033
「
騒々しい 何だガキンチョ‥!」
ドス効いてる押しこもった低声が狭い店内の空気を凍らせる。棚に並べられている品物を物色していた数名の影、六人ほどの冒険者たちが縮こまり身が強張る
カウンターレジに仁王立ちして、丸太のような腕は左の肘部分から先は失っている。日焼けして浅黒い肌。焦げ茶の短く刈り上げた髪を白の木綿バンダナ巻いて、右目全体を覆い隠している。右の顔半分、顎下まで裂傷痕が刻まれて一目で屈強な戦士だったと窺える。今でも人を射抜かせるキツイ眼光、骨ばった筋肉が隆起している風格は衰え感じさせない──なんでこんな隅の方でこじんまり店開いてるの?聞くのも野暮
「冷やかしなら出てい
「
店主!はじめまして私はエリー!駆け出しの冒険者だ!お時間すこしよろしいか」
無愛想通り過ぎて殺気バシバシ睨み付けてる店主の筋骨逞しい体格差臆さず。線のか細い美少女が自信たっぷり歩を進めカウンター越しに相見える。状況が掴めず客の冒険者らは、商品棚の影からエリーと名乗った少女に雷落ちて丸呑みされないか気をもみながら注目する。
「まずはお試し!こちらをこの店に品として売ってはくださいませんか」
店に押し入る前に少女が携えてきた。布袋二つ、やや大きめのそれを片方、カウンター卓上に広げる
「"グミ"という!私の国で嗜好品の、持ち運び便利だし賞味期限もそれなりで味の劣化も心配ない」
薄黄色の硬貨より大きめ椀型丸粒が大量に詰められてる袋の中身から一粒、手に取ってエリーが自らの口に ぽいっと放り噛む動作。
「あら‥‥?何ごとあなた──」
「奥さん!甘いものはお好き?どうぞ食べてみてー小さいお子さんはのどに詰まらせないようにねっ」
カウンター奥の階段から降りてきた、お腹がふっくら支えながら慎重に一段ずつゆっくりとした歩で姿を見せた奥方殿にも勧める。威嚇してきた店主の旦那が僅かに慌てだし奥さん支えながら階下まで付き添う
「可愛らしいお嬢ちゃん?あなた冒険者なの?小さいのに立派だわーっ」
「はいっ!おとうさんのおつかいで来ましたー食べてみておいしいよ!」
奥方の登場で温和になった空気のなか、夫婦が不思議そう ぐみ?の一粒ずつ摘まんで。先刻エリーの賞味で毒物ではないと証明された──口に運んでみると、今まで味わったことの無い食感、やわらかい水みたい舌上で転がしてみると林檎の果汁を凝縮した、甘い。蜜の香りも口のなかを通り嗅覚も豊かにしてくれる。喉に詰まらせないよう、言っていた。奥歯で噛み締めるとあっさりとちぎれてしつこくない、もっと細かく刻めば幼児の歯固めにも良い。
最も大事な効果を知覚したのは、店主。
嚥下し、開口一番
「いくらで売ってほしい」
「ッ、!?」
夫が首を縦に振った!はじめてのぐみを食べた感動もさることながら、奥方は衝撃で目をまんまるにして見開く。王国軍徴兵から出戻ってくれたものの傷痍兵としてふさぎ込み愛想悪くなってしまった夫が──家族以外の人に気を許した、彼のなかで一体何が起こったのか?答えはこの後 直ぐに聞けた
「お金はいらない」
「はァ?オメー商売ナメてんのか」
「
代わりに本をくれ!」
「ほ?」「ん??」
円滑にグミを商品として販売出してくれることを承諾した店主に。林檎味とオレンジ味の二つに分けた袋ごとそのまま卸し。お試し価格で売れた後に又顏を出すと約束付ける、前金代わり対価を受け取ったエリーことナマエは店を後にしよう踵を返す際
「ああっ!ねえアナタ、かれぇパン?売り出してた子よね!?」
ことの成り行きを窺っていた冒険者の女性が声を上げたのに対して(ヤベ!)冷や汗流す
「毎度ありがとうございまっす!今日は販売してないんでっお、おぉおとうさんが気が向いたらまたっ売るカモー‥‥!」
対価そのふたつを胸にひしと抱えて猛ダッシュで退散する、犬の遠吠え如く宣伝忘れずに!
