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8

「…だから、俺は腹をくくれと言った」
戒斗さんが静かに言う。
「十夜は、ここまで君を想っているんだよ、陽太君。君は…」
「俺は…!」
戒斗さんの声を遮り、砂條さんから薬を奪うように受けとる。
「生きて欲しい…!例え、俺が好きじゃなくても…!!俺を忘れたとしても…!!」
一つ目の袋を開け、錠剤を取り出す。
「飲んで!十夜さん、お願いだから、飲んで…!!」
「……ぃ、や…」
無理矢理口にいれようとしても、十夜さんは瀕死な状態にも関わらず、必死になって口を閉じ、拒む。それに苛立ちさえ感じる。
「頼むから、飲んでよ!十夜さん、飲んで!!」
「ゃ…め、て…」
「何で?!何でだよ、十夜さん!生きてくれよ!!」
「こわ、い……」
その一言に、俺は思わずぴたりと動きを止めた。錠剤がベットに落ちる。だって…怖いもの知らずなはずの十夜さんが、怖いって…
「よ…た…わす…れ…おも…なぃ、の……こ、わぃ……」
「……」
「きみ…好き、な…まま…ひと…して……しに…た、い……」


『陽太』を想う『人』として、死にたい……


その言葉に、また熱いものが込み上げる。この人の深い愛を知り、俺はこの人を更に愛しく思う。
でもね、十夜さん…
「…俺、十夜さんと生きたいよ」
これは紛れもない、本心。誰にも譲れない俺の願い。
悲しそうな表情を向ける十夜さんににっこり微笑む。
「大丈夫。感情が分からなくなったら、俺が教えてあげる。十夜さんが俺を忘れたら、また俺と新しい記憶を作ろう。だから…」
溢れ出る涙を拭うのを忘れ、一言。


「生きて」


その一言を聞くと、十夜さんは一旦目を瞑った後、目を細めて笑った。それを見て、俺も安心させるように微笑む。
二組目の錠剤を口に含み、いつの間にか水の入ったコップを持っていた戒斗さんからそれを受け取り、口に含む。顔を近づけ、触れる間際、確かに聞こえた。
「愛、してる…」
開いた口に触れると、口の中に入れた薬を一気に口移した。飲み込んだのを確かめると、俺は口を離した。


きっと、これが最初で最後の俺と『十夜さん』の口付け。




それからずっと、俺は十夜さんから離れなかった。トイレとシャワーは十夜さんの部屋のものを使ったが、それ以外はずっと十夜さんが眠るベットの傍にいた。食事は心配した砂條さんがしてくれた(とても破壊的な味覚音痴とは思えない、と言うと味見は他の人に任せている、との事)。だけど、十夜さんがいつ起きてもいいように、ほとんどそこから動かない。
多分、三日くらいかかって症状は収まった。だけど、そこからはずっと寝ている十夜さん。このまま起きなかったら、と思わなくもないが、それでも離れるつもりはない。
チームには、戒斗さんが連絡している。どう話をしているか分からないが、問題ないらしい。砂條さん曰く、戒斗さんは本来『万屋』らしい。そっちの世界ではすご過ぎて有名だそうだ。今回『運び屋』をしたのは、十夜さんからの多額の報酬と、死んだ時、自分の死体を研究材料にする契約、そして、俺への想いと覚悟。二つ目を聞いた時は激怒したが、最後のを聞いた時はまた泣きそうになった。戒斗さんも断るつもりだったが、最後のを聞いて依頼を聞く気になったらしい。
「陽太君…少し、ちゃんと寝ようよ」
「…ちゃんと、寝てますよ」
「ベットに突っ伏して寝るのは、ちゃんと寝たとは言わないよ?」
砂條さんが困ったように笑うのが聞こえるが、俺は早く十夜さんの声を聞きたい。十夜さん以外…どうでもいい。
症状が収まってきてから、何日経っただろう?この薄暗い部屋にいるせいか、それとも十夜さんが寝てあまりにも長いせいか、分からない。
「……ぅ」
「……え?」
一瞬、幻聴かと思った。だけど、砂條さんを見ると目を見開いている。俺は恐る恐る声のした方を見た。
「…ん……」
幻聴なんかじゃない!確かに十夜さんの声だ!!
「十夜さん!」
十夜さんがうっすらと目を開く。それが嬉しくて、俺は十夜さんの顔を覗きこむ。
「十夜さん!分かる?!俺だよ、陽太だよ…!」
感極まって、そう言うが、次の瞬間、
「……いやーっ!」
いきなり叫ばれた。十夜さんは今まで寝ていたというのに、どこにそんな力があるのか、暴れだし、俺を拒絶する。
「と、十夜さん…?」
「いやーっ!止めて!!来ないで来ないで!!やだやだやだやだやだやだやだーっ!」
困惑する俺に、十夜さんはひたすら暴れ、俺を拒絶する。
「……まさか?!」
訳が分からない俺を見て、砂條さんが動く。
「おい、十夜!俺だ!!律だ!お前同様、人体実験されていた!!」
「知らない知らない!とおやもりつも知らない!!お願いだから、来ないで来ないで来ないでーっ!」
それを聞いて、砂條さんは愕然とする。
「……最悪だ」
「どういう事ですか、砂條さん?!」
「…こいつ、多分、人体実験されていた時の十夜だ」
「…どういう、事、ですか?」
なんとか、それだけ吐き出す。
「俺も十夜も、助けられてから、名前が出来たんだ!人体実験されている時は、皆、名前なんてなかった!!だって、いつ死ぬかもしれないモルモットに名前なんかつける奴、いないだろ?!」
砂條さんは頭を抱え、悲痛な叫びをあげる。
「…なんでだよ!?なんで、一番酷い時の記憶しかないんだよ!これなら、記憶が全部ない方がマシだ!!」
その言葉に、頭が真っ白になる。
「…じゃ、俺、のこと…」
「分かるわけないだろ!一緒に人体実験されていた俺でさえ、こいつは分からないんだから!!むしろ、体がでかいってだけで、こいつにとっては恐怖の対象だ!」
砂條さんの言葉に、俺の体が崩れる。
うそ、だろ…?そんなんじゃ…そんなんじゃ、俺…俺……


