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リ・ロベル北西の最も奥に位置し、外周八百五十メートル。三つの巨大な円筒状の塔が防衛網を形成。
広大な私有地の真後ろに面している城壁を隔てて大海、崖上にそびえる古城は外壁を蔦に覆われ潮風の湿り気を帯びて苔の深緑にびっしり染まっている。

真ん中の一等高い塔の最上階に古城の主の部屋がある。年齢は五十代後半、身長百六十センチの小太りの中年、たるんでいる体で頬肉はこけて生気がまるで感じられない。
ファラヴィア・ゲーツ・ペンウッド・ロベスに天啓が舞い降りた。正に昨夜、領海のあらゆる権限が巨大モンスターによって弊害を受け経済利益が衰退し切っていた。今日まで持ち堪えられた

雇う使用人、身辺警護の私兵を減らし家計に至るまで切りに切り詰めて街の商いに尽力注いだ。まだ夢心地にいる気分と落ち着かない足が宙に浮く、無駄に贅肉膨れた腹を揺らしながら今か今かと英雄との対面に執務室を右往左往するロベス主人を、窓際に侍るメイド──金髪蒼眼で切れ目の妙齢女性は眉間を寄せて、かすかに不快感を顏に出す。
女は無駄な口を叩かない、そうした方が都合よいと熟知している。人員削減に雇い切れの肩を叩かれなかったのも女という武器を使いこなしていた、秘事の稼ぎで多めの小遣いも貰える。
美貌と蟲惑的な肉体で幾人も権力持つ男を堕落に陥れてきた、昨日から使用人等の間でも英雄の名が飛び交った。どんな精力を秘めているのか興味を引いた、都市一番の有力者この使い古しの爺から乗り換えてもいい、執務室の外からひかえめなノック音が鼓膜を打ち。微笑みに切り替え維持する

「ご ご主人様、アーク と名乗る方が面会を求められてますそれとその
「早く通したまえ!もたもたするなッ」

うすのろな言い方にイラつく、鈍臭いメイドの一人だが淹れる茶はなんとか飲めるものだっだ切り捨てず給仕に就かせている。赤毛の短髪、顔にそばかすが浮かび、やせっぽちの十代後半の少女が扉を開け すこしたたらを踏むも、踏みとどまって開ける扉の後ろへとまわって来訪者へ深くお辞儀で迎える

「初めまして」

誰?

人好きな笑みで明るい印象を受ける──右目に片眼鏡モノクルを掛け、細部にまでこだわる精妙な造り金の鎖を垂れ下げている高級逸品。
真の黒い闇色で仕立て良い生地、吸い込まれそうな黒い色のスーツに内側ベストの薄墨色に純白の縦縞模様ストライプ柄が入り三つ揃えでやり手の秘書と思わせる。上着の白ブラウス、首元の第一釦を外しても失礼という感情が湧かない。自然体でいる雰囲気が良いとすら。ビジネススカートのストレッチが利くタイトな両端に、深いスリットが切れ目入っており痩せてもなく太ってもなく健康体な肉付き好い太腿へ目を誘導させられ。腰より下、すらりと伸びる両脚に女の象徴する場所視点が止まり鼻の下伸ばし生唾を嚥下する

「エリクシールと申します」

侍して控える金髪メイドの微笑みが崩れ奥歯を噛み締める、自分以外の同性が例えようも無く邪魔としか思えない。エリクシールとか言う女の後から続いて入室してきた、大男アークに意識を矛先変え微笑みを向けさせるよう集中する。

「彼の上司です国を代表して御目通りに来ました、娘さんのエリーちゃんはまだお子様で大人の難しい話しはちんぷんかんぷんでしょう。又後日機会があれば」
「はぁ‥‥‥ああ!そうでしたっ!遠い国からやって来たと仰っていましたなぁ!いやぁー会えずに残念だ小さいお子さんなのに冒険者になったとか!随分と活発なお嬢さんだ逞しい!勇敢で御強い父上殿に似たんでしょう」

此処に居るぞ今アンタの目の前に、アレクサンドルは口を真一文字に噤む。
本名云った!大将マジだと怒涛の畳み掛けを予感確信して 覚えたての愛想笑いで初対面の挨拶握手をロベスと交わす。

「ッあ痛ァ!!?」

脆弱な人の握力と肉体性能の差で握り潰す寸であった。拙ィ。力加減の微細な調整から覚えてかねェと。難無く只の人間と握手成功した同等の力持つナマエの姿を見習わなければ。アレクサンドルは──リ・ロベルにやって来てからのもう最初から心中冷や汗が止まらずいる、当然 絶え間なく色目を寄越してくる女の釣り糸垂らす餌など眼中に入ってない。

