031


「今だ。今しかない決断する刻です」


銀のティースプーンが三角錐ピラミッド型の骨組みに形状を変化した目の前の奇跡に。ロベスは女の腕にしがみつく

うん。正直に言おう 鳥肌たったわ

粘り気帯びるロベスの油汗で湿っている掴む手を我慢して。出来得る限り物腰柔らかな所作で執務机へ導き。机上に羊皮紙を打ち付ける

「漁業の再開。水門の常時開放。これら了承して下されば街は再び貴方のモノ」

元のティースプーンに形戻り。高い魔法技術を目撃息つく間もなくロベスの目に飛び込んできた羊皮紙、女が指先叩く字の羅列に空白のサイン欄

冒頭の力ある言葉
誓約書をナマエは未来予知に迫る圧倒的なまでの計算能力で事前に用意していた

なんの変哲も無い紙が人生を左右する
呼吸を忘れるほど肝潰すロベスの眼に

(秘密保持契約───!!)

この字が転機となり決断を後押し

「‥‥‥‥‥‥二人きりに、してくれ」

短い悲鳴の息を吸い込んだ金髪のメイド──アンジェリーナは破滅の足音がひたひた近付いてくるのを察する、これまで幾度も命からがら修羅場を潜り抜いてきた経験から否を唱える

「旦那様っ!!そんな疑わしいヤツの言うことを信じ、
「出て行け」

敗北 唯の一度だって同性に負けず、今日会ったばかりの。女が、この場を半刻と要さず掌握。蚊帳の外に放られた──!どうにかなってしまいそうな逆上を奥歯で食いしばり絶叫堪える、美貌をはげしく歪ませて地団太を踏む早足で退出する前に。声掛け

「すまないね。部屋を出てすぐのところで待っててくれるかい」

面白いものをお見せしよう、言い終わる前に荒々しく扉閉める。

──ミーシャさんの家族構成とか聞いてくれる?彼女の傍を離れるな
(応)

守護するなら専売特許。アレクサンドルは女性相手なら守るべきもの、とナマエにそう設定加えられている 実際には人間種と対話は慣れてなく若干のぎこちなさがあるも、気さく装ってミーシャを呼び寄せ連れ立って執務室を後にする

ナマエとロベス二人だけの空間。組んだ両手に口を隠すよう顎を乗せるロベスが重苦しく告発

「命、を‥‥‥ッ狙われている‥!」
「組織でしょう?知っておりますとも」

乾いた笑いで小刻みに震え出す 見透かされたこの女、どこまで

「助けてくれるか──!?」
「そこに書いてあるでしょう、貴方の命は保証致します」

誓約書には三つ。
1.漁業の再開許可
2.水門復権の補助
3.ファラヴィア・ゲーツ・ペンウッド・ロベス御身の命を御守りすることを誓う

上記三つを秘密保持契約として遵守する

「わたくしどもは約八百のモンスター敵軍を退けた実績があります」
「はッぴゃ‥‥、!!?」
「昨夜はよく眠れましたかロベス卿?」
「?ね むれ‥‥‥なに、?」

ああ駄目だ。このひと──アンデッドモンスターなんて無縁な温床育ち

「一筆書いてくださいそれだけで結構」
「そ、それ だけ?いいの か‥!もっと望むモノは無いのかッ!?」
「ここにサインと 手紙を書いて欲しい」
「誰に宛て──」
「ラナー」

無反応。訳が分からないというロベスの疑問を占める無言の問いかけにナマエは

「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ第三王女殿下」

其の方に謁見する 地獄の釜口を見出した


<多頭水蛇ヒュドラ>によってリ・ロベルは。破綻一寸手前、壊滅的被害を余儀なくされる

モンスターからだけではない。
同種 人が人を搾取する格差による圧政

王国唯一にしてリ・ロベルが一等誇れる海産業の停滞。職失う漁師はじめ食糧難に喘いだのは貧民街に住む低所得の住人含めた浮浪者・孤児。次に徴兵で若者と家長が不在している一般中流家庭。

それだけでは終わらぬ負の連鎖
富裕層の権力者が水門の実権を金で強奪──リ・ロベルはモンスター襲来から備えて都市外周部を壁に囲まれている。全四十七の城壁水門。開門しなければ生活に必要不可欠、運河の水が確保維持できない

