003


草原にして縦横700メートル四方の敷地の周りをぐるりと囲う鬱蒼とした深い森。緑豊かに生い茂る草地の中心部には巨木が立ち、天高く20メートルを超え、幹周も堂々たる太さを誇りナマエたち拠点のシンボルとなっている。
巨木の周りに自給自走で生活が営める農場。牛や鶏たちを放牧するのに十分な牛舎と仕切り、美しい泉に流れる水路、井戸。作物を育てる畑も土を耕して実を結んでいる。そしてNPCたち含め大人数でも共同で住めるように屋敷が建てられている。
拠点に住めることを許された者たちにしか入室できない、巨木の根元に施されている魔法の門へ回廊が地下に続きナマエの一等お気に入りの地底湖に、アイテム倉庫と精製する工房も設置されてある。

ユグドラシルではここは元々海域周辺に根を下ろしていた。地平線が森に阻まれ先の地がどんな形状であるのか見当が付かない。巨木の根元にて地上に立ち、始めて未知の世界を目の当たりにしたナマエは、傍らにアレクサンドルとカーリィナを侍らせ思案する。

草の匂いに風、星の夜空、土の地面を踏みしめる感覚はどれも本物。五感は正常

──っは!

最も重要な事柄に気づき
雷に打たれる衝撃

息つく間も惜しいかの素早さをもって真上に跳躍。

「ナマエ様!」
「おいおい、従者放っぽってドコ行くよ?」

突拍子もない主人の行動に、主旨を掴めないまま二人は後に続き巨木の天辺へ追って跳ぶ。

見事なまでに緑生い茂る巨木の枝まで跳躍して昇り立ったナマエは、自身の優れた身体能力に驚きつつも別の重要な事柄に神経が注がれる。手を伸ばし、夜の月明かりでも瑞々しい輝きを放っている──ひとつの林檎をもぎ取る。
つやつやとした光沢を目にし口のなかが唾液であふれ出すのを嚥下して喉を鳴らし。味覚を集中させる為 瞼を閉じ、手にする真っ赤な果実におそるおそるかぶりつく。

カシュ、と水分を豊富に含んだ新鮮な林檎が噛みしめられる音。

「どしたんでぇ?大将」
「突然どうなされたのですかっ」

追いついたアレクサンドルとカーリィナが同時に問いかける

ひとつ林檎を手にしたまま立って固まっているナマエが、俯いて肩を震わす

「──ははっ!あっはっはっはあ!」

すぐに顔を上げて嬉しさと歓喜に腹の底から笑いが湧いて止まらない。

「こんなっ、こんなに美味いものだったのか!ああ何で今まで味わえなかったクソ運営!何が電脳法クソセレブめ!ひとり占めしてっ毎日こんなん食べてマジリアルの方がムリゲーじゃねぇの!」

一度 口にしたら堰を切るよう林檎にかぶりつき、思いつく限り悪態をつく。
一心不乱に林檎を胃に収めてから はたと振り返り、疑問符が頭に浮かぶほどに不思議そうに己を見つめる愛しい子たちにも二つ林檎をもぎ取って投げ渡す。

「いや すまなかった。取り乱して‥それより食べてみろ。美味いから」

受け取った林檎を手にじぃっと見つめるカーリィナが、遠くの森へ視線を移して察知する

「侵入者です」

再び林檎を食べようとするナマエの手が止まり、意に介さず気にしないアレクサンドルは林檎を一口で頬ばる。緊張感ないのかコラ

確かカーリィナは拠点の防衛指揮官って設定していたな。未知の世界に転移したままでも拠点の周りを探知系の魔法を張り巡らせてたのか?ってことはスキルが使える?

おもむろに手を目線まであげてナマエは念じてみる

(お。出来た)

理想的美女の部類に入る自分の体が、爪先から腕のみ念じたところ異形種のそれに変化する。腕から徐々に全身へ姿を変えようと

「ぐふぅ!」

呼吸困難に陥り、直ぐに人の体に戻る。

(ダメじゃーんっ!エラか?エラ呼吸だと酸素呼吸できないって訳か!)

今後の課題だな。木には一発で飛んで上れたけど力とかはゲームのまま強いって考えていいものか

──試すにはもってこいのタイミング

「どっちの方向」
「西から。一名何か抱えて逃げているところを二十七名が追ってこちらへ接近しています。足取りの遅さからして人間」

迷いなく指差して詳細を説くカーリィナに感嘆の声を漏らす。

(美人さんで優秀な部下ってロマンだよねー)

ふと視界の端で、そわそわと体を揺らして逸る気持ちを抑えられないキラキラした瞳で待機してるアレクサンドルと目が合う。

「あー‥‥一緒に来る?」
「応!」

散歩──じゃ、なくってね?一瞬でっかい犬の姿が見えたような気がしたが忘れよう。

(戦うのが好きって設定しちゃったっけなー。まんまクエスト好きな私と似てるわー)

丹精込めて育てた子が表情豊かに動いているというのはハンパなくむずがゆい。長い月日連れ添った相棒を連れていくのが決定したところで

「カーリィナはここで防衛に徹しててくれ、それと同時に他の子たちも無事か確かめておいて、くれる‥かな?」

あれ?これって普通に命令して大丈夫か

「畏まりました。<念話>テレパスを開いておりますので、いつでもご命令下さい」
「(セーフ!)あっあと‥一個だけ」
「はっ何なりと」

行儀よくお辞儀の体勢を保ち指示を待つカーリィナに向かい、少し照れて頬をかき

「カーリィナって‥コックの職業もってたよね」
「はい。僭越ながら料理人──コックの職業レベルを最大値まで収めております」
「えっとそれで、手があいた時にでもいいんだけど‥‥アップルパイってやつ、が食べたい‥です」
「畏まりました。ではご帰還に間に合いますようお作り致しております」

天からの祝福が如くナマエの頭上に晩鐘が鳴り響く。

うおおお生きてて良かったあ!!

既に勝利を手にした拳を頭上高く上げる。

「えぇ〜大将ばっか狡ィじゃん」
「貴方はそこいらの雑草でも咀嚼してなさい愚鈍牛」

天にも昇る歓喜に、心の中でむせび泣くナマエに背後で従者同士の不穏な会話は耳に入らなかった。

「じゃ初クエスト!行くとしますかっ」

はしゃぐ童心を抑えきれず勢いよく巨木から飛び立つ

「いってらっしゃいませ」

一人その場で見送り、一目散に凄まじい速力で森へと姿を消して往かれた主人の──先刻頬を赤らめ、自分にお願いする愛くるしい表情を決して忘れず記憶に留めることを誓うカーリィナ。ときめく鼓動うっとりと顔を緩める

「あぁナマエ様‥‥私の天使」

主人の手ずから賜ったこの林檎は永久にこのままの姿で保存致しましょう。

愛しい我が子を抱き締めるかのように頬で撫で、昏い瞳を映しているのはまだ誰も知り得ない


そういやテレパスってどう使うん?




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