「すいませーん彼はこういった、畏まった場に慣れていないくてー緊張して力が入り過ぎてしまっているようで」
「いっつつ‥い、いいえぇ流石と言ったところです!あの凶悪な<多頭水蛇ヒュドラ>を討ち倒したのだ、おぉ‥‥っ構いなく」

筋と骨を痛めた右手をさすりながら、赤毛メイド給仕が淹れる紅茶と粗末な茶菓子を用意してあるソファーへと促し。正面にエリクシールが腰を下ろし、何故かアークは座ろうとせず背凭れから一歩下がって遠慮を表情に見せる

「アーク殿?ささっ遠慮なさらず、こちらが大偉業の成功報酬になります金貨五十枚受け取っ
「お金は要りません」

────はて?
快活な調子を崩さずに言い放った女性の言葉が処理し切れない。
金貨だぞ五十に揃えて今この晴々しい瞬間をどれだけ待ち望んできたことか、生活費をどれだけ切り詰めてもこの貯金だけは手付ける訳にはいかずと。英雄が現れたのだ見事な働きに釣り合わない金額だとは思うが対価を必要としない?

金貨五十枚。この世界において、人一人が慎ましやかに暮らせば残りの人生働かずに済む。垂涎ものの報酬を蹴った

「お耳には届いてないですか<多頭水蛇ヒュドラ>は殺してはいませんよ」

脳天から冷水をぶっかけられたショック贅肉の重量で痛みに悩ませる膝関節に構わず いびつな尻を無様に揺さぶって起立

「ッ馬鹿な!!」
「ビジネスの提案をしに今日は来ました ロベス卿──まずはわたくしどもの国で自慢のこちらをご賞味下さい」

急速に青白く血の気を失って顔が恐怖にひきつり、隈が濃い目元が更に影落とし体調崩して病的に見える。正面に握り拳がひらかれる手の平から出てきた林檎など面白くない手品だ

「なッッ、なァ〜〜ッおちょくるのもいい加減にしろ!!私が誰と心得ての狼藉かッ!!」

テーブル卓上に置かれる一つの林檎を手の甲振って薙ぎ払い。張り詰めて刺すような空気に呼吸が停まるも激昂に感情が満ちていて気付いてない

米神に青筋立てて眼前の肉の塊 喉を掻っ斬るとした背後のアレクサンドルに向けて。握り拳見せて、待機の合図と念話と併せて平穏保つよう指示した。正直ヤバかった血を見る手段はこの場で望まない

刹那だけ肝を冷やしたナマエの横目で。床に転げた、すこしへこんだ林檎を慌てた様子で拾い上げる赤毛の少女に気を持ち直す

「落ち着いてロベス卿ほら深呼吸なさって、わたくしどもとしても水神様のお怒りを買って厄災を被るのは嫌ですもの」
「水、神‥‥っ!!」

(何でェそれよ?)冷静取り戻したアレクサンドルの無意識な疑問<念話テレパス>を無視する。もうちょっと心の声おさえられんか?心の奥底でため息をつく

ナマエがリ・ロベルで真っ先に調べた書物で、手に取ったのは──「宗教神話」に基づく王国の成り立ち「歴史」本媒体

この二つは『商業経済』に深く密接に関わっている。
古来より 目に見えぬ偶像の意志に沿うか沿ぐわないか勝手に意識を固定観念に持っていかせ、下等な人間たちはその日生きるのに必要な食べもの、時に人柱さえ供物として捧げる。
その食料、命は誰の手によって育てられた、他ならぬ臣民の血と汗の努力から育まれた。土壌作物の恵みなどは試行錯誤で栄養は自ずと確保できる。だが天災だけは人の手ではどう対処しようにも自然の力の前には人は無力。
困窮に瀕する者が最期に縋ったのは姿無き神を。人は想像してしまった。

そこを突く

この異世界でも変わる事の無い神という代名詞は在った。地水火風に加え光と闇 六大元素をそれぞれ六大神として信仰崇めている。
幸い此処は水の都。水神を象徴する聖印がこの古城外壁にも印付けてあった、当主ロベス着用している政務服にもそれが刺繍入れてある

勝った。とナマエは雑魚の<多頭水蛇ヒュドラ>・アマノミカヅチを自分の軍門に降伏させ確信に至る自信を手に入れる。

(──少女の姿で冒険者登録する羽目になるとは予定になかった。が、これも好機として受け入れよう)

