040


息子が一人で討伐クエストを請け負い、暴れ回っていることを片眼鏡モノクルを懐に所持していないナマエは<念話テレパス>繋げず(何か起こったら<伝言>メッセージでも送ってくるだろ。)とゆったりした心持であれこれ事細かに指示することもなく。各々意思の赴くまま子らの行動を見守る。
自身がユグドラシルゲーム時に作成したNPCとは詳細伏せておき、三人きょうだいの身内がいて滅法かわいいのだとザリュースと語り合い。彼にも家族に結婚したお兄さんがいるそうな

「ほう?お兄さんが村のリーダー務めていらっしゃる!立派やねぇウチの長子はいーっつも日向ぼっこばっかり のぉ〜んびりしちゃって。まっ仕事はきっちり働いてくれてるからいいんだけどねー」
「悠長なことを‥‥お前の住処は気楽なヤツが多いのか‥」

気宇壮大なことを為そうとしているとは まるっきり感じない、長い旅の間、行く先々で造詣の深い人物から知識を聞き及んでも。こうも気力溢れて眩しいくらいの相手には出逢わなかった。旅を経て見聞広めて尚 凝り固まった考えを改めさせるエリクシールに、可能性を感じずにはいられない


陽が頂点に昇ってこようとする時刻まで泥の除去作業が続き。膝上まで浸かる湖畔の水が透明度を増して泥掬いを終えようとザリュースの声掛けで、ふとほの白く霧が立ち籠めていた周辺がすっかり晴れて、岸辺に上がり遠くの景色が眼の前に拡がる。

「綺麗だ」

どこまでも続く湖面が澄み渡る晴天を明瞭に映し、北の空に突き立つ山脈が見事な雪化粧掛かっている。人の手が加えていない自然のありのままの──

奇妙な光景に目を疑う。
ぽつりと呟いて遠くを眺めるエリクシールが、人間でいうところ浮世離れした女性が傍に立つ──瞼を瞬き もう一度見直して女子に変わりない、のに 歳不相応に思える言動、姿に云い知れぬ疑念が湧く

「帰らなきゃ」

快活な笑顔を向けられ、無意識に強張っていた全身の緊張を解く。いつの間にか冷や汗を流していたらしく滲む額や掌に愕然──先刻まで談話の間でも 不審な行動あれば即座に宝剣を抜けるよう気を弛めはしなかった。
善良そうであるエリクシールの全てを信用するには余りにも都合良すぎる、と。冷淡ですげない判断であろうとそれが現実でありこの強者つわものがなにを為そうとしているのか、なにを守ろうとしているのか知らなくていい事もある。争い事は他所よそで勝手にすればいい
早く此処から立ち去ってくれ

「ここは」

血の気が引いて凍牙の苦痛フロスト・ペインの柄を掴んだ 竦む心が見透かされたようで怖れに耐え切れず罵倒が漏れたかと肝が縮む。

「いいところだ‥ありがとうザリュース帰ってさっそく養殖試してみるよ」

うつくしいと思える髪まで泥がねて、衣服汚れ ずぶ濡れになることも厭わなかったエリクシールが感謝を口にする──澄んだ瞳で、真っ直ぐ見詰めてくる やめろと叫びそうになった。

「本当に素晴らしい生け簀だ育てた魚たちも元気に育って‥‥ここまで飼育できるのに相当な努力を重ねてきた、ザリュース──私は、君を尊敬してやまない」

はらわたから頭天にまで突き抜けてくる衝動に視界を掌で覆い、悔恨に包まれて後ろめたさに羞恥が爪で抉られるよう感じる。此奴こいつにはなにが視えている どうして 欲しい言葉を投げかけてくれる──自身の狭量さを恥じた。

岸辺で蹲るザリュースの真横を、悠然と歩んで通り過ぎ。素性を明かしていない自分にずっと警戒を怠らなかった──正しい答えだ。生け簀の外側で作業するよう許可を出したのも柵を隔てて腰に差している武器を遠ざけ距離を保ち、養殖魚を守っていた。
いい戦士だ、力量ではなく 芯が

汚れた服と体に付着する泥水をかるく手首を振って弾き、水浸しになる前の状態に。同様にスキルでザリュースの躰もさっぱり清潔に乾かす。

「ささやかな返礼だが受け取ってくれるとうれしい」

僅かな風が吹いてもいなかった。泥水被る全身、持っていた濡れそぼるスカーフも日光で干したよう爽快に泥が落ち水分弾けた。
何をした──振り返るとエリクシールが空を鳴らす一拍手して足元に幾つも風呂敷の荷物がどこからともなく出現し、

「身内に一人森祭司ドルイドがいてね、魔法で育てた作物だ。君の務めに役立つ」

風呂敷の結び目に手を伸ばし、二つ林檎を取って見せる──魔法詠唱者マジック・キャスターだと察するも、大荷物を一瞬で術者の下へ運び寄せる魔法の類など聞いたこともない。先程の泥水を弾いた不可解な魔法含め、腑に落ちない事だらけ──二つのうち、片方 実際に林檎を頬張るのを目の当たり、鼻腔を擽るかんばしい果汁蜜の香に途端に腹の虫が鳴り出す

