16

都内の有名ホテルのホールを貸し切って行われる創立記念パーティはうちの会社がそこそこ大手の商社だったことを思い起こさせた。海外とも取り引きがある関係で、来ている人は国籍も多岐に渡っていてまるで映画に出てきそうなパーティ会場だ。受付を済ませて会場に入ると同期が興奮した様子で私の肩をたたく。

「やっぱ外人のスーツかっこいいね〜!あ、でもうちの会社も負けてないよ!ほら卯木さんとか!」
「たしかに…」

人混みの中シャンパン片手になにやら英語で話している卯木さんに目をやると確かにこのグローバルは中でも見劣りはしないかもなんて思う。するとパチリと目が合ってしまって怖いくらいの笑顔で七海こっちなんて手招きされた。英語は一年目に卯木さんに叩き込まれたけれど本当に片言だしネイティブの方と雑談なんてできるわけないと踵を返そうとしたら同期がマナ呼ばれてる!なんて余計な一言を言って逃げ場がなくなり苦笑いで歩みを進めた。

「お疲れさまです。」
「だいぶ印象違うから最初分からなかったよ。」
「それって褒めてくれてます?」
「まぁ馬子にも衣装かな。それよりこちらの方が話したいって。少しなら英語いけるだろ?」

相変わらず失礼なと横目で見つつ前を向くと青い目の男の人がにこりと笑い手を差し出した。もうこうなったらやけくそだと握手を交わし卯木さんに助けられながらもつたない英語の雑談が始まった。

話の最中、視界の端に捉えたのは茅ヶ崎さん。そしてその周りにはドレスアップして目をハートにさせた女性たち。茅ヶ崎さんをロックオンしている様子はまるで獲物を狙う狩人みたいに見えて苦笑いが漏れた。でもあのくらいアグレッシブにいかないときっと今日は話す時間なんてないんだろうなぁと思って心の中でため息をついた。

「また一緒に仕事しましょうってさ。だいぶ七海のこと気に入ってるみたいだったからいいタイミングで来てくれたよ。」
「それならよかったです。じゃあ私はこれで、」
「ちょっと待った。」

慣れない英語でドッと疲れたので席を離れたいのに卯木さんがそれを制す。ギョッとして見上げればまだ終わってないと言わんばかりの視線が痛くて動けなくなり、おかげで最初の人を皮切りに次へといろんな人がやってきてしまった。私はなんとかhahahaと笑顔でかわして字幕がほしいと思いながらそれっぽく頷いてた。途中で気がついたのだけど、私がいさせられた理由は色気たっぷりの金髪美女が隙あれば卯木さんと2人になろうとしていたから。だって、なぜか私に注がれる視線がものすごく痛いし早くて聞き取れなかったど去り際にちょっとイヤミを言われた気もする。

それから何分か経ち、やっと人が去って私は思わずはぁ〜と深く息を吐いた。

「さっきの金髪美女が去り際に私のことすごく睨んでた気がするんですけど。」
「あぁ、今狙ってる子なんだって言ったからじゃないかな。」
「そんな適当なことばっか言ってるといつか刺されますよ!?」
「そのへんは上手くやるよ。」
「そういう問題じゃないような…」

苦手なんだよあぁいうの、と涼しい顔でワインを口にして直接仕事する相手じゃないしとドライに言ってのける卯木さんは逆にすがすがしいとすら感じてしまう。モテるすぎるのも考えようなのかもしれない。でもちょっとは間に挟まれた私の気持ちも考えてくれたらいいのに。というかもう部下じゃないのにいいように使われている気しかしない…また余計なことに巻き込まれる前に休憩してきますと私は会場の端に向かうのだった。

**

人混みを避けて柱の死角にある落ち着ける場所を見つけてやっと一息。賑やかな中央のテーブルを流しみて、そのまま視線を外に移すと眩しいくらい都会の夜景が広がっていた。あっという間にパーティも後半で、茅ヶ崎さんはもうどこにいるのか分からなくなってしまって。褒めてもらいたいなんて思ってたわけじゃないけどせっかく幸君たちに整えてもらったから少しだけでも話したかったな。寮を出たときはあんなに勢いづいていた気持ちはいつのまにかしぼんでしまったらしい。そんなことをぼんやり考えているとさっき話していた取引先の男性が私の前までやってきてよかったらとワインを差し出した。

「さっきは挨拶しかできなかったのでゆっくり話したいなと思ってたんですよ。今日の七海さんすごく綺麗なので。」
「あはは…ありがとうございます。」

それから仕事の話もそこそこに海外ドラマさながら私のことやたらと褒めちぎるこの男性。こんなにストレートにこられるとさすがに困ってしまうけど取引相手なので無下にすることもできず愛想笑いをしながら話を続けていく。

「もうすぐお開きになるしよかったら飲み直しませんか?」
「いえ私は同僚と一緒に来てるので…」
「ここのバー雰囲気いいんですよ。今日の記念に一杯だけ。」

見かけとは違いなかなか引いてくれない。こんなことなら卯木さんと挨拶まわりに行けばよかったと後悔しつつ、その場を去ろうとした時腰に手がかかり抱え込むように私を引き寄せた。思わず嫌悪感を顔に出してしまったけれど彼はそんなこと意にも介してない様子で。

「少しだけだから。部屋もとってあるんだよ。」
「いえ遠慮しておきま、」
「いたいた七海さん探したよ。」

突き飛ばしてやろうかと思って思いっきり眉を寄せたとき、ふっと身体が違う方向に引っ張られる。隣をみると私と男の人との間に立っていたのは茅ヶ崎さんで、お疲れさまですと仕事用の笑顔を浮かべていた。

