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クリスマスまでどんな顔して過ごしたらいいのかと思っていたけど幸か不幸か茅ケ崎さんは地方でやる特別な公演のためずっと有給を取っていた。繁忙期なこともあり顔を合わせても仕事の話しかできずあれよあれよとあっという間に25日に…!

変に期待しすぎないようにと思いつつも街の浮き足だっている様子にも触発されて心がどうにもふわふわしてしまう。でもでも仕事の話とか劇団に関するなにかの話っていう可能性だって十分にあると自分を落ち着かせる。話がなににしろ私はがんばるって決めたから。

よし、と仕上げのお粉を肌に乗せて目を開き鏡の自分を見て気合を入れた。

「メイクは戦闘服。だよね莇君。」

**

駅に着くとキレイなイルミネーションが目について街行く人はどこか幸せそうに見える。クリスマス効果なのかな。今日はサンタさんの奇跡はいらないからどうか、ちゃんと伝えられますように。

待ち合わせはファンミーティングのあと、寮のほうでクリスマスパーティがある前で劇場裏の待ち合わせになっている。いよいよだと胸に手を当てて深く深呼吸をしていたとき、肩をたたかれビクッと跳ねた。

「わっ!?」
「通行の邪魔してる。」
「す、すいません考えごとしてて…って卯木さん!」
「驚きすぎだろ。」

予想外すぎてかなり大きな声を出してしまった私を見て卯木さんは目を細めた。

「こんな日も仕事だったんですか?」
「大した仕事じゃないよ。ファンミもあるしすぐ終わらせた。」
「お疲れさまです。」

スーツ姿の卯木さんは時計を確認するとじゃあお先にと歩き出して、少し行ったところでピタリと止まった。どうしたのかと背中を見ていると急にこっちを振り向いて早足で戻ってくる。

「どうしたん…え、卯木さ、」
「合わせて。」
「な!?ちょ、むぐ…!」

突然私の手を取るとそのまますぐ隣にあった脇道に入り身体が引き寄せられた。人攫いかとか思うくらいの勢いに思わず声を出そうとしたら思いっきり卯木さんの手が私の口を覆う。一体なにごとかと手を押しのけて卯木さんを見上げると素早く後ろを確認していた。

「なんなんですか…!?」

できるだけ小声で訴えると顔を寄せて苦笑いを漏らす。さすがにちょっと近すぎやしないだろうか。

「ちょっとしつこい奴がいてね。」
「ストーカーですか?」
「まぁそんなところ。だから悪いけどちょっと付き合ってもらえると助かる。」
「そういうことなら…」

珍しく切羽詰まったような卯木さんに思わず頷き息をひそめた。とは言ったものの明るい通りに背を向けた卯木さんは私の背中に手を回していて顔を近づけているこの状況。外から見たらこれもしかしてキスしてるように見えるんじゃ…?わざとかもしれないけど。でもこんな細い路地誰に見ららることはないにしても早く脱したい。

追いかけ回されるって一体どういう状況なんだろう。やっぱりこの人は謎が多すぎる。

「もういいかな。」

少しして体を離した卯木さんは大通りを確認すると小さく息を吐いた。

「悪いな。付き合わせて。」
「…拒否権なかったですけどね。」
「お詫びに劇場までタクシーで送ってくよ」

さっきの緊張感はどこへやらのらりくらりとしている卯木さんに文句を言いたくなるけれど、でもこのハプニングのおかげ少しだけ緊張がほどけたような気もするから結果オーライだったのかもなんて思いつつ路地を抜けて大通りに戻ったときだった。

「…っ!」

出たとこにいたのは茅ヶ崎さんで。私は驚き過ぎて言葉を失った。私たちのほうにゆっくり歩いてきた彼は気まずそうに視線を落とす。

「あー、先輩なかなか来ないから開演間に合わないんじゃないかと思って迎えに来たんだけど…」
「茅ヶ崎さんこれは、」
「邪魔してごめん。」

その瞬間きっと全部見ていたんだと思った。そして違いますと言おうとして、はたと止まる。もし卯木さんを追いかけいた人がこれを見たらさっきせっかく誤魔化したことの意味がなくなってしまうんじゃないかって。人通りのあるここでは誰が話を聞いているか分からない。何も言えなくなった私を見て茅ヶ崎さんは少し悲しげに笑った。

「大丈夫、会社の人に言ったりしないから。」
「おい茅ヶ崎、」
「先輩急がないと本気で開演間に合わないですよ。車で来てるんで乗ってください。」

なんてことないかのように茅ヶ崎さんは卯木さんの背中を押して私を避けるように歩き始める。思わず一歩踏み出して腕を掴んだけれど前を向いたままの茅ヶ崎さんの顔はこちらを見てくれなかった。

「あの!」
「ごめん急ぐから。」
「っ、」

突き放すような強い言い方に思わずひるみ、手の力が抜けてするりと茅ケ崎さんの手が落ちる。

「あと公演の後の話なんだけどせっかくのクリスマスに時間取らせるのやっぱり悪いしなしにさせて?一緒に過ごす人いるはずなのに強引に誘っちゃってごめんね。」
「謝らないでください。私も茅ヶ崎さんに話が…」
「本当に時間ヤバイから行くね。」

一度も私の方を振り向かず、手を振り払うように歩みを進める茅ヶ崎さんの背中を私は追いかけることができなかった。

**

あのとき追いかけて誤解ですと伝えてもし、だからなに?なんて言われてしまったら。付き合ってたんだねと笑顔を向けられたりしたら。一瞬にそんな想像をして手を離してしまったのは私。