十夜さんに愛情を教えるどころか、近付くのも出来ない…


「どうした?!何があった?!」
「…さい、あく……」
部屋の近くにいたのか、戒斗さんが駆け寄る。だけど、俺はそれしか言えない。
「陽太君?!おい、しっかりしろ!」
「最悪っすよ、戒斗さん…本当に、最悪…」
「しっかりしろ、陽太君!何が最悪なんだ?!」
「…十夜の記憶が、人体実験されていた時のものしかありません。俺を見ても、駄目です」
「何だと?!」
ただただ最悪、としか言わない俺を見かねたのか、砂條さんが事情を話す。戒斗さんの登場に、更に十夜さんの悲鳴が響く。
「いやいやいやいやいやいやーっ!止めて止めて止めて止めて!!お願いだから、来ないで来ないで来ないでーっ!」
「十夜…さん……」
「助けて助けて助けて助けて!誰か、助けてー!!」
「…何?」
茫然自失する俺の傍らで、悲鳴を聞いた戒斗さんが反応する。
「おい、律!十夜をこっち向かせろ!!」
「は?何言ってるんですか、あんた?!」
突然の戒斗さんの言葉に、俺も砂條さんも呆気にとられる。だが、戒斗さんは、
「いいから!陽太君はしっかりしろ!!しゃんとして、十夜の方を向け!」
「あでででで!いてぇよ、戒斗さん!!」
と言って、俺の体を力ずくで十夜さんの方に向ける。砂條さんも悲鳴をあげる十夜さんの体を掴み、顔を俺の方に向ける。
「いやいやいやいやいやいやーっ!助けて助けて助けて助けて!!誰か、助けてー!」
「見ろ、十夜!こっちを見るんだ!!」
「いやーっ!誰か、助け……!!」
十夜さんの悲鳴がぴたりと止む。それと同時に暴れなくなる。俺は目を離さない。
十夜さんがこちらを見ている。黒い瞳は確かに恐怖があるが、しっかりとこちらを見ている。何がどうなっている、と思って、戒斗さんの方を向くと、携帯の光が。
「お、ひ…さま……?」
恐る恐る腕が伸ばされる。そんな十夜さんの様子に砂條さんはそっと離れる。
「おひ、さま…?」
恐る恐る、十夜さんが近付く。俺は驚きながらも、十夜さんに近付く。
「…お日様?赤い、から…お日様、だよね……?」
日の出を見に行った時の十夜さんと同じ言葉。それに驚きながら、俺は更に近付く。
「…僕が見たのは、赤くなかった」
鼻先と鼻先が触れる位近付くと、そんな言葉が聞こえる。その言葉に止まると、十夜さんは俺の前髪に混じっている金色のメッシュに触れる。
「ただ赤いんじゃなくて、この色が混じった色だと思った…」
そう言うと、にっこり笑って、


「君と見た太陽は、そうだったよね……陽太君」


「……十夜さん!」
感極まった俺は、十夜さんの痩せ細った体を抱き締め、触れるだけの口付けをする。十夜さんは幸せそうに微笑む。
涙が次から次へと溢れる。十夜さんの瞳からも涙がポロポロと溢れる。
愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい……こんなにも心満たされ、大切な人は初めてだ。
「十夜さん…十夜さん、十夜さん」
「陽太君、陽太君…ありがとう。僕を助けてくれてありがとう」
胸が熱くなり、ただただ十夜さんを抱き締めることしか出来ない。十夜さんも俺の頬に顔を擦り付け、泣きながらお礼を言う。それに俺は頭を振る。
「お礼を言うのはこっちだよ、十夜さん。俺を思い出してくれて、ありがとう。目覚めてくれて、ありがとう。凄く…嬉しい…」
そう言うと、今度は十夜さんが頭を振る。そして、俺の赤い髪に触れる。
「…陽太君は凄いね。暗い暗い所にいた僕を一気に助けちゃうんだから…やっぱ、陽太君はお日様なんだね」
微笑みながらそう言うと、顔を近づけ、
「ありがとう…僕の『太陽』」
そう言って、口付けしてくれた。


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