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いつからか周りの音が聴こえなくなった──救いを求めて泣き縋る声、暴力を受けて恐怖を訴える悲痛な叫び、欲を満たそうと女子供を虐げやる家畜のような飼い主らの鳴き声もどれもこれも悩ましくかと言ってどうにも出来ず──思考と心を切り離して与えられた仕事をこなすしか術はなかった

背後を取った山猫の獣人ビーストマンは目前の標的が少しでも逃げる素振りをすれば即、捕えようと構える。

──珍しい髪色が飼い主の目に留めたと申し訳なさだとか逃げてくれという僅かな希望はとっくの昔に捨て去った。

ここから僅か数秒の出来事になる───

主人と自分を取り囲む対象を敵と認識しカーリィナは人の目では到底補足し切れない迅さでアイテムボックスに利き手を入れ、掌に馴染なじむ冷たい魔導銃の感触に躊躇無く安全装置セイフティを外す寸前、思い掛けない死角。隣りに居る人物により腕を掴まれ阻止される。

怪しい動きを察知して、母親の方を先に取り押さえよう動き出そうとした獣人ビーストマンは。己に背を向けている子供から発す異様な重圧プレッシャーに気圧され、訳も分からず冷や汗が噴き出す。

馬車馬が急に激しくいななき。意識をそちらに向けた初老の貴族が再びカーテンが掛かる小窓越しに、高値で売れそうな親子の方へ舐める視線で振り向き──巨大な瞳が眼の前に現れ、突き刺さる鋭い眼光を全身に浴び まるで虫けらのよう極小になった自分が化け物の手の平に押し潰されるおぞましい感覚に胃袋をひっくり返す。

嫌悪を露にしていた筈である主人の予想外の制止により、拳銃が手からこぼれ落ち有無を言わせない、何か、強制力に似た拘束で身動きが取れず。腕を引き寄せられ、バランスが崩れた脚が地面から浮き、力強い腕の中 横抱きに抱かれる。

無駄のない流れるような動きであった。成人女性をまだ年端も行かない子供が小さな腕に抱えるなど、目を疑う光景でありその場にいる誰もが一瞬固まった。

片足を軸にして氷上で躍り子が舞うようカーリィナを横抱きし、回転するナマエは勢いを止めず、身を低く屈め 背後へ片足を伸ばし、趣味の悪い首輪をかけてる獣人ビーストマンを足払いして回し蹴りを入れる。

硬直してガードが遅れ、空中で仰向けになり天地が真っ逆さまに視界に澄み渡る青空が飛び込んでくる獣人ビーストマンしか聞こえない声量でナマエは語り掛ける。

芯のある情念を紡ぎ出すその声は。長年 悪行に身を染めて精神がすり減り、心を亡くす山猫の獣人ビーストマン──テッロ・バウの殻を破るのに充分な熱量であった──

毛が覆う巨体が、背中から派手に地面を打ち付ける時には、おそろしく逃げ足の速い子供が母親を抱えたまま、路地裏の角へ消え失せる──兵士五人掛かりでも斃せない獣人ビーストマン相手に不意打ちと言えど。子供の、それもたったの蹴り一発で天を仰がせた。
受け入れ難い現実に呆然と私兵らは立ち尽くし──沸々と憎悪を燃やし、醜く歯切りする執事は面目を潰されたと、生け捕りにするよう罵声上げる。

地団駄を踏み、次いで執事が無様に仰向ける奴隷に鞭を何度も振り、追いかけろと命ずるが。──従わなかった

テッロは時が許す限り晴天を見上げる。

ああ忘れていた、空はこんなにも広くて自由だ

あと一夜。辛抱してくれ

魂を 揺さぶる声の主。
青空の子よ、待っている



迷路みたく入り組む狭い路地の壁を利用して、軽々と三角飛びで壁と壁の間を一気に跳躍し登り建物の屋上へ身を隠す。

その間もナマエはあそこでカーリィナが銃ぶっ放して暴れなくてほんっとよかったと、これまでの努力が全て水の泡になるところだったとほんの僅かの間 我を忘れる程ブチ切れた自分を我に返してくれた娘に感謝しか言葉が見つからない。いやホントマジで

重ぉ〜い息を肺の底から思いきり吐き出し。降り立った屋上の屋根から路地を見下ろし、何人かの兵が無計画にあちこち走り回り無駄な苦労している。

「んーこれじゃしばらく街歩けないか」
「あ、のっ‥すみません降ろしてください‥‥!」
「おっとすまない、足元 気をつけてー」

<水流操作>のおかげもあり、水でできてるカーリィナの体重はほとんど感じないその体を瓦造りの屋根へそっと降ろす。

地面に爪先が付いた途端ぱっと距離を取り、カーリィナは悶絶して沸騰する顔を両手で覆い、恥ずかしさやら歓喜で叫びそうになるのを必死に堪える。
意中のナマエに女の子なら誰しも憧れるお姫抱っこされた万感の想いや身長差で重かったのではないか申し訳なさだとか自身の内でぐるぐる色んな感情で乱されてとても平常でいられなかった。

ただその前に、疑問が残る───

先刻ナマエのにあの場に居た誰よりも速く、自分は気付いていた──<念話テレパス>を持つカーリィナがナマエの身体に触れているだけで主人が思考している感情が手に取るよう読み取れた。

いや 錯覚していていたのかもしれない

光さえ届かない深海の闇を拳銃から手放なされた瞬間ときに感じた

思い出して身を這い上がる冷たさに動悸が乱れる。
この御方は何を考えているのか

米神に揃えた指先を当て、神妙な面持ちでうんうん唸るナマエは珍しく<伝言>メッセージよこしてきたアレクサンドルと通信を終え、残念そうカーリィナへ詫びる。

「呼び出しかかっちゃった、ごめんカーリィナ‥‥もっと色んなとこ案内したかっただんだけど」

差し伸べる手──そこにはいつもの穏やかな主人が

「また一緒にデートいこう」
「───はい。何処までもお供します」

私は貴女様の創造物 この愛は本物

繋げたこの手を決して離しはしません。

私の全ては貴女のもの


運命は恐ろしく、また深淵である




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