「っい‥!?いやこれは、!」
「どうぞ。食べてごらんよー」

おおらかな笑み浮かべ毒は入っていない証明をした果実を差し出し。
躊躇いながらも目を凝らし、鮮やかな光沢を艶帯びて一玉の大きさも村で作っているものより大きく、慎重に受け取って意外なほどの重さを感じるところ齧れば蜜が溢れるのを予想が付き、唾液がたちまち咥内に溜まってくる──

「このくらいあればしばらく餌の調達や食糧にも困らないだろう」
「全部!?この全て、譲るだとッ!?お前の同胞の分は!」
「農耕で育てる分には困ってないさ、充分蓄えてある」

蜥蜴人リザードマンでも運ぶのに苦心する食糧が詰め込まれた大袋が十を超えている、中身はなんの作物か説くエリクシールを遮り

「こんなに受け取れない!」
「あら遠慮しなくっていいよ、これで美味しく育った魚食べさしてくれれば」
口の端から垂れ出る涎を啜り、拭う。

食い意地!!此奴こいつの脳内は食欲が中心に回っているのか!?

「丸まる育ちきった魚を!一匹だけでもいい!食べさせてください!!お願いしますッ!!」
矜持プライド無しかお前!!?」

養殖魚食べたさに土下座──ッ!!
こんな可笑しなヤツは先にも後にも現れない!実力差は明確なのに格下相手に伏して頼み込むなど、何処まで真剣なんだ
緊張して重苦しい空気が崩れていくのを直に感じ、ザリュースは何とも云い得ぬ気まずさというモノを生まれて初めて体験する。

「分かった‥!だから頭を上げてくれ、どうしてそう卑屈になるんだ‥‥」
「お礼はしっかり言わないと伝わらんでしょ?」

おもむろに片手を差し出すエリクシールの掌に、なにか光る小石のような物を目にして首を傾げる。

「君にもっていてほしい良き出逢いに感謝をこめて」

透明で六方柱の両端が尖っている小振りな水晶──旅の間で学んだ、人間同士の習慣で握手を求めているのか。薄く柔い皮膚その小さな手を握っては傷付けてしまいそう、気後れして。

「この先なにか悪いことが起きても助けになれるようおまじないをかけてある」
「まじない‥‥?」

森司祭ドルイドにそういった祈りを対象に掛けられるのは知っているが、物にも同様に施せるのか──水晶を差し出す華奢な右手が、自分と比べ余りにもか弱い。五指に伸びる爪や硬い鱗で引っ掻きやしないか用心して腕を伸ばすより先に握り返してきた

「飼育で相談したいことがあったらまた逢いに来てもいいかな」

地中深く根を張った太幹の如き力強さに目を見張る。何処にこんな──女子の筋力であろう筈が無い一本筋の芯が通っているちいさな手に本質を垣間見る。

飄々としながらも存外、此奴のようなヤツが大成を為すかもしれない

「──俺がなんと答えようと、自ずから訪れるのだろ?」
「ははっバレたか!」

手を握り合い 水晶を受け取りかざしてもこれといって特徴は見当たらず。エリクシールの髪色と同じ、という印象

「また来る」

元気で ザリュース──。水晶に気を取られていたほんの僅かな間忽然と消失した

辺りを見渡しても大荷物以外には、雲が散るよう姿失せ、直接手渡された果実と水晶だけが現実であったことを物語る。

「弟よ。その様な処で何をしている?」

弾かれて兄の方へ振り返り──夢心地でぼんやりした感じが抜けずふと、もう片方の手で持ったままだった林檎をひと口食い齧る

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」
.言葉も 出ないとは、

眦に熱い涙が玉となって零れゆく。
兄が気遣う声を掛けられても次から次へと決壊してくる涙を止められず、あと少し心配りした言を送ってやれば良かった

ザリュース住まう蜥蜴人リザードマンの村に明るい未来の兆しを指し示したナマエ自身、自覚しておらず。ただ困っていそうだったから ほんの少し手助けした、とそのくらいにしか思っていない。
淡泊と言ってしまえばそれまでだ、ナマエは自分にはなにが出来て どこが自分の限界なのかを理解している。
わかっているからこそ。他人ひとに教えを乞い、砂が水を吸うように知識を集める。

目指すべき方向へ一歩ずつ進めば、必ず到達出来ると信じている。

迷いなきその姿に他の者は光を見る。


西の海一帯に不可視と音を遮る魔法壁を張り巡らし、リ・ロベル都市で生活を営む住民たちには悟られぬよう 大木がなぎ倒されていく木こりの音が響くなか。海に接する緑の地で、草や葉と土まみれになりながらナマエと丘小人ヒルドワーフたちが人知れず計画を進める。

今夜の夕飯に銘酒が出てきて、たらふく飲めると大喜びしたのも束の間。
突如として外に駆り出され仕事することとなり丘小人ヒルドワーフ全員が目まぐるしくも(こういう雇い主だから燃えてくる)職人魂に火が点き工具手に意匠を凝らす

飛翔して報告にやってきたエイプリルに力いっぱいの褒め言葉を贈り。感謝の限り頭を撫でる


「さぁこっから面白くなるぞ」


夢とは見るものではなく実現させる目標




もどる
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -