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いよいよやってきた舞台初日。初めてみる舞台、ランスロットの茅ヶ崎さん、なんだか詰まっているから朝から落ち着かなくて早めに劇場に到着してしまった。昨日会った茅ヶ崎さんは私がなにか言う前にいいもの見せれると思う、と笑ってくれてその顔は公園でみたときよりも晴れ晴れとしていた。だからきっと大丈夫。

席についてそろそろかなとソワソワしながら時計を確認したとき舞台に現れたには茅ヶ崎さんだった。

「今回無理言って公演前に少し時間をいただきました。ーー」

それから語られた茅ヶ崎さんのナイランとの思い出、舞台に込めた想い。話が終わると観客の気持ちがグッと引き込まれて高まっているのが私にも分かる。間も無く開演のブザーが鳴って私はNigtht and Roundの世界に連れて行かれるのだった。

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殺陣に圧倒され、友情に感動してとにかく最高であっという間の冒険の時間。茅ヶ崎さんも卯木さんもランスロットガウェインにしか見えなくてすごくすっごくかっこよかった。そんな余韻を客席でゆっくりと味わってふわふわした気持ちのまま帰り道を歩く。前に歩いてる女の子たちもさっきの公演を観ていたみたいで楽しそうに感想を言い合っていた。

「今回のランスロットめちゃめちゃかっこよかった〜!やっぱり春組好き!」
「ね!プレゼント受け取ってくれてるかなぁ。」

舞台の上の茅ヶ崎さんは当たり前だけど役者さんでキラキラしていて私にはすごく眩しく映ったからうんうんそうだよねと盗み聞きをした女の子たちに共感する。その反面茅ヶ崎さんはやっぱりスポットライトの当たる人なんだなって思ったり。…って変なの。もともと一歩下がって見るくらいがちょうどいい人って自分で言ってたのにね。偶然が重なって色々知れたら今度はもっと知りたい、きっとこれぞファン心理というやつだ。

そのときピロンピロンと携帯が震えて画面を見てみれば茅ケ崎さんからたくさんのナイランのスタンプと公演続行!というLIMEが入っていた。そこから嬉しさが伝わってきて電車の中なのに思わず笑ってしまう。このLIMEだけ見たらさっきの凛としたランスロットと本当に同じ人かと疑ってしまうくらいなのに今となってはこっちの方が茅ヶ崎さんらしいなと思うんだから縁って不思議なもので何が起こるか分からないものだ。

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週明けの月曜日、会社にいくと茅ヶ崎さんのところに卯木さんの姿があって私に気がつくときたきたなんてこちらを向く。昨日お客さんだった私としては舞台の上の2人をみていたからすごい図だなぁとちょっと感動したりして。

「七海さん昨日来てたよね。楽屋寄ってくれたらよかったのに。」
「私はいちお客さんなので…でも茅ヶ崎さん、想像通りのランスロットで本当にすっごく素敵でした!卯木さんも!」
「ついでの感想ありがとう。」
「そんなつもりじゃ、」
「しょうがないですよ先輩。主演は俺なんで。」
「茅ヶ崎はすっかり通常運転だな。そういえば監督さんが七海によろしく言ってたよ。」

そう言って卯木さんは仕事に戻っていき、茅ヶ崎さんはこちらに向き直った。

「七海さん今日の夜空いてる?」
「夜ですか?空いてますよ。」

突然の質問に仕事でも頼まれるのかと思って返事をするとじゃあ定時に入り口集合でなんて笑った茅ヶ崎さんは立ち上がり外回りに出かけていく。ん、あれ入り口?理由も分からず一体なんなんだろうと思いながらも私ははぁなんて気の抜けた返事をするのだった。

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「仕事の話ですか?」
「…そう思ってるだろうなと予想はしてた。違うよ、七海さんにお礼したくて。」
「お礼されるようなことしてないですけど…」
「それも予想済み。」

