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辛いものが好きな人は甘いものは嫌いということはよくあるけれど、私はむしろスイーツだって大好き。そこは別腹?みたいなものだから例えばカレーの後にプリンも食べれちゃう。女の子だったら心当たりのある人多いんじゃないかな。

ということてま今日は話題になっている限定発売のお饅頭をゲットするため朝から並んでいる。私は今、店内の人混みの中にこれから突撃しようとするところだ。この前のチケットのお礼にいづみさんの分も買うという目的もあるから頑張らないと!といざ意を決して人垣をかき分け進んでいって…視界に捉えたラストであろうお饅頭に手を伸ばす…!

「「あっ…」」

全く同じタイミングで手を伸ばした人がいた。そろりと手の先を追って見るとなんと男の子。しかも絵に描きたような強面の人で背も高いから圧も半端じゃない。俗に言うヤンキー的な…?

「すみません、それ最後の一個なんです…」

限定のお饅頭に手をかけたまま2人で静止していると申し訳なさそうな店員さんの声が聞こえた。それでも彼の手は引っ込まないので私と同じく引く気がないとみた。でもせっかく来たんだもん大人気なかろうとそこは私も譲れないぞと思って見上げると、目力の強いヤンキー君は困ったように目を伏せた。

「おい兵頭なに一般の人に喧嘩売ってんだよ。」

そのときに後ろから声とともに隣に現れたのはこれまたヤンキー風のこちらはワンレンの男の子。喧嘩腰だけれどお友達なのかな?

「売ってねぇ。」
「メンチ切ってただろうが。」
「それはお前だ。」
「あぁ?」
「ち、違います!その、このお饅頭最後の一箱でちょうどタイミング被っちゃって!」
「あーなる。いやだったらお前いつも甘いもんばっか食ってんだからオネーさんに譲れ。」
「…。」
「いや悪いですよ…!ここは平等にじゃんけん…」

無言で手を離したヤンキー君は見るからに名残惜そうというか悲しそうだ。そりゃ私と同じできっと楽しみに買いに来たんだもん食べたいに決まってる。というかさっきから思ってたけどどこかでみたことがあるような気が…

「あっ!いづみさんの劇団の!?」
「監督ちゃんの知り合い?」
「七海マナといいます。いづみさんとはカレー友達というか…」
「へ〜。あ、そういや至さんもなんか話してた気するわ。」

2人のこと、MANKAIカンパニーのホームページを見たときに見たんだった。確か秋組だったかな。名前を聞くと兵頭十座君と摂津万里君っていうみたい。仲悪そうに見えてしまうけど同じ組だし喧嘩するほどっていうやつなのかもしれない。

「あの、この前チケット貰ったお礼もかねて買いにきてたからこれみんなで分けて?」
「いや…」
「そーっすよ。」
「いいのいいの。たくさん入ってるし食べきれるか分からないなって思ってたんだ。」
「じゃあこれから寮くればいいんじゃね?監督ちゃんも至さんも居た気するしこれも食べれるし一石二鳥だろ。こいつにはやらなくていいんで。」
「おい。」

私はいいからと言う前に2人は口げんかを始めてしまって、さらに視界の端に困り顔の店員さんと周りのお客さんが目に入った私はひとまずお会計お願いしますと最後の限定お饅頭をレジに持っていき、そのままなし崩し的に2回目の寮訪問となるのだった。

**

「いやーマナさんいなかったら兵頭と帰ることになるところだったわ。」
「私はお邪魔するって言ってないんだけどね…」
「饅頭あざす。」

ヤンキーくんたちに囲まれ寮に向かいつつここの劇団の人はいづみさんに似てみんな強引なのかなぁと思う。でもお饅頭の誘惑と、目を離せばすぐに口げんかしそうな2人も気になるしな、なんて本当はなんだか居心地のいいあの寮にまた行きたいって気持ちがあったからお言葉に甘えてしまったのが大きいかも。いづみさんに会えるのはうれしいし!そう考えると2人に感謝だ。

「てゆうか摂津君兵頭君、すごく視線感じない?」
「限定饅頭持ってるからっすか。」
「いやちげーだろ!絵面の問題じゃねぇの。てか万里でいいっすよ。」

道行く人にあらぬ誤解をされているんだろうなって視線を感じる私をよそに見られることに慣れているのか、俺らネオヤンキーとテンプレヤンキーだからなんて万里君は肩を揺らして楽しそうに笑う。そのあだ名は間違いなく幸君だな…

