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即日クリーニングを終えた茅ヶ崎さんのスーツの上着を手に緊張しながら寮に向かう。酔っ払いの夜の記憶は私の中で本当に消えてなくなってしまっていてブラックボックス状態。分からなすぎてどこから聞いたらいいのかという感じだけれど反省するためにもちゃんと話を聞かなきゃと自分を奮い立たせて歩みを進める。もしけっこうな感じで引かれてしまっていたらせっかく気づいたこの気持ちにもサヨナラしないといけないかもしれない。

出かける前に、今日は万里君に便乗させてもらうつもりだったけれどやっぱり私からもちゃんと連絡を入れておこうと思ってLIMEをした。ちゃんとお礼できなかったので寮のほうに行ってもいいですか?って。来るなと言われたらどうしようかと思ったけど返事は案外あっさりと今日は家にいるからいつでも大丈夫だよ、とのことだった。この文面からは茅ヶ崎さんの考えは分からないけどジタバタしてても始まらないと入り口で大きく息を吸った。

「マナさんこっち。」
「万里君!今日はありがとうね。」
「律儀に至さんに連絡したんすね。俺が間に入る意味なかったんじゃね。」
「ううん、万里君が昨日言ってくれなかったらそもそも来れてなかったよ。ありがとね。」

どういたしましてと笑う万里君に続いてついていくとリビングには行かず部屋の扉が並ぶと廊下に進んでいく。

「待って待って、リビングで大丈夫だよ…?」
「向こうだと監督ちゃんとか他の奴らもいるからゆっくり話せないっしょ。」

たしかにそうかと納得してふと止まる。ということは茅ヶ崎さんの部屋に2人にされるってことだよね!?心の準備もまだなのにそんなの余計緊張すると慌てて万里君を引き止めようとしたとき部屋の前で止まり、そのままマナさんきたっすよとドアをノックをしてしまった。急な展開にちょっと待ってと手を伸ばしたけどかなしいかなその手は空を切った。

「どうぞ〜。」
「んじゃ俺はこれで。至さんゲームするとき呼んで。」
「万里くんちょっとまっ、」
「部屋汚くてごめんね。入って入って。」
「お、お邪魔します…お休みの日にすみません。」

バタンとドアが閉まり予想通り部屋に茅ヶ崎さんと2人残されてしまった。恐る恐る振り向くと沢山のゲーム機に囲まれた真ん中に茅ヶ崎さんは座っていてそんなとこ立ってないで座ってと手招きをされた。茅ヶ崎さんの雰囲気が想像してたよりもあまりにいつも通りだから固まっていた体が少しほぐれて心からホッとして。恐る恐る近づいて小さく正座をする。

「この度は本当にすいませんでした…!」
「はは、わざわざいいのに。スーツもわざわざクリーニングしてくれてありがとう。」
「記憶が飛んでて何をしてしまったのかちょっと不確かで…色々とすみません。私何をやっちゃったか教えてもらえたらと思って…」
「何かっていうほどないんだけどね。」
「何を聞いても覚悟してきたので大丈夫です!事実をお願いします!」

幻滅したと言われてもしょうがない。逆に私だったら酔っ払いの後輩がめんどくさいことになったら引くと思う。というか距離は確実に取りたくなるだろう。反応が怖くて膝に乗せた自分の手を強く握ると茅ヶ崎さんが口を開いた。

「そっかー。あんなことやこんなことも覚えてないのかー。七海さんあんなに激しかったのにね?」
「っ、やっぱり私襲いかかったりしたんですか…!?」
「襲いかかる?」
「いや、その…」

墓穴を掘ったと口ごもり下を向くと沈黙が降りてくる。先に何か言って欲しいと思いながらもこれ以上下手に何か言うわけにいかないしとキュッと唇を噛んだ。あれはないよねなんて笑顔で言われたらちょっと立ち直れないかもしれないなんて考えたいたとき、聞こえたのはぷっ、と漏れ出した茅ヶ崎さんの笑い声だった。

「っはははは…!襲いかかるって熊じゃあるまいし。七海さんお酒飲むと豹変する人なの?ジェイソン的な?」
「豹変、はしたことないんですけど!ていうかもしかしてまたからかったんですか!?」