ロベスは自身が信ずる、リ・ロベル都市 最高神として最も力ある水神の意を背く事になるのは断じて許されぬ行為。心の臓腑にシンボル掲げて刺繍入れた聖印左胸を、服の上から握り締める

「わたくしどもはこの都市へ商売しに来ました。逆にチャンスではないかと、考えてみて下さいロベス卿」
「何を、!まだあの憎きモンスターは生きてるのだぞ!?終わりだっ‥‥!こんなの聞いていないどこぞの成り上がりがッ貴様らなんぞ当てにしてしまった‥よくも!!おめおめと顔を出せたも

いや 待て?疑問を覚え。
アークを注視しても傷を負ってる素振りも無い、娘だとか幼児と共に巨大モンスターと遭遇したのは間違いない筈なのに

「何故生きて、る
「手懐けた。と言いたかったんです」
「────な   え ? 」
「<多頭水蛇ヒュドラ>を手懐けたのですよ。この彼 アークが、ねぇ?しっかりして下さいよ当主とあろう者が、希望はまだ潰えてません」

俺になってンのかよ──ッ!!不安が後を絶たない、アレクサンドルはひきつった表情筋でなんとか愛想よく固い笑顔を形づくる。

目を見開いてロベスは唖然とあいた口が塞がらない。金髪メイドは濡れてきた大事なところを腿を閉じて直立を保つ、見向きもしない精神が強いのだろう大男アークを逆に一層欲しくなった 舌舐めずりする。
赤毛の給仕は落っことしそうになった林檎をしっかり拾ったまま両手で持ち直す

「そこでビジネスといきましょう。わたくしどもはこの都市近くで商いを始めたい、金の代わりに欲しいものを提供してくれたならば。アークが支配下に置くあの<多頭水蛇ヒュドラ>は、水神様の加護を授かってる第五位階魔法を駆使するモンスターを使役して一発逆転の手筈を!七大貴族にも地位を上り詰めるチャンスです!」

七大貴族!!一度は掴みかけた夢──
王族と肩を並べられる高貴なる天に等しいに格付け。往く往くは栄華極める王都に進出こんな朽ちて古ぼけた城から離脱して王が住まう城内へと居を構えたい 安泰を夢見た野望が叶う

忘れさったと思っていた、ロベスは若かり頃の夢を今一度追いかけよう。欲に曇りさす眼でナマエへ羨望の眼差し向け

「なにが欲しいのだ言ってみよ!何でもする、さぁ望みを‥‥!!」
「まぁまぁ急がずに現状の確認を。ロベス卿?しっかし貴方、散々な噂が流れていますよ」
「はァ?」

脚を交差し深くソファーに腰下ろして、紅茶カップのソーサーを手に支え悠々 喉を潤す女の名などとうに忘れた。今侮辱したのか?

「底辺の信用度から持ち直すのは至難の業ですね?」
「はっ、そんなものたかが噂であろ!」
「わかってない。今から証拠をお見せしよう──貴方がいかに信用無き者か」

噂は馬鹿にしちゃあならない。
何故ならそこに真実が埋もれ隠れている

この都市の住人見ればわかった、此処がどれだけ経済が破綻しているかを

茶請けの焼菓子と紅茶の味見してみたナマエはすくと立ち上がって

「っえ‥‥?え、あの‥な なにか‥?」

林檎をまだ大事そう手に持っている──狼狽し、困惑顔でたじろぐ赤毛の少女の膝下で跪き背筋を伸ばす

美しい所作であった。金髪のメイドはプライドが音を立て崩れるのが聞こえた。自身に対して目もくれない来訪者、唇の端を悔しくて歯噛みして切った、どうしてその芋女、小娘なんかに跪く、息を呑む程羨んだ。威厳と気品とを醸し出す精悍な王子がそこにいた、同じ女なのに。自信に満ち溢れ上に立つ者としての気位カリスマを持ち合わせて尚 小娘に向かって躊躇無く膝を付いた。
ドス黒い嫉妬心がいやな鼓動を胸打ち腹底に渦巻いて体中を這いずりまわる

「改めて。エリクシールと申します お嬢さん御名前を伺っても‥‥?」
「は── はい‥‥‥‥ミーシャ と、‥ミーシャ・ミール」
「ミーシャさん 可愛らしい御名前だ、貴女がこの茶菓子を?」
「そぅ‥‥です‥!」
「素晴らしい。料理は作る人の愛情がそのまま味になる、ぜひ私の国へお越しになってその腕前 皆に披露しては下さいませんか?」
「馬鹿を言うな!そいつはうちの使用人だッ茶番もそこまでにしてもらおうこのッ!盗人猛々しいにも程があるぞ!!」