「冒険者アーク!アークとうさんをお願いしまーっす!依頼料も今なら出血大サービスーっ!!」
選挙??
冒険者?屋台のお父さん?どれよ??
台風一過した。
呆然と立ち尽くす店内の全員だが、奥方が気を取り直し。夫に問い質す
「あなたどうしたの‥‥?子どもの商談を受けるなんて、」
「──が‥‥‥った」
「えっ?」
「幻肢痛がなくなった 右目も」
はっと息を呑む───まさか
「これを食べて‥‥?」
「金はいらんとハッタリかました、ちいせえガキンチョ只者じゃねえ‥‥」
国っつってたあのガキ──異国人か?
失った腕と目の心身症・痛み治まった──ホントにガキか
店主の男は
いくさばを実体験している 自分を遥かに凌駕する豪傑を何人もみてきた。そのだれでもない。
ひとではない。
化け物と対峙した戦慄がエリーから感じられた
叶う事なら二度と現れるな──!
歳が二回り、下手をするとそれ以上ちいさいガキにひれ伏すところだった、が。それでは大黒柱として家族を守り切れない、見合う筈のねえ対価。帳尻合わないアンバランス条件飲むしかなかった
「──パパ!ママーっ!見てよこれ!!スラム街にあったんだ!!たっくさんある!お腹いーっぱい食べれるよ!」
長男の息子が意気揚々 声高らかに帰って来た、大量のパンとボトルの水を抱えて──なぜかエリーの面影が脳裏に浮かんだ、少女の「私の国」といっていた言に強く関心を抱く
アレクサンドルに託した水玉の塊。
そして先刻 売りつけに成功果たした果汁グミ嗜好品は。お気づきだろうか?
マシュロのスライム特性を活かした たった一滴の<
生命力持続回復>霊薬を混ぜた商品になっている。
一滴で充分。形を保たない水を手に持てるよう水筒と同じ膜が、不定形の水を覆って 持ち運び可能な道具へと変化する、さらに料理にも適し果汁とゼラチン他、食材料混ぜて回復グミとしても改良。
ナマエはこと身の周り<日用品
魔法道具>開発に於いて右に出る者は居ない優れた観点を持っている。クエストバトルに際して等 武器を売る他の豪商人プレイヤーは掃いて捨てるほど居た。
武器や防具関連は
丘小人ドックたちに一任しておけば、飛ぶように売れた。
それ以外の。女性ならではの、女性でしか目に入らない
魔法道具──台所関連、美容関連、医療関連、服飾ファッション,装飾アクセサリー,身支度関連その他etc.悩める主婦の方々から。愚痴という生の声を現実世界でも聴いてきたそこから商品開発の発想ヒントを得ている
漢の浪漫そして敬うべき女性の悩み相談 幾多の要望叶えてきた故に、ソロプレイながら莫大な富を築き上げた。これは疑う余地無い必然である
どんな小さな心の吐露でも聞き逃さない それが成功の
鍵と固く信条にしている、自身が暗殺されようとする戦いの最中。リ・ロベルで回復グミを卸した最初の商談、息子に任せてもよかった。けれどナマエは、駆け出し冒険者・売り子少女としても顔と偽名が知れてしまっても こればかりは譲れなかった──
「ただいまーっ!」
「おかえりなさい!」
「お帰りなさいませっでしょ‥!すみませんエリクシール様、!」
「いやいや構わんさー今朝はめっちゃ早く起こしちゃってごめんなさい!」
息子は置いてきた。なんか商談うまくいったっぽい!やるじゃないかアークよーはじめてのおつかいにしては上出来だ人間社会に溶け込む良い機会、夕飯どきに帰ってくればいい
成人女性に戻って拠点屋敷に帰ってきたナマエは本体マシュロを肩に乗せ。フェリシアとセトラを裏庭に連れ出す
「カーリィナ!カツサンドお弁当おいしかったよ!ありがとうっごちそうさま!都市のご飯あんまりおいしそうじゃなかった!やっぱりカーリィナのご飯が一番だな!いつも本当にありがとう!!マジで!!」
「恐縮の至りです」
