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秋から冬にかけてだんだんと寒くなり年末に向けて忙しくなると同時イベントも増えていく。そんな中のひとつにうちの会社の創立記念パーティーなんてものがある。もちろん社員はほぼ強制参加でセミフォーマルというドレスコード。スーツにしようと思ったら同期にまたとない出会いの場なんだから絶対にスーツはだめ!と言われてしまった。そのときに茅ヶ崎さんの顔がチラついてすぐに意見をひるがえしたのは内緒。

パーティ当日。ほとんどの社員は定時で仕事を終えて、うちのフロアの女の子たちはそれぞれ着替えたり先に帰ったりと動き出す。その様子を見た茅ヶ崎さんが女の子は大変だねと背伸びをしていた。

「七海さんも着替えるの?」
「はい。スーツだと逆に浮いちゃうかなって。」
「じゃあこれから豹変してくるんだ。」
「豹変じゃなくてせめて変身って言ってください…!」

この前のこと思い出しちゃったからと茅ヶ崎さんは楽しそうに笑う。着実に面白いやつとして認識されてる気がしてならない。意識にしてほしいとまでは言わないけれどい面白いだけじゃないぞと思ってもらえたらいいなって思う。ほかの女の子たちも気合いが入っているから結局は自己満になるのかもしれないけれど。ってなんでか茅ヶ崎さんのこととなるとどうしてもマイナスに考えがちになっちゃうな。

「さて私も豹変しにいきますか!」

そんな頭を切り替えて準備をしてもらうため会社を後にした。

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遡ること2日前。

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「う〜ん、地味すぎず派手すぎず…」

おしゃれして行こう!と決めたはいいものの結局仕事が忙しく、なんの準備もできないままギリギリになってしまって仕事終わりに慌てて買い物に来ているなう。普段はみないところにあるカラフルなドレスを見るのはとても楽しいけれど、いかんせんなかなか決めることができなくて迷ってしまう。せっかくだから普段と違う雰囲気にしたいって思いつつかといって気合い入れすぎるのもどうかと思うしなんて考え始めると一つにしぼれない。選び疲れた私はもう無難なやつでいいかななんて目の前の黒のシンプルなドレスを手に取った。

「その色だったら隣の方が合うと思うけど。」
「そうかなぁ。これは少し…って幸君!?」

声のした方を振り返ると買い物に来ていたところここのお店に入っていく私を見かけてわざわざ声をかけに来てくれたらしい。天の助け!とすがりつくように腕を掴むと幸君は驚いて一歩下がった。

「ナイスタイミングだよ幸君〜!選ぶの手伝ってください!」
「なに突然。」

ドレス選びに手間取っていることを伝えると幸君は1人で選べないのとか勢い強すぎとか言いつつも自分の買い物も付き合ってくれるならとオッケーしてくれた。そうして改めてドレス選びがスタートとなった。

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「やっぱりあんた肌白いからベージュとかのほうが映えると思う。これとか。」
「あ、ほんとだ顔が明るく見えるかも。」
「あとは小物で色を持ってきて…会社のイベントなら赤よりも黒かな。」

俺が手伝うからには妥協はしないという頼もしい幸君について行き、あっちこっちのお店で有無を言わさずたくさんの服を着せ替え人形のように試着をしては次へを繰り返しやっとたどり着いたお店。最後の確認と小物も全部着けて試着室のカーテンを開けた。

「すごくかわいい!」
「それ自分に言ってる?」
「ち、違くて!自分で最初に選んだのとだいぶイメージ変わるなって。スタイルもよくみえるし…」
「俺が選んだんだから当然でしょ。」
「その通りです…!幸君ありがとう。」

せっかくだしと文字通り上から下まで選んでもらって着替えてみたらそのコーディネートはとても素敵で文句のつけどころもなかった。私が選んだんじゃこんな風にはできなかったと思う。MANKAIカンパニーの看板衣装さんに選んでもらったから間違いないなと両手に荷物をかかえてホクホクと思わず笑顔がもれた。

「そんなに必死に選ぶのってだれかみてもらいたい人でもいるの?」
「えっ、いや、ほら会社の大きいイベントだしたくさん人が来るからちゃんとしないとなって…」
「ふーん。まぁインチキエリートも見かけだけはいいからモテそうだし隣立つならちゃんとした方がいいかもね。」
「だよね…会社だけでも美人な人たくさんいるのに他の会社からも来るから私もせめて並べるようになれるよう努力したい、」