水差すなよ鬱陶しい。
ロベスの口挟むのを一瞥もくれず無視して、ナマエは再度 握り拳の掌から──指一本が通れるだけの水の門を。アイテムボックスとは別の超小規模の<転移水門アクア・ゲート>を使って、一輪のコスモス。綺麗に咲く花をミーシャへ差し出す

「急に、とは お返事は難しいと承知しております。この花には保存の魔法が掛かっている‥‥‥約三週間はこのまま咲いて これが枯れる前にもう一度答えを聞きに貴女の元へ訪れます」

純朴なそのコスモス花を受け取るか、それが意味するはエリクシールの話しを脳裏に焼き付ける ということ。

「ご家族の皆さん含めてどうでしょう。私の国に越してみるのもお考えなさってください、貴女の作る美味しい料理をお腹いっぱい食べてみたい」
「‥‥‥‥わかり ました‥‥」

嬉しい、と純粋に心を打たれ花を そっと壊れ物を扱うかのよう。林檎を持つあかぎれた手と一緒に花を了承と得る

「待ってます──私、いつまでも‥‥‥エリクシール様‥‥」
「なに。私も再会するのを楽しみにしてます ミーシャさん」

片膝付き跪いていた姿勢から立ち上がって今一度 身長低い少女ミーシャに向け、右手を自身の左肩に添え貴族の男性がレディーに捧げるのと同じ。礼節尽くす一礼を腰を曲げ頭垂れる

負けた。と言葉ですら反攻出来なかったロベスは茫然し、棒立ちして膝が笑い、ついにソファーに倒れずり落ちる全身の力が抜けて明日の未来を見失う

利益では人の心は掴めない、自身の現状目の当たりした賃金だけでそこな小娘、給仕を側らに置いていた、自分にはあとがない街の奴等がどんな風に自己を噂評価しているのか、急に恐ろしくなった

「彼女に変な気は起こさないよう。異変が起きたらすぐにでも連れ去りますよ」

どっちに向けて?ロベスか、ずっと色目使って徒労に終わってる薄気味悪い微笑み浮かべていたもう一人のメイドに向けてか。両方だ

ミーシャは高鳴る鼓動に胸を押さえる、このまま連れ去ってくれてもいいのに、魅了されている自分に驚いた。心揺り動かされるのを なんとか家で待ってる両親を想って今は黙っておこう 今日の素敵な一日を話すのが待ち遠しくてくらくらと眩暈がする。

「悲観しないで?ロベス卿 貴方にはまだやってもらいたいことが残ってる、信用回復にわたくしどもも助力しましょう」

変なかすれた呼吸音で肩が大きく上下している。

信用?そうだ‥‥‥信用
名誉を回復せねば
夢を諦めてなるものか

屈辱と無力感に頭をもたげていた首に力入れて視界をあける

──合図だ。下から手招く動作で合図するナマエを捉えてアレクサンドルは、預かっていたランチボックスの底から──用紙を一枚取り出す、

その薄っぺらい羊皮紙一枚を受け取ってナマエはロベスにはまだ見えないよう、背面の白紙を向けて巧言付け足す

「この国の魔法技術は。わたくしどものと比べ児戯に等しいロベス卿よかったですね?わたくしは優秀な魔法詠唱者マジック・キャスターであります」

テーブルまで歩んで戻り。おもむろに銀食器の匙をロベスの眼前で自在に形状変化させる

(匙が形を変えて──?)これは何だ、目の前の奇跡に瞳に光りを宿す。

違う魔法じゃない、スキルだ。その違いもわかってないこのご当主サマは、指摘してこない。呆れ心中でナマエは毒づく

<錬金術師アルケミスト>からなる上位職業クラス<製造者クリエイター>の固有スキル。

原子記号表にて判明して在る、その物質がなんの元素で構成されていて理解出来れば。ナマエは職業スキルで物質を、思い描いたイメージ通り。好きな道具に形を変化することができる。
趣味のアイテム作成、これが多岐に渡りユグドラシルに既存してなかった数多の独自開発オリジナル魔法道具マジックアイテムを作成、拠点の地下倉庫に貯蔵してある。

<商人あきんど>の職業クラス選択しているのと併用。商品としても売りさばき結果。莫大な富をたった一人で築き上げた。


簡単過ぎたのだ。ナマエにとって
都市最大の有権者ロベスに辿り着くのは


次なるステップ講座は又の楽しみに




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