大人になると経験が邪魔をして下手に相手の反応が想像できてしまう分、動けなくなってしまうんだと実感したのは最近だ。タイミングが悪かったといえばそれまでだけど、結局私は拒絶されることが怖くて踏み込むことができなかった。

「ありがとうございました!」

明るくなった劇場にハッと顔を上げるとカーテンコールで咲也君を中心に全員が舞台の上に集合していた。茅ヶ崎さんはいつもの笑顔で手を振っていてなにも変わらないように思ってしまう。ライトが当たった舞台の上がいつになく遠く感じるなぁ。気持ち、伝えようって思ったけどもうその機会も…

「っ、ううん、それはダメ。」

できなかった言い訳ばかり考えてたってなにも解決しない。今日の朝は当たって砕けてもいいって思ってたじゃない。ここまできたらなんて思われてもいい。まだきっとチャンスは残ってるはず。

私はゆっくり息を吐いて立ち上がり、もともとの待ち合わせをしていた劇場裏に向かって走り出した。

**

ダメ元で電話をかけたけど繋がらず。それでもとりあえず裏口に行けば誰かしらにでも会えるかもしれないと小走りで行くと、そこにはファンの女の子たちの輪があってその中に茅ヶ崎さんがいた。

「ち、茅ヶ崎さん!話があるんです!」

思ったよりも大きい声が出て全員の視線がこちらに集中する。いたたまれなくてものすごく恥ずかしいけど気づかないふりをしてその中に入っていった。

「え〜茅ヶ崎さんの彼女さんですかぁ?」
「なんだ彼女いたんだ〜。」
「い、いえわたし…」

女の子たちのいろんな言葉と好奇の目。さすがに戸惑っていると茅ヶ崎さんが一歩こちらに踏み出した。

「違うよ。」
「え、」
「彼女じゃないよ。ただの会社の後輩。いつも律儀に見に来てくれるんだ。優しいよね。」
「そっかぁ!ちょっとホッとしちゃった!」
「わたしも〜」

そんなざわめきが大きくなる。

ただの後輩。その通りなのにその言葉が今はこんなに苦しい。

やっと視線を合わせることができたのに、茅ヶ崎さんが笑ってくれたのに。それは最初の頃どこか線を引かれているような微笑みだった。

「今日もありがとう。話は会社でもいいかな。寒いから気をつけて帰ってね。」

話す気はないと、そう言われている。それでも、伝えないといけない。頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「…はい。今日はお疲れさまでした。」

出てきたのはそんな言葉。振り絞るようにそれだけ言って私は背中を向けた。

きっと茅ケ崎さんならちゃんと聞いてくれるとどこかで甘えてたのかもしれない。だから余計に、2回も避けられてしまうと心が折れてしまって。

タイミングが合わない人はずっと合わないというけど私たちがそうなのかな。大事なことろでうまく噛み合わない。なんて本当に私は言い訳ばかりだ。

「いくじなしだなぁわたし…」

もう一回頑張れる?でもちょっと今日は何をどうしたらいいのか分からないかも…好きって伝えるのってこんなに難しかったっけ。そんなことをグルグル思いながら泣きそうになるのを必死に堪えて私はトボトボと駅までの道のりを歩いた。

「あれスパイス星人じゃん。」
「ゆ、きくん…?」

前から歩いてきたのは幸君と夏組のピンクの髪の…向坂くんだったかな。話を聞くと2人は足りない飲み物をの買い出しに行ってたらしい。

「あ!今日クリスマスパーティ来てくれるんですよね!監督さんのお友達って聞いて楽しみにしてたんです。」
「え、ううん。特に誘われてないけど…」
「なんで。」
「私に聞かれても。」
「インチキエリートが呼ぶって言ってたんだけど。」

その言葉にどきりとしたら思わず黙ると、至さんの代わりに僕たちが誘いますと優しい笑顔で椋君が言ってくれた。だけどさすがに行くことはできないから予定があると伝えるととても残念そうな顔をさせてしまった。その横で幸君はじっと私のことを見つめる。

「…喧嘩でもした?」
「そういうんじゃないよ。行けなくてごめんね。誘ってくれてありがとう。」

なるたけ明るく言ったつもりでも幸君は眉を寄せた。察しがいいからなんとなくは気づいてるかもしれないけどせっかくのパーティに水を差したくはない。

「あ、幸君。ひとつだけお願いしたいことが…これ渡しておいてもらってもいい?くれぐれもファンからってことで。」

**

それから1人で街のイルミネーションを見て、写真をとったり何件か居酒屋を渡り歩いてやけ酒をしていたらあっという間に時間が経ってしまった。

悲しい気持ちでいっぱいだったけど、その反面マイナス思考な自分にイライラしたり、はたまた話を最後まで聞いてくれない茅ヶ崎さんに怒りの矛先を向けてみたり案外私はまだ大丈夫なのかもしれないと帰りの電車の中で1人自嘲気味に笑った。

ここまできたら会社だろうがどこだろうが告白してやろうじゃないかなんてお酒のせいで気が大きくなったりして、なんとも気持ちのアップダウンが激しい。だけどやっぱり諦めたくないって思ったから。今日にこだわらなくなっていいんだよね。

そうして自宅マンションに帰ってきて雪が降らない分だいぶ冷え込んできた風に身震いしながらエレベーターを降りて廊下に出たとき。私の部屋の前で誰かが丸くなっているのが目に入った。

こんな遅い時間にまさか変質者!?今日は踏んだり蹴ったりすぎる。

そんな風に思いながらゆっくり近づくと、

「ちっ、」
「お、かえり…遅かったね…」

寒さに震えて小さくなっていたその人は茅ヶ崎さんだった。

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