そうこうしてあっという間に寮に到着。玄関を開けると待っていてくれたのかいづみさんと茅ヶ崎さんがおかえり、とそこに立っていた。いつの間にか万里君が連絡をいれてくれていたみたい。

「お饅頭をそこまで買いに来ただけだったんですけど…」
「ウケる、七海さん完全にヤンキーにカツアゲで連行されてる図。十座にメンチ切ってたんだって?」
「き、切ってないですよ!?」
「切ってた切ってた。店の外から見たら完全にバチバチで負けてなかったっすよ。マナさんヤンキーになれんな。」
「万里君!」

カラカラと笑う茅ヶ崎さんと万里君。十座君に視線を投げれば彼はホクホクとした顔でお饅頭を手に奥に歩いていく。よっぽど食べたかったんだろう、なんかこう嬉しさが滲み出てる感じ?強面の反面中身はスイーツ好きの高校生なんだなぁ。

談話室に行く途中で茅ヶ崎さんに十座とやり合ってるって女の子がまさか七海さんだったとは、なんてからかうような視線を向けられて。やり合ってるって、断じてケンカしてた訳じゃないんだけれど万里君は一体何て連絡を入れたんだろう。

「七海さんて意外と怖いもの知らずだよね。」
「そうですか?」
「先輩にもけっこうハッキリ意見するし、十座にもメンチ切るし?」
「色々と誤解がある気がします…!」
「あはは、いい意味でなんだけどね。」
「そうですか?」
「うん。褒めてる褒めてる。」

いまいち納得できない私を察したのか、ほんとだからそんなに怒んないでと私の顔を覗き込んだ茅ヶ崎さんの手が私をあやすようにポンと頭の上に乗った。誤魔化されてる気しかしない…もしかしたらすごく気の強い女だと思われてるんじゃないだろうか。複雑だなぁ。

「七海さんと至さんて付き合ってんの?」
「つっ!?」

突然飛んできた声にゲホっとむせてしまって時が止まった。勢いよく隣を向けば茅ヶ崎さんはニヤリと笑う。

「まぁね。」
「茅ヶ崎さん!」
「俺の勘違いだった?」

顔を覗きこまれて爽やか笑顔でいわれれば一瞬で顔が熱くなった。本当茅ヶ崎さんのお顔はズルくて冗談だと分かっていてもこの笑顔にどきりとしてしまう。

「ー〜っ、」
「ごめんごめん。七海さんの反応が面白くて。」

テンパった私が必死に違うと訴えると万里君は知ってたけどなんて口角をあげていて、2人ともにかわれたんだと気づいたときはひとしきり笑われた後だった。

「付き合ってるなんて会社の女の子たちに私殺されるよ…」
「マナさん元ヤンだから大丈夫っしょ。」
「ねぇ今日ずっとそのネタでいくの?」

それから万里君とヤンキーとはなんて話をしたり私のイメージは長いスカートにワンレンだというといつの時代だと突っ込まれたりして。しばらく話して たとき隣から視線を感じて茅ヶ崎さんの方を向くと、

「2人仲いいね。」
「そりゃ『茅ヶ崎さん』よりはねぇ?」
「…万里あとで潜ったら潰す。」
「うわこわ。」
「え、と…?」

ニヤニヤする万里君に笑顔が固まっている茅ヶ崎さん。なんだか空気が変な感じになって私が何か言っちゃったかと戸惑っていると茅ヶ崎さんが口を開いた。そしてそれとお饅頭が運ばれてきたのは同時だった。

「俺も、」
「あ、お饅頭!茅ヶ崎さんこれ期間限定の味なんですよ。十座君は他の味も食べたことあるって言ってて!」

いづみさんが持ってきてくれたお饅頭とお茶。待ってましたと手を伸ばしたときにはたと話を遮ってしまったことに気がついてお饅頭を勢いよく飲み込んだ。

「あのすいません思わず…茅ヶ崎さん何か言いかけましたよね?」
「饅頭に負けた俺。」
「至さんドンマイ。」
「す、すいません!何を言おうとしてたんですか…?」
「いや大したことじゃないから気にしないで。ほら早くしないと十座に全部食べられちゃうよ。」

そのあとはどれだけ聞いてもしょうもない話だったからと続きを教えてくれなくてモヤモヤとしたまま時間が過ぎていったのだった。

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