そこまで口が滑って隣を見るとなんとも好奇の目を向けてきている幸君がいた。流石の私も何が言いたいのか汲み取ることができる。

「今のはここだけの話ね…?」
「分かってる。そんな悪趣味じゃないし。まぁ頑張って。」

それだけ言うと幸君は再び店頭に並ぶ服に目を落とす。ここでグイグイ突っ込まないところが幸君で、口とは裏腹に優しいなと思う。

というか私ってそんなに分かりやすい?これって本人にバレるのも時間の問題だったりしないだろうか。そう考えると気持ちは伝えたほうがいいのかもしれないと思ったりもする。でも自信もフラれる覚悟も持てない私には一歩踏み出すことは難しくて。お酒の一件で女として見られてないんじゃないかとも思うし、きっと今の私はちょっと気の許せる後輩、くらいなんじゃないかな。だけどダダ漏れて気持ちが筒抜けになってしまうのはいやかもしれない。こんな思考は堂々めぐりだ。幸君に言ったらウジウジするなと怒られそう。

「なに難しい顔して。荷物持ちにインチキエリート呼ぶ?」
「いやいやいや!それはちょっと…!」

ほんと顔にでるよねとクスクス笑う幸君は館内図を確認してあと一件だけと焦る私を置いて歩き出す。

「それに合うメイクちゃんとしなよね。今日とかほぼしてないでしょ。そういうとこカントクと似てる。」
「眉毛とかファンデとかちょこっとは一応してるんだけどな。」

それ最低限だからと冷たい視線を向けられると思わず逸らしたくなる。

「パーティの前って家帰るんでしょ。荷物うちに置いといて行く前に寮寄って着替えて。最後の仕上げしてあげる。」
「いいよいいよ。選んでもらっただけで充分。」
「俺が選んだコーデ、中途半端な状態でなんていかせないから。いいこと思いついたんだよね。」

そう得意げに笑う幸君に言われるがまま半ば強制的に当日の待ち合わせが決められた。私は悪いようにはしないから、という(ちょっと悪徳商法みたいな)言葉を信じて当日を待つことになるのだった。

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寮につくと幸君が待ちかねていて、いづみさんの部屋で着替えをすませリビングに入るとそこには机の上にずらりと並んだメイクセットと莇君が立っていた。

「ここ座って。」
「これって…」
「これが最後の仕上げ。莇に話したらやってくれるっていうから準備しといた。」
「女のメイクさせてもらえることってあんまないからな。」

言われるがまま席に着くと肩にタオルがかけられる。ここまでしてくれたから遠慮したら逆に失礼だし人にメイクをしてもらうって初めてだからちょっと嬉しくてお願いすることに。

「…人にやってもらうとなんだか違う自分になるみたい。変わったら少し自信、もてるかな。」

いつもと違う服に違うメイク。自信のない自分を覆い隠してくれるような、そんな感覚。ポツリと漏れた私のつぶやきを聞いた莇君は手際よく手を動かしながら口を開いた。

「人にもよるけど女にとってメイクって特別だろ。」
「うん、そうかもしれない。」
「戦闘服っつうか勝負服みたいな。あ、まだ目開けんな。」
「は、はい。」
「外見の変化って1番分かりやすいから表情とか気持ちにだって影響すると俺は思う。」

メイクだけで心の持ちようも変わるっていうのはやってもらってる今だからすごく分かる。新しい私に出会える気がする、なんてドラマの見過ぎかな?そして終わりという言葉とともにタオルが外されゆっくりと目を開けた。

「メ、メイクってこんなに変わるものなんだね…すごい。」
「俺がやったんだから当たり前。」
「ふふ、幸君と同じこと言ってる。莇君ありがとう。」
「…どういたしまして。」

鏡に映った私はいつも見る自分の顔とは全然違って綺麗になったと錯覚してしまいそうだ。新しい私、あながち間違っていないかも。今夜だけ魔法にかけられたみたい。

「マナさんすごくきれいです!会社のパーティなんてもったいない!」
「いづみさん〜ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいけど…」

いづみさんがニコニコしながらとっても褒めてくれるものだから少し照れくさい。でも不思議と他の人と比べて少しひがみっぽくなっていた気持ちが晴れていくような感じがした。そして、最近はずっとどう思われるかばかり気にしていたけど大事なのは自分の気持ちなんじゃないのかなってふと思った。茅ヶ崎さんのことが好き、それで充分なのかなって。

「もう時間だろ。」
「うん。2人ともほんとにありがとう!」

今日は半分は仕事のようなパーティだし少しめんどくさいと思っていた私はどこへやら。楽しみだと言っていた同期の気持ちが分かるかもなんて現金なことを思いながら自然と伸びる背筋を感じヒールを鳴らしながら寮を後にした。

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