナに謝りに行くとしよう。

これからも俺たちはこうやってゆっくり少しずつ距離を縮めていけたらいい。

少しじれったくてもマナとだったらそれも楽しいと感じるくらいに、俺は君のことが好きだから。

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