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「あっ、たま痛い…」

朝日の光が眩しくて眼が覚めると目を開けた瞬間にガンガンと頭が痛みだし思わず頭をかかえた。原因はもちろん昨日の飲み過ぎでしかなく。社会人になってこんなに二日酔いになるのなんてもしかして初めてかもしれない。それにしても昨日私はどれだけ飲んだんだろう。ていうかどうやって帰ってきたんだっけ?おぼろげな記憶を辿って思い出されるのは先方をお見送りして、帰りのタクシーで茅ヶ崎さんが家まで送ってくれるっていって、それから…それから…?どうしよう。マンションの前にタクシーが止まったところまでは断片的にだけどなんとなく覚えてる。だけどそのあとがまったく分からない。マンションに着いたらとにかく眠かったことと、真っ直ぐ歩こうとしたら横に進んじゃったことは何となく。そこからは頭をフル回転させて思い出そうとしてもプッツリと記憶が途切れている。

でも夢ですごくしあわせだった気持ちの残り香みたいなものはあって。茅ヶ崎さんが出たきたような気がするのは私の脳内が思い込んでるだけなのかなぁ。なんだったのか具体的に言えるものはないんだけどこんな気持ちになるならもう一回同じ夢をみたい。

なんてそんな現実逃避をしてる場合じゃない。とにかく頭をスッキリさせるためにも顔を洗わないとと起き上がると掛け布団の上に自分が寝てたんだなって気がついてパサリと落ちたものを拾い上げる。これって…

「スーツ!?」
「ん…」
「えっ、」

声がしてビクッと飛びあがってベットの横を覗き見たら隣の床に茅ヶ崎さんが丸くなって眠っていた。

「っ!?!?!?」

私の部屋にどうして茅ヶ崎さんが!?えっとつまり私茅ヶ崎さんを連れ込んだ…?しかも自分はちゃっかりベットで寝て床で寝かせてしまったと…!?

「ふぁ〜おはよ。」
「お、はようございます。」

身体バキバキだな、なんてあくびをしながら起き上がった茅ヶ崎さん。テンパってしまって何が何だか分からないけどとりあえずものすごく迷惑をかけてしまったことは一瞬で覚醒した頭が理解した。

「すすすすいませんでした…!酔い潰れて送ってもらったあげく記憶がなくってしかも床に寝かせるなんてなんてことを…」
「やっぱり記憶ないんだ。」

ベットの上に正座すると茅ヶ崎さんは苦笑いを浮かべて立ち上がった。

「本当にすいませんでした!私なにかすごく失礼なことしたんじゃ…」
「大丈夫。玄関まで来た時に七海さん鍵かけないで寝ちゃったからそのまま帰るのはさすがに心配で居させてもらっただけだから。勝手に上がってごめんね。」
「そんな、謝るのは私です!どこから謝ったらいいのか、この前に引き続き…」

すごく楽しそうだったよと言われてもまったく思い出せない自分を殴りたい。最悪すぎる。笑ってくれてるのは茅ヶ崎さんが気を遣ってくれてるからでどこかよそよそしさを感じてしまうのは気のせいじゃないと思う。昨日の私は一体なにをやらかしてしまったのか…思い出したいけど思い出したら死にたくなりそう。

「じゃあ俺は帰ろうかな。」
「え、あのせめてコーヒーでも!」
「ありがとう。でも寮の方に連絡入れてないから早めに帰るよ。」

素早く荷物を持つと茅ヶ崎さんは玄関に向かって歩いていく。その背中を慌てて小走りで追いかけた。そのまままた月曜日なんて爽やかに笑って太陽が眩しいドアの向こうに消えていってしまった。

鍵をかけたとき玄関の鏡を見たら私の髪の毛はボサボサでなんともひどい顔をしていた。こんな顔でずっと話してたなんてとズルズルとしゃがみこみ盛大にため息が漏れる。お礼もしてないし、しかも上着を返すのも忘れてしまった。あんなに急いで帰るなんて私絶対何かしちゃったんだ。よりにもよって茅ヶ崎さんの、好きな人の前でこんな醜態をさらすなんて。月曜日どんな顔して会えばいいんだろう。引いただろうなぁ…誰か私を昨日に巻き戻してくれたりしないかな。後悔先に立たずとはまさにこのこと。

「あ〜も〜泣きたい。」

残された茅ヶ崎さんの上着を握りしめ考えれば考えるほど二日酔いの頭痛とは違う痛みが私を襲うのだった。

**

お風呂に入ってももちろん私の記憶が復活することはなく月曜日もう一回謝って何があったか聞いてみようと思いながらも悶々と落ち込んで過ごし、ようやく体調も落ち着いて来た午後。冷蔵庫を開けたら中身は空っぽでそういえば買い出しに行かないといけないんだったとしぶしぶ着替えを始めた。