ロベス残せた実権行使できる水門八つ。残りは根こそぎ買収されて富裕層が自身の居住区にだけ新鮮な水を独占

落胆に肩落とす この都市リ・ロベルは死んでいる
ナマエの目に。サインの名書き終えたロベスは既に虚ろとして そこにいないモノと捉え、対話を絶つ

「やぁ待ったかい」

まるで親の仇と言わんばかり血走った眼で射抜くメイドの名は聞いても無駄だと判断している。執務室でロベスとその女性、二名の前で最後の言を手向ける。

「ダイヤが何でできているかご存知?」

また女の手のひらから手品で「炭」の
一欠片を出して──すみ?それが何だ

「炭は炭素。硬度次第では金剛石ダイヤモンドになるってご存知でしたかすごいですよね?」

木炭を一度 握りしめてから。テーブル卓上に零れ落ちる、光の乱反射を起こす粒がパラパラと手の平から降って

瞬間ロベスとアンジェリーナは狂喜に叫び上げる。テーブルに飛び付いて粒を掻き集める

「わかってもらえました?わたくしは優秀な魔法詠唱者マジック・キャスターで在ると」

聞いちゃいない
透き通るそれらを懐に握りしめてるロベスに向かって囁き

「水門からモンスターを近付かせないよう。魔法壁で防衛しておきます貴方の名目で。ご満足いただけるかと」

何度も頷くソイツが、人ではなく道化に変わった瞬間をアレクサンドルは自身を不可視化で透明になりながら見ていた。すべてこうなると分かって主の思惑通り事が運んだ。同情はした、が気の毒とは思わない

「では王女に謁見の件お願いします」

残された二人は獣のようだった──最後そう感想受けて不快を禁じ得ない。
ミーシャを、彼女の自室へと連れて、暫く部屋に居た方がいいと言って置き正解だった

ナマエが執務室を去って往くのと少し遅れて、おぞましい光景を視界に入れてしまう欲に駆られたヒト同士が睦み合ってる酷く気色悪かった


古城から誰の使用人の見送りもなく。
帰路につきサイン済んだ羊皮紙をアイテムボックスに放りしまうナマエの先導歩く背に、問いかける

「なァ」
「んー?」

古城の崖丘を降り、街道が続く絢爛な大屋敷・高級住宅街が鼻がひん曲がる、臭くてしょうがねエ

「あの豚の依頼受けなきゃ駄目なのか」
「ぶた?ああ。当主サマか、今日の契約うんぬんの処理は私の方でやっとくから お前は冒険者組合とこでクエストどんどん受けて自由にしていい」
「宝石で糞野郎の目くらまして‥どうしちまったんだよ、随分とお優しいじゃねェか?あァ?」
「宝石‥‥‥?これが宝石に変わるって?できるかもしれないけど、労力の無駄だよ 肩が凝る」

ふいにナマエの掌から取り出される木炭 目を見張る間違いなく先刻金剛石ダイヤモンドに変化させた炭、くれてやった筈じゃ

「なんッ‥‥!!」
んだよ。ご当主サマにあげたのは模造品だ、ただのガラス屑」
「どっから、!」
「今朝。カーリィナがお皿割っちゃったろう?そん時」

フラッシュバック──!アレクサンドルは身震いする 炭火で焼魚に使った木炭。朝食食べ終わっていきなりの賛辞。を浴びせられ手元狂わした妹がガラス食器皿を床にぶちまけた、その時 傍らに駆け寄ったナマエ。娘を案ずるのと同じくしてガラスの欠片を、入手した

咄嗟に思わず口を手で覆う 畏ろしい!!

とどのつまり<転移水門アクア・ゲート>で、親指1本だけでナマエは当主ロベスと色情メイド アンジェリーナの運命を決定付けた。

久方振り、身の底から震え上がる寒気を自覚した、そうだッこれだ!いつになっても慣れやしねエ

( 底が  見えねェ、)

本気になった大将は 誰にも悟られずに
瞬き一つの間で事を成し遂げる

「どした?置いてくぞ」
「──────た」
「うん?」
「感動した。」

敵になった相手は不運としか思えねエ

「えっア アーク?」
「畜生!いい女だぜッたくよォオ!!」

大将に勝てるヤツなんざ居ねエだろ!?