茅ヶ崎さんがにっこり笑ってとりあえず行こうと歩き出す。今日は車じゃないのかなとか得意先の接待でもいくのかな、とかたくさんはてなを抱えたままついていくとそこはとてもおしゃれなレストランだった。訳がわからないまま品のいい店員さんに案内され席につけば向かいの茅ヶ崎さんはワインでいい?なんて慣れた様子で注文をしている。

気を抜いていたところに予想の斜め上を行くお店だったから座ったら急に緊張して少し背筋が伸びる。場違いじゃないかと小さくなる私をよそに茅ヶ崎さんはそんなこと気にする様子もなく、もっといえばこのお店に違和感もなくどこか楽しげにすらみえる。

「乾杯。」
「かんぱい…」
「この前話聞いてくれてありがとう。」
「えっそのお礼ですか?私はただ勝手に力説しただけですよ…?」
「うん。でも俺にとってはあのときだいぶ楽になったから。何かしたかったんだよね。自己満だしあんまり気にせずつきあってくれればいいよ。」

そんなことを言われたら遠慮し過ぎるのもよくないのかと思ってお言葉に甘えて、と注がれたワインに口をつける。私の中ではカラ回りしかしてなかったのそんな風に言ってもらえるなんてなんだか気恥ずかしい。

「あとはヘタレたとこ見せすぎてるからここらへんで名誉挽回しようと思って。」
「そんなことないですよ。茅ヶ崎さんは…」
「うん?」
「茅ヶ崎さんは…た、頼れる上司です!」

思わず声が大きくなって周りの視線に気づく。正面の茅ヶ崎さんは目を見開いた後くつくつと口元を押さえて笑っている。

名誉挽回なんてしなくても私の中ではかっこよくてできる上司のイメージのままだ。変化といえば劇団の人たちと話す時の柔らかい顔とかゲームの話をするときの子供みたに無邪気な顔とか、いろんな面を見て思っていたよりもずっと可愛い人なんだなっていうくらいで。

んん?可愛い…茅ヶ崎さんに対して?

「今度はどうしたの?」
「いえなんでもないです!」
「七海さんて見てて飽きないよね。」
「笑いながら言われるとすごく複雑なんですけど…」

可愛いなんて失礼なことを思ってしまったと一人で焦って目の前のワインをグビッと飲んだ。一気に流し込んだからか絶対にいいワインのはずなのになんだか味がよくわからない。お酒のせいか顔が熱い気がするし。そんなに弱くないはずなんだけどな。

「あ、そういえば七海さんにお願いしたいことがあったんだった。」
「なんですか?」
「ここポチッと押してくれる?」

差し出されたのはスマートフォンで、指を指しているところにあるスタートというボタンを促されるままに押した。

「マジか。SSRキタコレ。やっぱり俺の目は間違っていなかった。」
「えぇ?」
「はい晴れて咲也に続いて七海さんもガチャ代打要員になりました。なのでこれからもたまに今と同じことやってもらえるとありがたいな。」
「ガチャ代打…私でよければ…?」

ありがとうと私の手をがっしり掴んで握手を交わし、画面を見ながらずっと狙ってたんだよねと茅ヶ崎さんは目をキラキラさせている。ゲームは詳しくないけど私でいうとアイスの当たり棒出た的な感じ?それにしてもこの雰囲気のお店なのにあまりに茅ヶ崎さんがいつも通りすぎて…

「ふふっ」
「ん?なに?」
「ちょっとおかしくて。ここのお店おしゃれだから緊張してたんですけど茅ヶ崎さんが茅ヶ崎さんだっので。お役にたててなによりです。」
「うんおかげでテンションあがりまくり。でもよかった笑ってくれて。」
「っ、」

突然で迷惑だったかと思ってたからと真っ直ぐ見られて目が合えば落ち着かなくなって再びグラスを煽る。

緊張からくるのか雰囲気がそうさせているのか、胸がざわざわ落ち着かなくてその夜はそれを隠すために美味しいワインとお酒をたくさんいただいた。このざわめきの正体を知りたい、知りたいくない天使と悪魔のようなそんな思考の意味はまだ考えなくないのだから。


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