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*イベントストーリーネタバレ注意
“お祭りでうさぎさんのために舞台をやることになったんですけど見にきませんか?”
なんとも不思議なLIMEがいづみさんから届いたのは数日前。いまいち内容が分からなかったもののこの前見て以来MANKAIカンパニーの舞台をまた見たいと思っていたからもちろん行きますとすぐに返事をした。今回はうさぎ捕獲作戦(?)の選抜メンバーでお芝居をやるというお話だ。
指定された神社にやってくると入り口でいづみさんがこちらに手を振ってくれているのが見えて私も手を振りながらかけよった。
「ここのお祭りはうさぎさん前面に推してくる感じなんですね。屋台も変わったお店が多そう…って、」
「…いい匂いがする。」
「あ、の…?」
「密さん!」
立ち話をしていたとき横から気配もなく現れたのは男の人で、今回のメンバーの御影密さんというらしい。じっと見つめる視線の先は私、ではなく私の手の中にあるの差し入れにと持ってきた紙袋だ。
「マシュマロ?」
「あ、これは差し入れにと思ってクッキーです。マシュマロではなくて…」
甘い匂い違いだったとしょんぼりするその姿を見てなんかとても悪いことをした気になってきてしまうのは、見るからにすごく悲しそうな顔をしてるからだろう。戸惑っている私にいづみさんがマシュマロを四六時中食べるくらい好きなんですと苦笑いをしながら教えてくれた。四六時中ってちょっと胃もたれしそうだけれど、今度の差し入れはおいしいマシュマロも追加しようかな。それにしてもまた新しい劇団の人と知り合えて嬉しかったり。
「ここのお店マシュマロもあったので今度持ってきますね。」
「ありがとう。楽しみ。」
「そういえば密さんこんなところで何やってるんですか!もう衣装に着替えないと!」
「まだ大丈夫だと思う。」
「もう集合時間過ぎてますよね!?」
特に焦る様子のない御影さんのことをいづみさんは引っ張ってまた後で!とあっという間にいなくなってしまった。どこか不思議な雰囲気をまとった彼はどんなお芝居をするんだろう。冬組は大人で繊細なお芝居が売りだと聞いたから春組とはまた違うよさがありそう。ってもうすっかりMANKAIカンパニーのファンになっちゃったなぁ。
それからお芝居の時間まで屋台を一人でプラプラと回る。うさぎ様が主役なだけあって売ってるものはうさぎ推しのものがほとんどで、そんな屋台を見ながら歩いていたとき、を叩かれて振り返るとそこには今回の衣装に身を包んだ茅ヶ崎さんが立っていた。うーん、和風の衣装もまた似合ってる。
「監督さんが1人にしてすいませんって言ってたよ。」
「そんな全然!今回のは奉納の儀っていうんですね。いづみさんが舞もあるって言ってたので楽しみなんです。」
「そうそうけっこうスパルタだったから見応えあると思う。舞をやるのは俺じゃないけどね。」
「そうなんですか?」
「七海さんも知っての通り俺運動神経壊滅的だからさ。早々に交代させられた。」
適材適所だよねなんて苦笑いを漏らす茅ヶ崎さん。見てみたかったなぁなんて思って想像してみたんだけど確かに運動できるイメージはなくて、あとはナイランみたいな騎士とか王子みたいなほうがしっくりきてしまって私の頭の中はダンスパーティーみたいな映像が浮かんできてしまった。なんだか方向ずれていって思わず自分で笑ってしまう。
「今想像した?」
「あ、違うんです。茅ヶ崎さんは洋風のイメージだなって思ったので。王子感というか!あんまり下手なところも想像できなくて。」
「…七海さんに練習見られなくてよかったよ。」
なんだかんだとナイランの舞台の殺陣はすごくかっこよかったし私はそこまで茅ヶ崎さんが運動得意じゃないイメージはないんだけどな。あ、でも前にランニングで溶けそうになってたかも…
そんな立ち話をし少してから茅ヶ崎さんはスタンバイのためみんなのところへ戻っていった。自由時間だからと言っていたけどわざわざ声かけに来てくれたんだろうか。さりげなくいつも気にかけてくれてる、その気遣いは私も見習わないといけない。
**
うさぎ様を主とした奉納の儀は殺陣あり舞ありでやっぱりすごく面白かった。曇っていた空が終わる頃にはすっかりなくなってきれいなお月さまがぽっかり顔を出したのはうさぎ様のパワーなのかもしれない。脱走していたうさぎさんも無事に戻ってきたということで一安心だ。
その後神社でそのままお月見をやるということだったけど私は十分に楽しんだし劇団員じゃないからとお断りをしたら、神主さんがたくさんいたほうが楽しいからと優しい言葉をかけてくれて私も参加させてもらうことになった。
「劇団員じゃない奴がいるな。」
「図々しくてすみません…」
「たくさんいたほうがうさぎさんもうれしいっていってるから大丈夫だよ〜!ちかげ、うさぎさんがまただっこしてほしいって!」
「いや俺はもういいから三角に譲るよ。」
はじめましての人もたくさんいて緊張したけどワイワイとみんなでするお月見は楽しい。大人組はお酒ももらえてほろ酔いで、卯木さんのイヤミも気にならなくなってきた。茅ヶ崎さんは向かい側で神主さんやいづみさんとお酒を交わしていて、私の隣には御影さんが座っている。彼の横にはマシュマロとお酒があってなんとも斬新な組み合わせだなと思う。
「御影さんはいつもマシュマロ持ち歩いてるんですか?」
「ないときもある。みんなが持っててくれるから。」
「なるほど。それだけ食べても太らないなんて羨ましい…」
「たまに肌が荒れると莇におこられるけ、ど…ぐー」
「え、えぇ!御影さん!?」
話の途中で突然寝落ちした御影さんはパタリと身体が傾きそのまま私の膝の上に。卯木さんはまたかと呆れて三角君はねちゃったね〜と優しい顔で見守っていてきっとこれはいつものことなんだということは分かった。分かったけど、動けなくなってしまったしここから一体どうしたらいいんだろう…!