「これからそちらの代表の挨拶あるみたいだから行った方がいいんじゃないですか?」
「あぁ、わざわざどうも。でもまぁ大丈夫でしょ。それより七海さんさっきの話…」
「すみません、彼女と少し話しがあるので。それにほら向こうで探されてますよ。」

茅ヶ崎さんは守るように私の肩に手を回して前にいる彼にそう立ち去るように促すと、渋々といった様子で去って行った。その背中をみて小さく息を吐き、大丈夫?と私の顔を覗き込む。

「は、はい。すみません助かりました。」
「婚活パーティーと勘違いしてるのかあいつさっき他の女の子にも声かけてたんだよね。」

気づけてよかったなんて茅ヶ崎さんが笑う。やっと話しができて嬉しいのに、引き寄せられたから距離が近くなっていてうまく顔を見ることができない。こんなこと自然にやってのけるなんてなんだか狡い。

「七海さん?もしかしてなんかされた?」
「いえ!」

余計なことを考えてぼんやりしてしまったと、咄嗟に一歩離れて出大丈夫ですと来るだけいつも通りに話しかけた。

「茅ヶ崎さんさっき囲まれてましたけどもう平気なんですか?」
「うんちょうど先輩が来たからバトンタッチしてきた。」
「…生贄?」
「そうともいう。」
「それはあとが怖そうですね。」
「すでにあのメガネからビーム出るんじゃないかと思うくらい視線が痛い。だから七海さんも向こう見ないようにしてね。」

了解ですなんて笑いながら茅ヶ崎さんはこういう場所好きじゃなさそうだけど卯木さんと同じで違和感なく馴染んでるなぁと思った。それから他愛もない話をして、茅ヶ崎さんはそういえばと私の方を向き直した。

「七海さんよくこの場所見つけたよね。柱の死角だったからなかなか見つからなかったよ。」
「探してたんですか?」
「うん。」
「すいません何か用が…」
「ううん、俺が七海さんと話したかっただけだよ。」

なんてことないように言ってのけた茅ヶ崎さん。柔らかく笑ったその顔をみれば心臓が跳ねた。嬉しいのに逃げ出したいような、そんな感覚。きっとたくさん人がいて気疲れしたから言っただけ。それでも私は単純だから、こんなこと言われたりさっきみたいに助けてくれたりしたらうっかり勘違いしそうになってしまう。

「茅ヶ崎さんは優しいですね。いつも気を遣ってもらってる気がします。」

とっさに誤魔化してしまうのは期待と違うことを言われたとき傷つかないようにするためか。たぶん、私はただ臆病なのだ。せっかくいつもと違う自分に変身して、前向きになれたと思ったのにいざとなると核心を聞くのはやっぱりこわい。いつもみたいにそんなことないよと言われるんだろうと心の準備をして顔を上げると、思いのほかまっすぐに私の方を見ている茅ヶ崎さんがそこにいた。

「そうみえる?」

どこか妖艶にも見える探るような瞳。引き込まれそうなきれいな桜色にどくんどくんと鼓動の音が大きくなっていく。

「それって…」
「七海さんだからだよ。」

いつもの軽口なんですよねと言おうと思ったのに真剣で、それでいて感情の読めない茅ヶ崎さんに出しかけた声を飲み込んでしまう。今、どう返事をするのが正解なのか、ただ私が深読みをしすぎなのか、いろんな考えが一瞬で浮かんでは消えていく。そうして先に沈黙を破ったのは茅ヶ崎さんの声だった。

「今度のクリスマス、ファンミーティングやるんだ。」
「ファン、ミーティング?」
「そ。うちの劇団の。もし予定なければ見にこない?」
「い、きたいです…」

突然変わった話題に頭がついていかず間の抜けた声で返事をしてしまった。私が何も言わないからさっきのくだりはなかったことになったんだろうか。でも話を戻しても困るのは私なわけで…グルグルと考えを巡らせていると私をみた茅ヶ崎さんが口に手を当てて笑い始める。

「ほんと七海さんて分かりやすいよね。」
「い、今のは茅ヶ崎さんが!」
「はは、だよね。急に変なこと言ってごめん。今日七海さんすごく綺麗だし、ナンパされてるしちょっと焦っちゃったのかな。」
「またそういうこと…」
「本音だよ。」

いつかみた夢のようにこれも明日になったら忘れてしまうんじゃないだろうか。だって茅ヶ崎さんがこんな風に言うのはたぶん初めてで。いつだって仲良くなってもどこか一歩距離を取っていたようなところがあって茶化したりして、なにを考えてるのか掴めなくて…

「私、」
「そういうことでクリスマスよろしくね。」
「え?あ、はいクリスマス、ですね…」
「ファンミ終わったら話したいんだ。空けといてくれる?」

だけどもしかして、もしかしたら勘違いじゃなかったりするんだろうか。

「はなしって…」
「まだ内緒。」

相変わらず茅ヶ崎さんのペースで私はうまく話せないままだったけど、その後の時間は不思議と気まずいなんて思わなかった。

勢いだとか、雰囲気に飲まれてるだけかもしれないって思っても心の中ではどうしたって期待してしまう。でももし私が考えていることと違う話だったとしても今なら自分の気持ちを伝えることができるような気がする。当たって砕けたっていい。それにこの気持ちはコップに入った満タンの水みたいで、なにかの瞬間にきっと溢れてしまうって思うから。



あと一歩、踏み出してみよう。



こんなに人がいる中でどこか喧騒を遠くに感じながら私は来たるクリスマスに思いを馳せるのだった。

prev / next