006


ナマエが魔法や特殊技術スキルで呼び出すモンスターは、ナマエの種族スキルによって通常のものより能力値ステータスが強化される。
ユグドラシルでは足止めにもならない雑魚として扱われていた所詮十五レベルモンスターであるが。
敢えてナマエは指を鳴らし魚人マーマンたちの装備している槍を消してしまう。
最初に魔法詠唱者マジック・キャスター──自分を斃すのが定石という最も基本戦略を行わなかった相手にもう武器を使うのすら億劫だ。

「あああっあッ有り得ない!」

ハルバー・ハドリューは目の前の未知なる脅威に身の毛がよだつ。自軍に低級モンスターを召喚したにも関わらず全員に幾つも強化魔法を付与するなど、一体どれほどの魔力を秘めているのか計り知れない。
指揮官の焦りは水面を波打つ波紋のよう部下どもに伝い、剣を構える姿勢すらままならず後ずさっている
──帝国の魔法詠唱者マジック・キャスター、ワーカー、六色聖典、とさえずりが聞こえるがどうでもいい

「どうした?怯えているのか金と名声が目の前に転がり込んで来たんだぞ」

短く悲鳴を上げハドリューは、震える手で手綱に縋る。武器持たざる敵側だが力量を見誤った──撤退の選択肢を選び、全力で後退する部下を盾にして。

「まさか殺すとほざいて自分が殺される覚悟はない、なんてことは有るまい」

自分が言った言葉の責任すら持てない屑に情すら失せる。
再度 視線の前へ腕を伸ばして、掌から魔法陣を展開するナマエに遂に膝から力無くし蹲り農具捨てる村人。

「いやだ、もうっこんな」
「許して!」
「神様」
「死にたくない!」

手駒が減ったのを断罪する時間すら惜しいそれにまだ盾は残っている、馬を叱咤させ手綱を引くと同時に

「おっぉお落ち着け!我らリ・エスティーゼ王こ

突如、金属音と風切りが甲高く響き渡る一瞬。本当に一瞬であった、誰もこの場で目を離す筈がない。しかし怒号するハドリューが崩れ落ちる

「手前ェ最初に名乗らなかったろ‥!恥を知れ」

体から発している高温の熱を憤怒として顕にするアレクサンドルが、蹴り放った体勢で片足立ちしている。

「‥‥はっ?」

一番傍で控えている近衛が、既に事切れたハドリューを眼に絶叫を上げる

「わああぁああああ!!」

蹴った。あの大男は目にも止まらぬ速さで地面に落ちてた柄がひしゃげた剣を、蹴り放ったのだ

額顔面から朱を噴き出させ だらりと仰向けに崩れ、馬に引きずられる指揮官の喪失に戦意残る兵士など皆無。

「では名も無き兵士諸君」

<旋回する水の矢スパイラル・アロー>

鬱蒼とする森の闇夜を照らしている唯一の光源。松明のすべてが鉄砲水でかき消され、完全なる黒の世界に放り出される

「さよなら」

鼓膜を震す手向たむけの挨拶を合図に

「突撃ィイイ!!」

闇のなかでも真昼の如く見通すことができる<闇視>ダーク・ビジョンを付与されているアクレサンドルと魚人マーマンたちが特攻駆ける。
降伏し這いつくばっている村人たちを飛び越えて、出撃突進するアレクサンドルに続き魚人マーマンが身を丸めて驚異的な跳躍力で自身を弾丸に代え、兵士目掛け頭部を粉砕する。

逃げ惑う兵士どもの悲鳴と肉と骨が砕ける音をただただ耳を塞ぎ顔を地面にこすり付けて、地獄が終わるのを願う村人たちへ歩み寄る。

<永続光>コンティニュアル・ライトの白い光源を生み出す宙に浮かぶ小さな球体を五つ魔法で創り、問いかける

「帰りたいか」

伏せていた身を勢いよく起こし なりふり構わずこいねが

「帰りたい!」
「家族のところに」
「うちにっ帰れるのか」

「では他の兵士に見つからないよう身を潜めているといい」

<集団転移魔法>マス・テレポーテーション

愚問を口にする前に村人全員を、脳裏に浮かべただろう故郷へと転移魔法で帰還させる。球体の四つを添えて

遠くの一掃してる喧騒は抜きにして。静寂を取り戻したナマエは一つ大きく息を吐き、背負っていた荷を下ろす感覚で肩の力を抜く

(何も感じなかった)

おそらく最初の渾身のドロップキックで瀕死の重傷を負わしたであろう兵士を傷付けて、自分に付き従う臣下たちに殺す命令を下した──だが人間たちをこの手で殺めたのに何の感情も湧かない。遊戯盤で戯れるチェスのよう駒を動かす時と同じ

(こんな冷静に考えられたっけ‥?)