「これ受けとって!感謝を込めてー」
<
転移水門>掌から一度で出せる四輪の花咲くコスモスを取り出して自慢の娘にプレゼントする──アレクサンドルがいなくて超幸運だった。兄が意識せず無神経にぽろっと「人間の娘にやった花だ」暴露していたら。カーリィナが嫉妬の嵐で怒り狂って化けの皮が剥がれる確定事項──とんでもない地雷をよく回避した。主人に思慕の念を抱く娘は幸福の絶頂に今まさに昇天
「(※声に出ない歓喜に絶叫上げる)」
「ちょっと休憩に二人つれてくよー」
脱兎の如く 親子と手をつなぎ自由すぎるナマエは勝手に仕事場から連れ出していく。メイド長・カーリィナにこんなこと出来るのはナマエしかいない。
ちなみに座学中のベイとゴルド含めた
獣人は知識を詰め込む授業内容があまりに多過ぎて知恵熱起こしダウンした。死屍累々と化した彼らを分裂小マシュロが看病しているヤワである
屋敷を出てすぐの裏庭へ連れて、昨日やり残した母娘の旦那さんお墓へ献花を一緒に。合掌するのを見習って手を合わせて目を瞑る、真似するフェリシアがかわいくてしゃーない!癒しだわー黙とう捧げ。目線を合わせしゃがみ込む
「プレゼントがあるんだ」
ドックたちに頼んでおいた──アレクサンドル専用
魔法道具眼鏡と、もう一つ。
白金製の小さな金属輪をアイテムボックスから取り出してみせる
「後ろ向いてー尻尾さわるけどいい?」
「強くにぎっちゃダメ!」
「オッケー」
ハラハラとセトラは落ち着きなく。屋敷に住まわしてもらってから、元来のお転婆が戻ってきてしまった娘──思慮深く魔法の知識に富んでいる雇い主ナマエの年齢に似合わず童心の影響を大いに受けている どう考えても。プレゼントと軽い調子で言ってのけたそのリングだって遠目から見ても大変貴重な代物と見てわかる──こんなによくしてもらって、返せるものなんてないのに、ちょっと待って怖気づいてしまう。
「ぴったりだ!ステキだよ」
「ッ〜〜ああぁぁありがと、うございます‥っ!ほらフェリシアもお礼を言わないと、」
「ありがと!ナマエっ!!」
「はいどういたしまして!」
短い尻尾に通し。魔法で宙に浮いて尻尾先端にくくり付けた
白金リング、念話でマシュロに簡単に説明し納得したのか肩からひとつ跳ねてリングにスライム体をくっつけてみたら、吸い込まれ金属輪のなか消えて収納
「きえちゃったすごーいっ!」
「だろー?マシュロもすこし休ませてあげてねー呼んだらすぐ出てきてくれるから。これからも仲良くしてやってくれ」
かるく金属輪を振ったら心地よい鈴の音も出るよう迷子対策も万全。続いて今日の収穫で貰ってきたお土産もアイテムボックスから本を二冊、表紙がわかるよう左右にそれぞれ持って
「街に行って来たお土産だよー、フェリシアはどちらがお好みかね?」
「ふんっ!」
イカつい店主ご自宅兼 道具屋で前金代わりに(強奪)譲ってくれた児童本の二冊。
奥方のお腹にいらっしゃったのは娘さんか?それとも長男のため早くから購入してたか、おとぎ話のデカいトノサマガエル?トードマン??王子と下働きしながら自分の店を開く夢を諦めなかった女の子がハッピーエンド結ばれる児童本。もう一冊 冒険者執筆・実話の英雄譚。
フェリシアは目の前に広げられた二択から迷わず英雄譚を指差した──!おおー将来有望?‥‥‥なのかこれ?おしとやかさが若干不安に思える
「字は読めるかな?」
「ええ書くのは得意ではないんですが、一通りは‥‥」
「そうなの?えらいなぁ〜あそこの木の上で読んでみる?景色もいいし風にあたって気持ちいいよー」
あそこの木、とは。二十メートル超え拠点の中心にそびえるシンボル林檎の巨木 お子さん持ちの親御さんなら絶対昇らせない、セトラのあいた口が塞がらず、世間一般常識のズレを目の当たりにした。え?
