024
やわらかい 体を包むマットレスの感触とあたたかい母の胸のなか 窓の外から小鳥のさえずりが耳を打ち、澄んだ空気と朝の陽のにおいでまだ寝ていられると、かすかに浮上した意識で目を閉じたまま抱きしめる母にすり寄る
フェリシアはっきりとした起き抜けで目を覚ます。
母を起こさぬよう シーツからそっとベットを抜け出して、ふかふかの絨毯の上で走っても足音を立てる心配はない。腕を上げ鍵を外しドアノブをまわす
昨日 住民たちの健康状態を看るのに、母とくたびれてしまい会えずじまい。おかえりなさいを言えなかった──その人がドア越しから、呼びにきてくれた ねむってなんかいられない
「ナマエっ!」
「おはようフェリシア」
幼児のフェリシアより少しだけ背が高い、スキルで少女の姿に変化したまま。同時に室内から起床したマシュロが飛んできて片手で受け止める
「海にいくぞ!」
そこがどんなところかわからない。でも楽しい ナマエと一緒に行けるならどこへだって面白いに決まっている!
わかったこと。
この世界でモンスターを討伐してもデータクリスタルがドロップしない──アンデッドを斃してもなんにも残らなかった ゲームじゃないってことが今更になって実感した。
さざめく小波の白い砂浜へ
まだ屋敷で誰も目覚めてない、活動をはじめる前の早朝に。約束した、フェリシアと遊ぶのをセトラさんも同行引っ張って海につれてきた
露出を極端に控えた水着に着替え。わき目も振らずに海へと駆け出すフェリシアにビックリした母親のセトラさんにはすっごくご迷惑をお掛けする。だが許してくれ私も楽しい!
最初 異変に気付いたのはアレクサンドルだった──魂とでも云おうか、主の不在 と なにかが本能に向かって告げたのだ。直ぐ様 急いでナマエの自室に飛び込もうとしたら
〜朝食には戻ります〜
書き残し扉の前に張り紙だけ。
とんずらかましやがった
「あッ〜〜〜〜の!ば」
罵声を止める。いや本当は心中で馬鹿野郎と叫んだ、昨日の今日で忠義を捧げる主に対して暴言浴びせるなど。以前だったら自己嫌悪の末 切腹物だった。
変わりつつある──
「ハァーァァァ‥‥‥‥」
どっか遠くに往っちまうのか。
そんな気がしてならない 苛立ち張り紙を無理矢理に剥がして握り潰し
「俺も変わっちまったよ大将」
主と云うより どうしようもねェ親だ
突然 起こされたと思ったら。果ての無い水平線の世界に誘われた──呆気にとられる前にフェリシアが走りだすものだから追って止めなくてはと、手を。ナマエによって組み引かれ
「さぁ」
澄み渡る水に足がもつれぬよう。
ゆっくりとナマエに引かれて岸辺へ歩む
「もしや海を知らなかった?」
「いえっ、あの私は‥あそこの都の出身です‥‥」
海上の水面に浮き輪の代用として沈まないマシュロに抱き付きながら水遊びするフェリシアを側に。セトラが指差す方向──王国西側最大都市リ・ロベル
「夫と出逢ったのも、」
「未練はありますか」
首を振る あそこには戻りたくない。
孤児ゆえ両親の顔も覚えてない。幼少時から下働きの日々 暴力を振るう雇い主 陰険でその癖上の者にはこびへつらう同僚 ひもじくしている孤児院の子たちにパン一つだけ買うにしても苦しい
「大丈夫」
はっと耳を疑った 夫と同じ 声が、なにをもってそんな事を言うのかわからなかった。でも手を握る力強さに気持ちがやわらぐ
外部の人間 誰にも発見に至らないよう。ここら一帯を魔法で不可視化 掛けておいた。そんなことも気付いてないだろう、貴女たち親子に一番初めにこの海を見て欲しかった
「立派にフェリシアを育ててるじゃないですか、よくがんばっていらっしゃる」