両手を見つめて戸惑いを覚える。かつて現実世界でみょうじなまえだった頃に仕事で部下などおらず、理路整然と活路を見出し皆を引っ張るなんてリーダーシップ発揮したことなど一度もなかった。

(私は‥‥そうだ、私は)


ナマエ・エリクシールは


 ただ 助けたかった


ようやく危険を取り除いて、救えた親子へと振り返る。心労の連続で緊張の糸が切れた母は気絶しており、倒れてる彼女を庇いその小さな身体で守ろうとしているネコ耳娘。

ああ よかった 

安堵に胸を撫で下ろすナマエの周囲に、ざわめきと共に本能が警戒を鳴らす。

(何だ──?)

残る一つの<永続光>コンティニュアル・ライトの球体が黒い靄を判別させる。後ろでひっと悲鳴を上げる娘と気絶している母親を背に庇い、靄の正体の探る

視界に映る森一帯の地面から。また討伐して物言わぬ兵士らの遺体の周りからも湧き出てきている

(死霊レイスか、死体と村人たちの恐怖に引き寄せられた‥?)

ガラスを爪で引っ掻くような耳障りな音を鳴き声にして、靄は次第に一か所に集まり黒い塊の影から、朱とも蒼とも紫とも言えぬ濁った炎の揺らめきが灯る。
様々な鈍色を変える炎がぐるりと眼球の如き瞳孔がナマエの姿を映す

「おねえちゃん!!」

刹那にして影の塊から腕と呼べようか、骨の切っ先 鈍く銀光る剣がナマエの心の臓腑に突き刺さるこの世界では<突貫>と呼ばれる武技である。

救い人にまだ何も言えていない、とフェリシアは戦慄に身震いする

が背を向けてるナマエがかるく手を振っているのを目の当たり。

女性の身体特有の、最も柔いとされる乳房に着ている布シャツすら裂かれていない。左胸を正確に捉えていた筈の剣が確かな意志を持って動揺に身じろく

100Lvプレイヤーならば誰でも獲得できる──<上位物理無効化>データ量の少ない武器や低位のモンスターの攻撃による負傷を、完全に無効化する常時発動型特殊技術パッシブスキルこれが意味する答えは

ゆっくりとした緩慢な動作でナマエは小さな羽虫を払いのけるかのよう手首だけで空を払う

生じた衝撃破で剣諸共、影が破裂して四散する。歯軋る骨の擦れる音が消え失せていく靄がナマエに向かって吹き荒ぶ

ミ ヅ ゲ  ダ

かき消される風の流れに乗って鼓膜を打つ、しゃがれたかすれ声──靄の一欠けらも無くなったのを確認して。警戒に臨戦態勢で応じようとしていたのに呆気に取られてしまった。何だったんだ

──ナマエ様?
「ぉふうッ!?」

突然呼び声が頭のなかで響き、ビックリして飛び上がるも直観的にこれがカーリィナの言ってた<念話>テレパスと理解して。意識を集中させ召喚に応じてくれた魚人マーマンリーダーと心のなかで念話してみる

──どうされました!?まさか増援、
(いやいやうん大丈夫‥!こっちはもう平気。そちらの損害は)
──左様で御座いますか。こちらは損害ゼロ皆健在です‥‥ただ‥
(ただ?)

報告してもいいものか。リーダーの魚人マーマンが一瞬 口ごもり思案を巡らすも報せる

(アレクサンドル様が‥)
──あー皆まで言わんでも察しつくわー‥

あまりの戦力差で弱すぎた兵士どもに心底失望して、木に頭を預けて不貞腐れてるままいつまで経っても立ち直ろうとしないのである。だから息子が報告しに来なかったのか──ってあれ?

──アレクって<念話>テレパス使えたっけ?
(いえアレクサンドル様は我々水棲種族とは異なるので<伝言>メッセージが主たる連絡手段になります)

だよね?水中じゃ声が出ないから海洋生物に属する異形種選んでる、私やカーリィナと魚人マーマンたちにしか<念話>テレパス使えないっていうのに、異世界に飛ばされたときアレクの声が頭のなかで聞こえた?ような?

んー!今考えてもしょうがないっ
──魚人マーマン、君の名前はなんていうの?
(はっ‥‥?我々は種族名でしか認識されておらず、名などありません)
──そっかー‥じゃ帰ったら皆に名前付けよっと!テキトーに使えそうな装備品とか持って帰ってくれる?
(はっ‥!承知致しました!有り難き幸せに存じます!)
──あとアレクにも暇が出来たら手合せしようって伝えといてー
「マジでかァ!」

(‥‥聞こえてたようです?)

っんだそれ!あれか?息子だから?精神的なつながりで結ばれてる??ってうわーハズいわー最高に恥ずかしいわ!どうなってる運営!!ってもう運営関係ないっての‥‥

「じゃテキトーに帰ろうっか」

まだはしゃぐ息子の念話を強制的にぶった切って、でっかいため息を腹から思いっきり吐く。そして

「やぁ──君の名前は?」

やっと言葉を交わせる

「‥フェリシア‥‥」
「そっか。家においでよ美味しいご飯もあるしお母さんもゆっくり寝かせよう」

気絶したままの母親を抱き上げて、帰路につく

「おねえちゃん」
「んー?」


「ありがとう」


こちらこそ。




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