「綴が帰りは運んでくれるよ。」
「そう、なんですか?いや今の状況はどうしたら!?」
卯木さんは硬直している私をみてそれだけ言うとお酒取ってくるとどこかに行ってしまった。薄情者!とその背中をにらんでみたけど通じるわけもなく、というか確信犯だと思うけど。
「あのぉ御影さん?」
「…すー」
スヤスヤと本当に気持ち良さそうに寝ている御影さん。これはきっと起きないし疲れもあるだろうからこのままにしておこうかな。諦め半分そう思って諦めて体の力を抜いたとき、ふと膝の重みがなくなって軽くなった。顔を上げると寝てる御影さんの体を起こして支えてくれているのは茅ヶ崎さんだ。マシュマロを差し出すとパチリと目を開けた御影さんは起き上がってモグモグと食べ始める。すごい、あんなにゆすっでも起きなかったのに。
「密起きて。ほらマシュマロまだあるよ。」
「ん…」
「あっちで寝たほうがいいんじゃない?」
「マナの膝、寝心地良かった。」
「密?」
「……至、怒ってる?」
「なんで?」
「なんとなく。」
「怒ってないよ。」
そして御影さんは私の方を向いてごめんと言うと眠たそうに目をこすりながらというかほとんど眠りながらマシュマロを頬張って歩いていった。
「茅ヶ崎さんありがとうございます。向こうにいたのにいつのまに…」
「ちょっと密告を受けたから。」
密告?と聞いてみたけど笑顔ではぐらかされてしまった。そういえば御影さんが怒ってる?って聞いてたのもなんだったんだろう。私は分からなかったけど失礼だろ、みたいな感じで思ってくれたのかな。茅ヶ崎さんは隣に座ると持っていた日本酒のお猪口に口をつけて満月が浮かぶ空を見上げる。なんていうか月とお酒片手の茅ヶ崎さん、絵になるなぁ。綺麗なんて女の人に使うセリフかもしれないけどその整った顔はやっぱり綺麗だなって思う。そんなことを考えて横を見ていたら視線を下ろした茅ヶ崎さんと目が合ってしまった。
「どうかした?」
「あ、いえその…さっき!どうして御影さんは怒ってるなんて言ったのかなって。」
見とれてましたなんて言えるはずもなくとっさに気になったことを口てみた。
「あー、あれね。」
「…?」
「内緒。」
人差し指を立てた茅ヶ崎さんがいたずらっぽく笑う。さすがに気になるのでちょっとしつこく聞いてみると意外な答えが返ってきた。
「密にあやかりたいなって思ったんだよね。」
「あやかる?」
「膝まくらに。」
「ひざっ…!?」
「七海さんの膝占領して羨ましいなと思っちゃって。そうだちょうど眠くなってきたし俺も膝貸してくれる?」
「なっ、何言ってるんですか!だめですよっ!」
「あはは、やっぱり?」
顔を覗きこまれれば一瞬で顔に熱がこもる。秋の夜風は涼しいはずなのに私一人体感気温が違うみたいに。絶対耳まで赤くなってる…いつもの冗談だと分かっているのに無性に恥ずかしくなった私はお酒取ってきます!と卯木さんのところへ向かうため立ち上がった。
「あんまり飲み過ぎるなよ。」
「分かってますっ」
「…密にはやってやったんだから茅ヶ崎にもやってやればいいだろう。」
「茅ヶ崎さんにやるのはちがいますよ…!」
「どこが違うんだ?」
卯木さんは一部始終を見ていたらしい。どこがってそれは、茅ヶ崎さんは上司だし、憧れてるところもあるし、それにきっと私のこと困らせたいだけで…膝枕というところは同じだけど…御影さんはなんか猫みたいだなって感じで…
熱い頭でそんな言い訳のような答えを考えて余計に体温があがっていくのを感じた。 ていうかいつもたじろいでしまうのは私が色々と慣れてないからであって、もっと言うと茅ヶ崎さんが冗談ばかりいうのがいけないのだ。うんきっとそう。
なにかを見すかすような卯木さんの視線を受け流しながら私は答えを誤魔化すようにお猪口をあおった。
この質問の答えを知るのはあとちょっと先になる。
夜空にはお月さまが優しく輝いていた。
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