マシュロが今度はボールのように水面を跳ねて。おおはしゃぎするフェリシアが呼んでくる
ほんの少しだけ
羽目を外せる時間あってもいいだろ
ひとしきり。遊びほうけて今後は泳ぎをおぼえようとしているフェリシアを、ちょっと涙ぐんでた(?)セトラに任せてもらい。砂浜に戻る 数歩先の浜辺へ大きな日除け傘を立てた。毛に覆われる体を長椅子にもたれかかせる其の獣人
「やぁ暑くはない?」
「ええ。お陰様で──貴女のスライムはまっこと便利だ」
分裂して小サイズになってるマシュロに外気温度で体調崩さないよう体温調節を施している──老いた獅子の
獣人。
若かった頃はさぞ眩しくて黄金に輝いていたのだろう、豊かな鬣は今は撫で下ろして自然と色褪せ垂れている。
傍らにも設置したサイドテーブルから、置いてた
<無限の水差し>の飲み水をコップに注いで差し出す。
「ありがたい」
「いや すまないね。こんな朝早く連れ出して」
「いいんです、こんな穏やかな海を見られた。ほかの者たちに自慢できます」
ホントは
多頭水蛇いるんだけどね。私の気配にビビってるか、まだあの子も寝てるだろ
長椅子に体を預けている獅子の
獣人エルキー・コルビーは一つしかない長椅子、老衰した身の自分に譲ってくれた──主人が背を向け砂の浜地にじかに座り込む。気負わず会話続ける
「我々は夜が恐ろしかった」
「うん」
アンデッドが夜中を這い回る。倒しても倒しても湧いて出てきて終わりのない生存競争。生きるのを諦めかけた日もあった なにか此の御方がやり遂げたのだろう徘徊する死の気配がまったくもって欠片も無くなった。安心して夜を眠れる日が来ようとは
「同族はみな脱走兵‥‥‥戦争に疲れた、血を見ずに済むどこかへと。故郷を棄てたもののまぬけにも人間に捕まった」
「ベイから聞いた、ここから南下しアベリオン──険しい岩山を越えて来たと」
「ええ酷い故郷です、人間の国はもっとそれ以上非道かった」
受け取った水で喉を潤す うまい
「貴女がすべて壊してくださった くつわも、枷も、檻の格子も」
「なに。私も気にくわなかっただけだ」
視線先 ほんの少しだけ水中を泳げた、潜れるようになったフェリシアが嬉色満面で手を振ってくるのをおおきく手振りで返す。
「‥‥‥どうして皆して、私を様付けるんだろう」
「みな貴女が大事なのです。敬称はそれぞれ、感謝の表れだ‥‥なにも謙遜することはありません」
「じゃエルキーって呼び捨てでいい?」
「もちろん。カーンも恥ずかしがって貴女の名を呼べずにいる彼奴はまだ若い‥‥どうぞ鍛え抜いて下さい。わたしも貴女を呼びすてても?」
「いいともナマエでいいよ」
振り向き快活な笑みを浮かべる この方は自分の偉大さをわかっていない
そういう類の益荒男は居る。女だが。
太陽の如く陽炎を絶やさない此の御方を後押しするのがわたしたちの役目だ
「笑っていなさい──そうすればおのずと道は鮮明になる、どんなに困難でも我々がついていますぞ」
「その為にはまずご飯だな!」
勢いよくその場でひとっ飛び立ち上がり 海に向かって腕を伸ばすナマエはフェリシアたちを避けて<水流操作>で海水を宙に浮かばせて、水玉のなかに何十匹もの魚が姿を現す。
うんうん!アマノミカヅチよくやった!
雷撃魔法を得意とする
多頭水蛇に名前付けた。ついでに食糧の魚も食べるのほどほどにしとけと言っといてよかったー!
朝食の食材確保したナマエ──
配下に付けた
多頭水蛇の命名したその名前が どんな意味を持っていたのか知るには壮絶な道のりを歩んで往った先に持つ
だれも老いには勝てまいて
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