夕方のスーパーは賑わっていていつもなら余計な物も買うところだけどそんな気分にもなれず必要なものだけ買って帰り道を歩く。

「マナさんじゃん。」
「万里君?偶然だね。買い物?」
「俺はこっちのスーパーが安いってんで監督ちゃんにパシられた。つかなんかあったんすか?」
「どうして?」
「すげー顔してるけど。」

前からスーパの袋をかかえて歩いて来たのは万里君で私を見るなり生気のない顔してると言われてしまった。返す言葉もなくから笑いすると本当にどうしたのかと心配されてお茶しよーぜとすぐ近くのカフェに連れてってくれた。1人でいるより誰かといた方が考え込まなくて済むかもしれない。

「なんだ二日酔いかよ。心配して損したわ!」
「大きい声ださないで頭イタイ…」

だいたいの流れを説明してつまりは二日酔いでやらかしてしまったと話すと笑われた。呆れつつもお腹に優しいジンジャーティーを頼んでくれるところはできる子だなぁと思う。こんなに気も遣えてかっこいいなんて大学できっと間違いなくモテるんだろう。ほぼ同じ年のうちの弟とは大違いだ。

「至さんが朝帰りしたってシトロンが騒いでたけどまさかマナさん家からの帰りだったとはねぇ。」
「朝帰りって言い方がちょっと語弊があるというか、なんというか…」

寮では春組のメンバーに朝帰った時に見つかって質問責めにあっていたらしい。また私の謝らないといけないことが増えちゃったな…みてる分にはだいぶ面白かったという万里くんは憎たらしいほど楽しそうに見える。そしてカフェラテに口をつけた万里くんは目線を私に向けてにやりと笑った。

「んで?」
「なに?」
「至さんに襲われちゃった?」
「おそっ!?い、いやいやそんな訳ないよ!」
「なんで?記憶ないんだったらわかんねーじゃん。」

とんでもないことを言われて目を見開いた私をみてそんな驚くことか?なんていたって冷静だ。私の方が大人なのにうろたえてばっかりで恥ずかしいけどそれにしても何てことを言うんだろうか。ていうかそんなこと全然考えてもみなかった…

「茅ヶ崎さんはそんな人じゃないよ。」
「そうかぁ?男なんてみんな同じだと思うけどね。マナさんが知らないうちにあれやこれやされてっかもよ。」
「もー!変なこと言わないで!」
「ぶ、マナさん顏赤すぎ!」

結局見事に万里君に転がされひとしきり笑われただけのカフェタイムは気分が紛れるどころか頭痛が増すだけになってしまった。それでも誰かに話したことで少し頭が整理できて気持ちが落ち着くことができたからこの偶然に感謝。

怒ったりしてないから心配しすぎと励まされ、分かってはいても気持ちはなかなか切り替えられない帰り道。今だに凹んでいる私を見た万里君がため息を吐いた。確かに気にしすぎかもしれないけど帰り際の茅ヶ崎さんのちょっとよそよそしいくらいな態度が気になってしょうがない。記憶がないから言ってもしょうがないと思ったのかな。そりゃあこんな面倒なことばかりで呆れちゃうよね。

それにしても二日酔いを引きずった半分酔っ払いみたいな私の愚痴を聞かされて万里君もかわいそう。

「マナさん明日うちくれば?」
「えぇ?」
「新しいゲーム買ったから至さんとちょうど明日やろうって話してたんだよな。俺が誘ったことにすれば来やすいっしょ。」

突然なにを言い出すのかと目を丸くすると善は急げってやつなんて万里君は私に向かってウインクをした。会社よりも寮にいる時の方が茅ヶ崎さんは素だし、さらに理由があった方が気楽だろときっかけを作ってくれるというのだ。最初ヤンキーだなんて思ってごめんねだんだん万里君が天使に見えてきた。キラキラしてる。私まだ酔ってるのかな。

「そんな気にしてんだったら早く話した方がいいんじゃね。」
「万里君…」

確かに会社じゃうちに泊まった話なんてゆっくりできる訳がない。噂でも立とうものならそれこそより話せなくなるに違いないから万里君の言うとおりかも。

話すことは朝と変わらないかもしれないけど寝起きでバタバタしたままだったからやっぱりちゃんとして謝りたい。休みの日にまで押しかけて完全に私がスッキリしたいだけで気まずいのは私だけな可能性も大いにあるんだけれどこのモヤモヤは早く何とないとたぶん仕事も手につかなくなる予感もするし。これで嫌われちゃったら色々ともう諦めるしかない。

「切腹する覚悟で行くね。」
「いちいち大げさなんだよ!」


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