039


かつて七部族いた蜥蜴人リザードマンの人口は二年前の食糧難によって引き起こされた部族間の争いで多くの戦死者を出した。
現存する村は五部族に減り、二つの部族が消滅するほどの熾烈な戦いであった──数が減少したことで今では食糧難で困ること無く、主食の魚が皆に行き渡るようになった。

皮肉な話しだ、誰も彼も暮らしを守りたくて闘いに身を投じ。死んでいった同種のお蔭で生き長らえている
過去 戦場を駆け抜けたザリュースはようやく取り戻した生活のなか長閑のどやかに暮らす村の者たちを憂い、同じあやまちを繰り返したくないと故郷より外に出て見聞を広めよう、階級を捨て 旅人となり世界の先々で得た知識を持って帰ってきた。
全くのゼロの知識から生け簀を作り始め、幾度と失敗を繰り返し、一年もの歳月を費やして湖に囲いを設置して出来上がってもそれで終わりではない。稚魚から育てるのに何度死なせたことか、適した餌を探して試し続け、外部のモンスターが網を壊し無に帰したこともある。困難と失敗を重ね学んで、どれだけ細かく気を配っても。天候には勝てやしない。

連日続いた悪天候は予想通り、頭を悩ます事となった──成るべくストレスを与えないよう注意を払い、今では村で獲れる漁のものよりも大きいサイズにまで育ち、感極まるとしていた矢先、不運に見舞われ。大雨の中 水面で覗く養殖魚の泳ぎが日に日に悪くなっていくのを遣る瀬ない気持ちでいっぱいにまた失敗かと脳裏を掠めた。
やっと陰惨な鼠色した雨雲が過ぎ去り、悪化した容態が治ってくれるのか──見込みが無いまま相も変わらず日々の習慣である生け簀に足を運んだザリュースは有り得ない光景を眼の前に言葉を失う。

昨夜まで本当に虫の息であった。ずっと生け簀に付きっ切りで容態を看ていた 昨日に至って瀕死だった養殖魚が。群れをなして一心不乱に餌を求めている、特に気にする風でもないエリクシールが述べた素朴な感想につい声を荒げ批判してしまった。

血の滲むような努力を積み重ね、魚の飼育が再び暗礁へ舞い戻ると思っていた。
予想を覆す好い兆しに好転して 信じられない、と多大なるショックを受け顔を両手で覆うザリュースの心情等 まったく知らないナマエはのん気に(美味しく育てよ。)願いこめて、刻んだ林檎の餌を全ての魚が食べられるよう豪快に振り撒いている。

何故 体調不良にせっていた養殖魚が突如として快方に向かったのか──ナマエ本人は知らずにいる。

自身の高レベル種族の恩恵で水棲生物に限り、生きる活力をもたらすことを。言葉を発さぬ 糧となるさだめにある魚にとって最高位に位置するナマエに食べられることが無上の幸せであると本能的に理解している。美味しくこの身を食べてもらいたい一心で餌をせがんでいる、こういった主にナマエが要因であることをザリュースは知る由も無く。眼の前の女子が人間ではないのは確かだという辛労で、これまでの努力はなんだったのか──遭ったばかりのエリクシールに文句を漏らしたところで此奴こいつは何一つ関係無いだろ。遂には己に指摘入れるまで混乱極まる

何でもいいか 魚が元気になってくれれば
若干自暴自棄に。麻袋ごとエリクシールに餌やり頼んで生け簀から少し離れたあぜ道に座り込み、拗ねてがっくり肩を落とす。少しの間でいい。一人になりたい

「ザリュースっ!君がこの子たち育てたんだろう?凄いな!こんな丸まる育った魚はウチのとこでも見たことないよ!」

餌全部撒いちゃっていいのか?受け取った餌を残らず生け簀にやって、食べ終わっても大はしゃぎで泳ぎまくってる養殖魚にえらい感動した!そしてマジで美味しそう!!ヨダレ出たわ!

「────は?」
「ただね、湖にどろが多くって魚たちの視界が悪そうって思うんだ!大雨降った?君が許してくれたら泥を取り除きたいんだがよろしいか」

落ち込んでいた気分が呆気に取られ。村の者たちでも大して称賛を送ってはくれなかった──凄い、と声を大音量にして褒めてきたエリクシールに眩しさを幻視してチカチカする視界に何度も瞬きするその衝撃たるや。
理解してくれる相手は兄シャースーリュの他 義理の姉者以外には思い当たらない 力強い褒め言葉の破壊力もさることながら生け簀を見たのは初めてであろう。一目見て原因が分かったのか?頭で考えるよりもザリュースは──ナマエの心意気に共感し興味湧いて

