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買ってきてくれた限定饅頭をみんなで食べたあと、送っていくと申し出たのだけど監督さんが買い物に行くついでがあるからと七海さんを送って行ってしまった。また会社でと玄関で見送りバタンと閉められたドアを見つめて漏れた苦笑い。

「…七海さんここに馴染みすぎじゃない?」
「今日全然絡めてないからって拗ねんなよ至さん。」

隣にいる万里を睨めば八つ当たりはよくないっすよとカラカラ笑って足早に談話室に戻って行った。図星で反論の余地がないから悔しいところ。

七海さんはいつのまにか知り合った万里と十座とうちに着く頃にはあっという間に仲良くなっていた。見かけがヤンキーだからと臆するような子じゃないのは分かっていたしそういうところがいいと思っているんだけどやっぱり少しかなり複雑だ。幸や莇といい、俺は半年かけて少しずつ距離を縮めてきたのに後から抜かされてく感がすごい。

頼れる上司です!

ナイランの公演のあと食事をしに行った時そう言い切った七海さん。もちろんそう思ってくれてることは嬉しかったけどその言葉は俺の胸のあたりにどうにもモヤモヤしたものを感じさせた。出会ったころからきっと気になってたんだと思う。それでも名前をつけることのなかった、この心地のいいと感じている気持ちはただの後輩ってだけじゃないっていうことにあのとき気づいたんだ。

「王子キャラがいけないのか…」
「急にどうしたんスか!?外での王子キャラは至さんの代名詞じゃないッスか〜!」
「太一ほっといてやれ。」

いつのまにか降りてきていた太一がお饅頭を頬張りながら興味津々といった感じでソファから体を乗り出してきている。

「もっと分かりやすく攻めてかないとマナさんみたいなタイプは気づかないと思うけどねぇ。」
「え!万チャなンなんのはなし!?もしかして至さんの恋バナ!?」

おそらくわざと聞こえるような声で万里が言う。でも確かに一理あるかも。七海さんは鈍そう。といっても俺が特に会社ではキャラを作ってて無駄に女子に囲まれてるのが影響してるのかしてないのか、仲良くなってきたとは思うけどそこからはあえて線を引かれてるような距離感を作られている気がする。いやでも情けないとこばっかみられてるし単純に恋愛対象じゃないだけかも。それもツライ。

「太一みたいに分かりやすい奴っていいよね…」
「どういう意味ッスか!?」
「とりあえず褒められてはないんじゃね。」
「えぇぇぇ…あ、十座サンもうお饅頭ないっスよ?」
「…そうか。」
「なに悲しそうな顔してんだよ。お前さっき山ほど食っただろ!」
「至さん、今度マナさんによろしく伝えてほしいっす。」

2人で甘味トークで盛り上がってたとは聞いたけど十座もなかなか懐いてるな。そんな軽い嫉妬心を抱えながら会社であったら伝えとくよと極力気にしてない風に笑顔で返事をした。


俺もマナって呼んでもいい?


遮れてしまったその質問をしたらどう答えてくれただろう。きっと大きな目をまるくして、からかわないでくださいって怒るんだろうけどそんな姿を想像すると自然と頬が緩む。今度会った時に言えるかって言ったらたぶん言えないけどね。

いつも冗談っぽくしてしまうのは七海さんのコロコロ変わる表情を見てるのが楽しいのもあるけど、今後の会社での関係もあるから。とかいって理由をつけて臆してしまうのは大人の悪いとこ、というか俺の悪いところなんだろう。そんなことを考えながら顔を上げて最高に憎たらしく笑っている万里と目が合えばこっちを見てふと真面目な表情になった。

「マジな話あんま様子みてると誰かにとられっかもよ?」
「いやだれに。」
「千景さんとか?」
「それはリアル過ぎるからやめて。」
「へ〜至さんゲーム以外でそんな顔するんすね。」
「俺っちも話に混ぜてほしいっス〜!」

**

それから少し経った秋もすっかり深まった頃、ひょんなことからうさぎ捕獲のためにお祭りで月見の舞台をやることになった。舞の練習で運動音痴を発揮し、ロボットダンスとダメ出しをくらい役を変更したりもしたけど舞台は無事に成功。問題のうさぎさまも無事に三角と先輩が確保できて一件落着だ。

そうして公演後のお月見飲み会。向こうに座っている七海さんは俺の知らぬ間に監督さんが誘っていて、またまた知らぬ間に密と仲良くなっていた。そんな権利ないけどやっぱり複雑だと思いながらお猪口をあおり、いつのまにか空になっていた日本酒を隣の綴にみせて取ってきてとお願いすればペース早、と驚いた顔をこちらへ向けた。

「うわ、至さんもうそんなに空けたんすか?」
「今日は飲みたい気分だったからつい。」
「ついって。」
「綴が連れて帰ってくれるんでしょ?」
「いやなんで!つか会社の後輩いる前なんすからちゃんとしてくださいよ。」

そう言われ月を見上げながらぼんやり考える。今すぐどうこうたいわけじゃないけど相手の反応ばかり伺っているのも男らしくないなと思う。万里の言ってたことはけっこう響いた。でもいかんせんこういうことに不慣れな俺は距離の詰め方を測りかねてるのが正直なところだ。

「なんだ珍しくけっこう飲んでるんだな。」
「先輩ほどじゃないですけどね。」

こちらへ移動してきた千景さんはなにかを見透かしたような目で俺をみると俺も日本酒欲しいなと戻ってきたばかりの綴に言った。

「あんたら俺のことパシリだと思ってません!?」
「苦労性の春組のお母さんでしょ?」
「綴がいないと成り立たないからね。」

こういうときだけ団結して!と怒りながらも立ち上がってくれるあたりとことん世話焼き気質なんだなと笑ってしまう。綴が居なくなると先輩はそういえばとお猪口をあおった。

「向こう、七海が困ってたぞ。」
「困ってたってどういう…」

促されたほうを振り向くとおそらくしゃべってる時に寝落ちした密が七海さんの膝で気持ち良さそうに目を閉じているのが見えた。え、なんで監督さんじゃなくて七海さん?ちょっと近くない?てゆうかズルくない?

大人気ないと思いつつも我慢できず反射的に立ち上がって一歩踏み出そうとしたとき、ふと疑問がわいて振り返った。

「なんで俺に?」
「茅ヶ崎が行ったほうがいいかと思って。」
「…気づいてます?」
「見てればなんとなくね。」

なにをとは口にせず核心を言うわけじゃない会話。そんな話先輩とはしたことなかったけど、いつもいつもこの人は鋭いというか底が知れない。

「俺が行ってもいいけど。」
「いやそれはちょっと。先輩だと勝ち目なくなるんで本気でやめてください。課金してまでもレベル上げたのにチート能力でかなわない的な感じで。」
「なんの話だ。」

本当にもし万が一先輩が本気になったとしたら勝てる気がしない。というか敵にまわしたくない。無性に焦った気持ちになるのは先輩は何を考えてるのか分かりにくいし、あながちなきにしもあらずだと思うからだろう。

「…譲らないんで。」

色んな意味を込めて真っ直ぐ先輩を見据えると先輩は早く行ってこいと呆れたように息を吐いた。

頭で考えても七海さんの気持ちなんて分からない。だったら俺も思うままに行動してみようか。ちょっと酔ってるからそう思えるのかもしれないけど、とりあえず今は密のことを引っぺがしにいかないとね。

「密起きて。ほらマシュマロまだあるよ。」

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「お酒これで最後にしてくださいって綴君が言ってましたよ。」
「ありがとう。大丈夫、きっと駄々こねたらまた出してくれるから。」
「…噂には聞いてましたけど今日会って苦労がちょっと垣間見えた気がします。たまには労ってあげてくださいね。」
「善処するね。」
「綴君、毎日苦労してるんだろうな…」

密がいなくなった後、お酒を取って戻ってきた七海さんが隣に座る。最後だから味わって飲みましょうとお互いに注いで乾杯と杯を合わせた。そして彼女は通り抜けていく秋の風に目を細めて空を仰ぐ。

「本当に今日は月が綺麗ですね。」
「…そうだね。」

きっとなんの気なしに言ったその言葉に別の意味が含まれてたらいいのに、なんて思ってしまう。愛の告白?ってからかったらまた七海さんは怒るかな。そんな俺の視線に気づいて七海さんはどうしました?と首を傾げた。

「いい夜だなって思って。」

ですねと柔らかく笑う七海さんに微笑み返す。

2人の間には半身分の隙間があいている。これからあとどのくらい近づくことができるのかは分からないけど、少なくとも今はこの時間ができるだけ長く続けばいいと輝く月に願う夜。

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