18

ドアを背に膝をかかえるようにして丸くなっていたのは不審者なんかではなく茅ヶ崎さんだった。

いつからここに居たんだろう…?この寒空の下ずっと待ってた、っていうこと?

「電話してくれたら…ってあ、充電切れてる…」
「だよね…そう思った。どこに行けば会えるか分かんなかったからとりあえずここにいれば帰ってくるかなって。」

ガタガタと震えながら顔を上げた茅ヶ崎さん。暗闇の中見るその顔は叱られた子どもみたいな、そんな顔。

「寒いからとりあえず中に…っ、」

間もなく0時にさしかかろうという時間。気温は1桁で、いろいろ聞きたいことはあるけれど見るからに寒そうな茅ヶ崎さんに中に入ってもらおうと鞄を開いたそのとき、伸びてきた冷たい手が私の手首を掴んだ。

そしてこちらを見上げた真っ直ぐなサクラ色の瞳が私を射抜く。逸らしちゃいけないって、そう思わせるような強い眼差しは胸が苦しくなるほどで。

「…好きなんだ、七海さんのこと。」

思いがけない言葉に手にした鍵が音を立てて落ちていった。瞬きも忘れそうになるほどの衝撃で頭が真っ白になってそれがやけにスローモーションにみえる。

今好きって、そう言ったの…?

「突き放すようなこと言ったりしたのに勝手なこと言ってるって思うよね。ごめん。もう嫌われてるかもしれないけどちゃんと伝えようって思って。」
「…。」
「…七海さん?」

俯いて黙った私に不安げな声を向けて茅ヶ崎さんはゆっくりと立ち上がり向かい合うような形になった。

「ずるいです…」

届きそうで、届かなくて、いつも振り回されてばっかりで。だけどいつも茅ヶ崎さんが柔らかく笑うから。そのたびに悔しいくらい私の心はあっという間に持っていかれて惹かれてく。今だって触れられた手首が熱くてしょうがない。

「いっつも茅ヶ崎さんは私の話最後まで聞いてくれなくて、優しいけどなに考えてるか分からなくて…」
「うん。」
「今日だって誤解なのに否定すらさせてくれなくて、私すごく悲しくって…」
「うん。」
「それでもっ、」

伝えたかったのは私も同じ。嫌われたって思ったのは私の方。言葉にするその瞬間堪え切れない涙がこぼれたのを感じた。

「私も、茅ヶ崎さんのことが好きです。」

私の言葉を聞いて向かい合っている茅ヶ崎さんはそのまま目を丸くして瞬きを繰り返した。見つめあったまましばらく沈黙が続き、なにか話してくれないかと口を開こうとしたその瞬間ぐいと腕を引かれバランスを崩す。倒れこんでたどり着いたのは茅ヶ崎さんの胸の中だった。

「あのっ」
「俺も好き。好きだよマナ。」

苦しいくらいに抱きしめられて名前を呼ばれれば一瞬で顔が熱くなっていく。ドクドクと早く打っているこの心臓の音は私のなのか茅ヶ崎さんなのかは分からない。けれどそれが恥ずかしいけどくすぐったくいような。いつかみた夢の続きなんじゃないかと思ってしまうけど、高くなった体温がこれは現実だと教えてくれる。私はそれを確かめるようにそっと茅ヶ崎さんの背中に手を回した。同じ気持ちでいてくれたことが泣きそうなくらいに幸せで。

「…っくしゅん!」
「…。」
「す、すいません…」
「っ、はは…」

すっかりと冷え切ってしまったのか空気を壊す私のくしゃみに吹き出した茅ヶ崎はんはマナらしい、なんて笑って肩を揺らした。まだ慣れないその呼び方にどきりとしてどうにも落ち着かない気持ちになる。

「とりあえず部屋入ろうか。」

身体を離して私の涙を指で拭ってくれた茅ヶ崎さんが照れたように目を細めた。やっぱりこの笑顔が好きだなぁなんて思って私もつられて口角をあげるのだった。

**

「そっちじゃなくてこっち。」
「し、失礼しますっ」

ひとまず暖かい飲み物をとコーヒーを手に部屋に戻り向かい側に座ろうとしたらソファにいる茅ヶ崎さんがポンポンと隣をたたく。どことなく嬉しそうなその様子に拒否はできずゆっくりと隣に腰を下ろせば手に指が絡められた。