「泥だと‥?」
「簡単さ!この袋使っていいかな、こうして‥‥水を掬って、袋の中に泥だけ残るだろ?こうやって集めて生け簀の周りに浮いてきてる泥をどけるんだ」

水中に棲む魚の目通しが悪いと、密集している別の魚と勢い余ってぶつかりストレスになってしまう。
という助言で沼地に住居を構えるザリュースにとって目から鱗だった。幼い頃より泥遊びをしたり生活の一部として棲家を建てる時にも使用する馴染み深い泥が。養殖魚には視界を遮ぎる原因だったとは露程も思っていなかった、雨の所為で適温の水底を求め、魚が泳いで泥が舞ってしまうことに気付いた──!驚くべき観察眼の鋭さに脱帽する。
空になった麻袋を水中に浸し、細かな隙間から水だけが抜けて袋の中身に残った泥を少しずつ地面に積み重ねる作業を、目の前でやってみせるエリクシールに習い。ザリュースも自身の首に巻くスカーフ布を使い。生け簀の周囲を担当してくれと許可を出す。

「了解した!」

服が濡れる事など気にも掛けず下足の履き物を岸に置き、下衣服をたくし上げて湖畔へと泥まみれになるエリクシールに(少しは躊躇しろ。)ザリュースの内にある異性のイメージとはまるでかけ離れている豪快さ。気遣う声掛けしようにももう遅い。折角の人手だ──後の世話苦労とか今は抜きにして泥を取る作業に取り掛かろう。

何故かこちらに群がってくる?謎の現象を逆手に取り、囲いの内側をザリュースが担当して開けるスペースで泥水をろ過する。
密かに水中に手を入れる瞬間に感付かれぬよう清浄する魔法を僅かだが施す。生態に悪影響が及ばない程度に水質を改善し、この頃 デスクワークで体を動かしていなかった。良い運動になると前向き思考で泥の除去を協力──黙々と泥水を抜く彼をちらっと観察し 寡黙なタイプなのか彼から話しかけたりしてこない、迷子と見える自分を親元に帰そうとは思わなかったのえ?それって常識なの?孤児とか当たり前の異世界ッ!?あらやだ物騒

「養殖に興味があるのは何故だ‥?」

こっちを見ないまま問うてきた、普通に格好良いと思えるイケボに虚を衝かれ三度見してしまった。許せ。君があまりにもイケリザなもんで不審なリアクションをとってしまう天は二物を与えもうた!

「ウチが‥‥大所帯で、食べ物が足りるだろうか不安に思ってね。移住してくる人たちを数入れるとなんとも心許なくて」
「──それは、」

正に同じ境遇ではないか
憂いの表情浮かべるエリクシールを自分と重ね合わせしまう、そんな小さな体で周りを見渡す 起きようとしている危機に身命を賭して万一に備える

「あと最近デカい<ヒュ‥‥いやペットをっ‥飼いはじめたんだが、‥!そいつがものっそい食いしん坊でっいくら魚があっても足りないなぁー‥‥って、」

あっぶなーい!アマノミカヅチのこと口が滑りそうだったー!あとすみません!ホントは旅がしたかった!!旅して冒険のなか出会ったひととのつながりは大事にした方が後々自分の為にもなるって経験上 身に沁みて知ってるんだー!本当の名前隠してどこから来たのかも教えてないけどせめて目的は秘密にしたくない。

ナマエが思わず言いかけた多頭水蛇ヒュドラを同じくザリュースも、頭部が四つしかなく体長が平均より未成熟な奇形児である相棒ロロロを家族として共に暮らしていることなど互いに想像だにせず。
エリクシールを最初目の当たりにして何故 幼子に畏怖を感じたか。警告が耳鳴り起こす直感に疑問を抱いていた──
生き物は理解及ばぬ対象に、恐怖する。

しかしザリュースの眼に、もう恐れの影は無く。

「殊勝な心掛けだな‥‥」

優しさと強さを持っている小さな勇者に敬意を持ち、接することを受け入れる。
この者は光ある信頼に足る者だ──



一方その頃 異世界で初めてのクエストを達成しようとしているアレクサンドルことアークはというと。

親玉出てこいやア!!雑魚に用はねエ!引っ込んでろオッ!!」

最底ランク冒険者の証である銅のプレートを掲げ、初心者向けクエストである筈がない。高難易度<小鬼ゴブリン>の盗賊一派がねぐらにしている洞窟を一掃する討伐クエストを請け負った。

多頭水蛇ヒュドラを打ち倒した英雄──本来"銅"カッパーの称号持つ冒険者組合に登録したての新米に振り当てる仕事ではない。

だが人々はアークに希望を見出す

昇格を放り投げ──本人の意思でもある修行に値する仕事が欲しいと。実力に定評ありと来れば冒険者組合上層部も口を噤む。

助けてほしい。
無言の懇願をアークは聞き届ける

ランクはそのまま底辺よりはじめ、時期を見て段位を一つずつ上げることを締約交わす。

遥か先に視えるナマエの背を追い駆けるアレクサンドルにとって地位や名誉など何の役に立とうか、元よりあのどうしようもねェ母親は見返りを求めては居らず 唯有るがまま

其処になにがあるのか 未だ己は知らずに居る──それが我慢ならなかった。

どんなに時間が掛かってもナマエの横に並んで世界を観てみたい、魔獣の正体を秘めし偽の英雄は馳せる。


光に向かって歩み続ける




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