「何!褒めてるのか けなしてるのか?」
「オイシイとこ持っていかせるか俺だって雄だやってやろうじゃねェかーッ!!見てろ!直ぐにでも追い付いてみせっからよオ」
「おっおぉう?大丈夫かなんか変なの食べちゃった?お医者サマ呼ぶ??」

突然滾り出す息子のテンションについていけない。これは?成長してるととってよいものか


ロベス最大にして最後の成功
それは『神頼み』───

誰でも、なんでもいいから<多頭水蛇ヒュドラ>を討ち倒す英雄が現れることを天に祈った

いつの日か現れるのかも定かではない英雄に宛て。冒険者組合に<多頭水蛇ヒュドラ>を討伐した者を、自らの居城に招待する召喚状を予めしたためておいたこれこそ!
ナマエの求めていた絶好の好機チャンス──!!正確に<多頭水蛇ヒュドラ>アマノミカヅチの生存知る人間は僅か三名。当主ロベスと秘密保持契約を結び他言厳禁と口外禁ずる。

まだ誰の耳にも。犯罪組織「八本指」の誰にも知られていない その組織名称・全体規模を含めナマエは未だ知り得てない
しかし元エストルグ村から 洗いざらい奪った資料書類のなか埋もれし暗号化されたメモで「組織」という認識を持って、リ・ロベルを影から征服しようと既に動き出しているその手腕、素早さたるや。悪魔でしか表現しようがない


ここで こう考え付かなかっただろうか

最高水準の技術力をスキルで持ってさえすれば。銅や銀、果ては金までも鉄クズで貨幣を。大量製造して瞬く間にトップ富裕層に到達出来るのではないのか?

ナマエは。息子アレクサンドルも合わせ
その手段を一寸たりとも思い付いてすらいない。要するに親子揃って馬鹿なのだ

自分独りだけの利益を追い求めてない、ナマエが切に望む利益とは家族のため。笑顔でいてくれたらそれでいいと想うに過ぎない。

偽造した貨幣を"ズル"をして富を獲れば自分が自分でなくなることをナマエは無意識下で恐れている。
罪を犯すにも限度がある、犯罪重ねて一定許容量を越えたら其者は屑に成れ果てて家族からの信頼を踏みにじる事となる

絶対に犯してはならない"境界線"
薄い刃の上を綱渡るに等しい 発狂してもおかしくない重圧狂気の渦の中ナマエは自分を律する。

すべては最初の依頼人の嘆願を聞き入れた、その願い叶えよう、と。唯一つの役目を全うする。ナマエ・エリクシールとして存在を許された贖罪である



アークと彼の上司女性魔法詠唱者マジック・キャスターがロベスと初対談して二日と半日が経ち

書状がロ・レンテ王城へ届くにいたる

「失礼します ラナー様宛に速達便が」

純白の全身鎧フルプレートに身を包み、少年と青年の境にある男性。眉は太く吊り上がって三白眼、短く切り揃えられた金髪。歳若いのに似合わず声はしわがれている

豪華ではあるが、派手ではない──そんな部屋の主人の元へクライムは、彼女の意向を受け常時ノックせずに入室する

「まぁどなたから‥‥?」
「ファラヴィア・ゲーツ・ペンウッド・ロベス卿からです。何でも緊急の御用件と承っています、こちらを」

黄金と揶揄されるに理想的美しさ。美貌を崩さず、脳裏で瞬時に記憶から呼び覚ます 書状の宛て主 四年は会っていないが持病の貧血持ちと言い放ち薬物中毒の初期段階を隠そうともしない肥え太った肉塊

桜色の花と見紛う 色素は薄いが健康的な唇に微笑み浮かべ、内容に目通し

「魔法使いの‥‥‥商人?女のひと」

銀の形を自在に変え、炭をダイヤに


「凄いわっクライム‥!ぜひこのひととお会いしてみたい返事を書くからそこにいて」


彼女こそ本物の化け物だ




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