「ぎこちなすぎじゃない?」
「まだちょっと頭がついていかなくて緊張してるっていうか。」
「俺もだよ。」

全然そんな風に見えないなと思って隣を見て首をかしげると見過ぎ、と茅ヶ崎さんは苦笑いを漏らした。よく見ると耳が赤くなっていて私ばっかり緊張してるわけじゃないんだなと分かって肩の力が抜けた気がした。

「これうちのみんなからお土産。監督さんが会いたがってたよ。」
「わ、お菓子とケーキ!ありがとうございます
。」
「…本当は俺がマナを連れてく予定だっからみんなにめちゃめちゃ怒られた。特に幸に。」
「幸君…?」
「うん。プレゼント、ありがとう。もらえると思ってなかったからすごい嬉しかった。」
「…言わないで言ったのに。」
「中身見て気づいたのは俺。ナイランのフィギュアなんてくれる人限られるしね。」

プレゼントはあまり気合い入れすぎるのもよくないかと思ってナイラン好きの弟にリサーチして用意したものだった。後から渡すのもいやだったしファンからってことにしてもらえば送り主はバレないと思ったんだけど…

思い出すのは帰り道で会った幸君。あのとき私はろくに説明もできずいっぱいいっぱいで今思えばすごい不自然だったからたぶん心配をかけてしまったんだろう。

「確認したくて幸に誰から渡されたか聞いたら逆にいろいろ聞かれてヘタレとか男らしくないとか散々言われまくって、そのあと先輩からも話聞いたんだ。あのときは2人そういうんじゃないって分かってたのに頭ごちゃごちゃになってて自分のことしか考えれてなかったっていうか…」
「…。」
「でも全部言い訳。傷つけて、泣かせてごめん。」

ちっちゃい子が言い訳してるような、そんな泣きそうな茅ヶ崎さん。それがなんだかとても可愛くみえて私は思わず笑ってしまった。

「ふふ、すいません。なんだか今日の茅ヶ崎さん新鮮で。」

怒ってもいいのにと困ったように笑う茅ヶ崎さんに、会いにきてくれたからと繋いだ手に力を込めた。茅ヶ崎さんの様子をみるにたぶん幸君にかなりガツンと言われみたいだし私からこれ以上言わなくてもいいかなって思う。それに今この温もりが全てだから。

「…俺はマナが思ってるほど大人じゃないし、必死で余裕ぶってるけど実際はたぶんただのヘタレたオタクだし、ヤキモチだって焼くしすごいわがままだと思うんだよね。」
「はい。」
「それでもいい?」

そんな顔して聞かれたらだめなんて言えるはずがない。そんなの知ってますって言えるほどまだ知らない面がきっとたくさんあるんだと思う。だけど…

「全部含めて茅ヶ崎さんがいいです。」

ゲームのことになると熱くなって、劇団のみんなの前ではすごぐ優しい顔で笑ったりだとか。舞台ではすごくかっこよくって、仕事では頼りになる上司だったり、あとは本当は意外と臆病なところがあったりして。最初の頃とはだいぶイメージが変わったかもしれない。でもそんな茅ヶ崎さんだからきっとこんなに好きになった。

ミルフィーユみたいに1枚1枚時間をかけて少しずつ積み重なってきたこの想い。たぶん、ううん絶対これからもっと好きになっていくんだろう。

それを聞いた茅ヶ崎さんはありがとうと安心したようにささやいて私の肩に頭を乗せた。

「この部屋に入ったの2回目だけどすごい新鮮な気がするなー。前は理性との戦いであんまり記憶ないんだよね。」
「り…!?」
「そりゃそうでしょ。好きな子が無防備に目の前で寝てるのに手出せないんだし。」
「…茅ヶ崎さん。」
「ん?」
「実はあの時起きてました。」
「え!?マジで!?」
「うそです。」

珍しくすごく驚いた茅ヶ崎さんにしてやったりとニヤリと笑えば肩を落として大きなため息を吐いた。

「いつもからかわれてばっかりなのでお返しです。」
「…やられた。」

そうして目を合わせるとぷっと2人同時に笑いあった。

ふと真剣な顔になった茅ヶ崎さんの手が私の頬をなぞりもうおしゃべりは終わり、そう言うみたいにゆっくりと距離が縮まっていく。




メリークリスマスマナ
もう離さないから覚悟して




重なった唇はケーキよりもずっと甘い気がした。




fin

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