顔を上げたらひーひー言いながらお腹をかかえてなんなら涙を流して笑っている茅ヶ崎さんの姿があった。

「ごめん、あまりにも七海さんが神妙な面持ちだからつい。」
「…ひどい。」

怒れる立場じゃないのだけれどこれだけ笑われるとさすがに複雑で思わずジロリと睨むと手を合わせて謝ってくれたもののその後ろの顔はまだ笑いを堪えていた。思いつめて青くなった私の顔色はたぶんこの瞬間元に戻ったと思う。よそよそしいと心配したけど考えすぎた私の杞憂うだったのかな。からかわれて安心するなんてちょっと、すごく不本意だけれど。

それにしても茅ヶ崎さんの隙あればからかってくるスタイルに動揺しない私になりたい。なんだか面白い後輩としてしか見られなくなるんじゃないかって不安になってくくる。いやたぶん実際そうなんだろうなぁ…

「あー、笑った。本当に俺は大したことしてないよ。それで七海さんが何かしちゃったってこともないし、というか玄関着いたとこからずっと寝てたから。だからそんなに思いつめて謝るほどのことじゃないって。」

茅ヶ崎さんは柔らかく笑って小さくなって座る私の頭に大きな手が乗った。気にしすぎ、と頭に手が置かれその顔にどきりとしてしまうけど同時にいつもの茅ヶ崎さんだとホッと胸をなでおろした。

「七海さんが襲いかかってきてもないし俺も襲ってないから安心して。」
「っ、」

その言葉で昨日万里君が襲われちゃった?と言っていたのを思い出して顔が熱くなる。もちろん茅ヶ崎さんがそんなことをするなんて思ってみてもないけれど、仮にも女の子の私の部屋に上がってまったく手を出されなかったということに気がつき急にモヤモヤとしたものが込み上げてくる。やっぱり意識とかきっとされてないんだろうと少し複雑な心境で、なんだか昨日から私の頭は忙しい。

「まぁこれだけ笑わせてもらったから今回のことはこれでチャラってことで。」
「ありがとうます。朝すぐ帰っちゃったから絶対私何かしちゃったのかと思ってて…」
「そっかごめんね。朝はちょっと色々我慢の限界だったからそういう意味で早く帰りたかったというか…」
「まだ終わんねーの?」

前触れもなく部屋に入ってきた万里君の声にかき消されて茅ヶ崎さんの言葉はよく聞こえなかった。でも限界っては聞こえたから一晩ゲーム我慢させちゃったし辛かったんだろうなと思った。2人同時に振り返ったからか万里君はちょっと気まずそうな顔をしている。

「あ、わりタイミング悪かった?」
「万里…お前わざとやってる?」
「んなわけねーだろ!」
「万里君!ちょうど終わったよ。長々と待たせてごめんね。」

入ってくる万里君と入れ違いでそそくさと部屋を後にする。緊張が解けるとここが茅ヶ崎さんの部屋だということに意識がいってしまいそうだから早く退散したほうがいいような気がして。ドアのところで振り返ると万里君がゲームソフト片手に準備を始めていた。茅ヶ崎さんはというと私のところまで歩いてきて帰るの?と問いかける。

「はい。色々と安心したので帰ろうかと思います。」
「万里が七海さん青い顔して歩いてたって言ってたけどそんなに心配だった?」
「そりゃあ心配ですよ!どういう風に迷惑かけたのかも分からなかったので…あとは引いたんだろうなとか嫌われてないかなとか…」
「ふーん、嫌われたくないと思ってくれたんだ?」

口角をあげた茅ヶ崎さんが首をかしげて笑う。意味深に言われた言葉の返事に詰まってしまうのは、ついこの間までと私の中で答えが変わったからだろう。前は尊敬してる先輩ですからってきっと答えてた。

「これからも一緒にいたいから当たり前です。」
「え、」
「ち、違くて、これからも一緒に仕事を!したいっていう意味ですっ。とにかく今日はありがとうございました。お邪魔しました!」

最後はまともに茅ヶ崎さんの顔を見ることができなかったからおじぎをしてそのまま部屋のドアを閉めた。変に思われなかったかな。いやあきらかに挙動不審ではあったよね…茅ヶ崎さんも一瞬すごく驚いた顔をしてたし。

でももう私の中でただの先輩というのは違うから。嘘をつくみたいでいやだった。

いつかこの気持ちを言葉にして届けたいと思うときが来るのだろうか。今のままの距離でいたい、あと一歩近づきたい。どっちつかずな感情はいつまでバランスを保っていられるのかな。

「当たって砕けたくなったら考えよう…」

こうして私の酔っ払い騒動は無事幕を下ろしたのだった。

帰り、玄関で会ったいづみさんにまでも二日酔いを心配されたのはまた別の話。

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