「マシュロがいるから落ちないよーこういう時のスライムだから」
ひとりでにリングから出てきたマシュロ 拠点のそこかしこに転がっている自身をちいさく分裂させたスライム体を、指令を出し巨木周囲に集合。子どもサイズで螺旋階段に形成する。
「っ木にのぼっていいの!」
「しっかり掴まりなー行ってらぁ〜」
お土産の児童本二冊とも胸に抱え、マシュロのスライム体で出来た階段へと走り行くフェリシアを手振りで送る。いいねー子どもはああやって元気でなくっちゃ
「──エリクシール様、どうして‥?」
「ナマエって呼んでいいよ」
「なんでどうしてこんなに優しくしてくれるのです‥‥?私たちは本当、言うところ‥‥厄介者、で しょう?あの日の約束は覚えています。フェリシアのなにが、貴女をそんなに多くの愛情を与えてくれるのですか‥‥」
「1つ。貴女とも約束をしたい」
「──────?」
フェリシアは感動に胸躍らした。マシュロに手助けしてもらって住むところ屋敷より高い巨木の頂上へ祭壇を昇り最上へ 空から地上を見下ろすのに等しい鳥になった気分だと高揚する。森が自分よりも背低く、果てしない空が見渡す限りどこまでも続いているきれいだった
父にも見せたかった
悲しみはあるが手にもっていた本に興味をそそられ、椅子に形を変えたマシュロにお礼を言い腰かけ。明るい太陽の元 物語の世界にのめりこんだ
そうして見逃してしまった
丁度 巨木の真後ろに位置して地上──父の墓石の前で。母とナマエが互いに身を寄せ合い セトラがうなだれて震えていたただならぬ様子であったことを。
ある一つの約束を二人は交わし合った
「これだけは忘れないでくれ」
悲しませるつもり毛頭なかった──
腕のなかで頬を濡らすセトラを包み込む
誰にでも待ち受けている抗いようのない現実、理不尽な事だらけの世の中で自分の生きる道を見付けた
最後に伝えた約束の言葉
「
あの子がどんなに美しいか‥‥貴女と旦那さんが命懸けで守ろうとした私も同じ想いだどうか憶えておいてほしい」
黄昏に朱く空が染まっていたことに。
本に没頭していたフェリシアはナマエに呼びかけられるまで夢中になってページを追っていた
目元の赤みが治って気持ちが落ち着いたであろうセトラのもとに帰し──宿題を言いわたす
「読書感想文を書いてもらいまーす」
「さくぶんっ!!?」子どもが苦手なもの堂々ランクイーン!
ただの「おもしろかった」や本の内容文そのまま写しちゃダメと教え込む。自分の思ったこと素直に感想文書くこと!順序よく読む人にとってもわかりやすくね
「文字書きも周りの大人から教えてもらいんしゃーい、ウチの図書室もいつでも使っていいから自力でガンバってみよ」
「うっうううぅぅ〜!!」
セトラは悟った。ナマエの愛情は本物
ずっと傍に居てくれたら皆が幸せである
なのにどうして?自分にだけ
あんな残酷な約束をしたのか
理解できなかった
誰にだって大事なものはある
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