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夜の月と太陽

その人と出会ったのは、綺麗な三日月の夜だった。
きっとそれは夜の月から俺達に贈られた、最高のプレゼント。



夜の月と太陽



「お?」
それを見つけたのは、本当に偶然だった。
今日も今日とて、総長とその恋人であるシンさんのラブラブな送迎をこっそり見守り、さあアジトに帰って寝るか、と、道を歩いていたら、明かりがついている店が。何回か、こっそり総長達の羨まし…いや、微笑ましい送迎の後をつけていた俺だったが、こんな所に店があるのは初めて知った。しかも、今は集会の後。結構な時間だ。こんな時間に開いている店なんざ、コンビニくらいしか俺は知らない。興味を持った俺は、早速その店に向かう。
店は、まるで小さなデザイナー会社みたいにお洒落だが、あまり窓がなかった。しかし、遠くからでもそれが店だと分かったのは、外観の優しい明かりと入り口らしい所にある『ふるふる』と書かれた看板のお陰だ。変な店だ、と思いながら、俺は珍しい三枚扉の引き戸を引いた。
「こんばんは」
扉を引くと、優しくて心地よい声に出迎えられた。視線の先には、ひょろっとした黒髪の青年。よく言えば素朴、悪く言えば地味。にこにこ笑いながら、俺を見つめている。
「いらっしゃい。『ふるふる』に、ようこそ。夜食に甘いものでも欲しくなったのかな?」
にこにこカウンター越しに声をかけられ、内心俺は驚いた。俺は赤い髪に金色のメッシュをいれて、目には赤いカラコンまでしている。チームでは下っ端だけど、喧嘩だって強い方だと思うし、体格もいいと思う。まぁ簡単に言うと…見た目からして、完璧に俺は不良なんだよね。
なのに、この兄ちゃん、全然顔色変えない。むしろ、機嫌良さそうに、にこにこ笑っている。シンさんも、総長とくっつくまで、迎えに来た俺を見ただけで怖がっていたのに。いや、あれは総長のせいもあるんだろうけど。
「なぁ」
「ん?」
「あんた、俺が怖くないの?」
「え?なんで?」
「いや、なんでって…」
俺、明らかに不良じゃん。なのに、この兄ちゃん、首を傾げるも、すぐに笑って、
「だって、この時間、色んな人来るし」
「は?どゆこと?」
今度は俺が首を傾げる。すると、この兄ちゃん、笑いながら、
「だから、この時間、色んな人が来るんだよ。引きこもりや病んでる子も来れば、君みたいな不良も来るし、ホストとかホステスとかも来れば、やくざとか極道とかも来るし」
と、あっさり言ってのけた。その台詞に俺の方が驚く。
え?何、そのバリエーション?引きこもりから、極道とかって…どっから、ツッコめばいいの?
軽く頭を抱えると、兄ちゃんは笑いながら答える。
「まあ、こんな時間にやっている店だもん。コンビニに行けない人達が来るのは当たり前だよ」
「俺、軽くパニクってんだけど…?」
「どんな人でも、ここではお客様。お客様をもてなすのは店として当たり前だよ。そんな人達の為にここはあるんだしね」
頭を抱える俺に兄ちゃんはそう言う。
「ところで、君は何を買いに来たの?残念ながら、今日は前半に結構お客様がいらっしゃって、商品が少ないんだけど…?」
その声で、俺は本来の目的を思い出す。そうだ、俺はこんな時間にやっている店が珍しくて来たんじゃないか。抱えていた頭を上げて、若干下にある顔を見て尋ねる。
「そういや、ここ、何の店だ?」
「え?知らないで来たの?」
「こんな時間にやっているマトモそうな店が珍しいから、俺は入ったんだ」
「う〜ん、何と言われても…」
とん、とカウンターを人差し指で指しながら、兄ちゃんは答える。
「24時間営業のお菓子屋さん、かな?」
その声に俺は指差されたカウンターを見た。というか、カウンターと思っていたショーケースを見た。
ガラスの向こうに少しだけある洋菓子。よく分からないけど、なんか旨そうだ。「あー…んじゃ、これ二つ…」
「ありがとうございます」
俺が頼んだのは、数少ない商品の中でキラキラ輝いているように見えた、葡萄のゼリー。なんか、これ見たら、総長とシンさん思い浮かべたんだよね。総長に、シンさんとどうですかー?って、渡すつもり。そう考えて、思わず苦笑する。
なんだかんだいいつつ、俺、総長とシンさんのカップル、好きなんだよね…色々あって、くっついた人達だから。特にシンさんには、殴ったり庇いきれなかったり、色々あるから。罪悪感というか、罪滅ぼしというか…
「あ、そうだ。これ、賞味期限長い?」
「うん、長いけど…プレゼントなの?」
「あぁ、うん。特別な人達にあげたいんだ」
「へぇ、そうなんだ」
そういうと、パティシエの兄ちゃんはショーケースをあけて、クッキーの入った袋を俺に差し出す。
「はい」
「は?」
「大切な人に贈り物をする良い子に、特別プレゼント」
「いや、それ、商品だろ?あんたが怒られるんじゃ…?」
「優しいね、君は」
俺の言葉に、パティシエの兄ちゃんは嬉しそうににこにこ笑う。それに俺は戸惑う。
俺は全然優しくなんかない。シンさんに対してだって、最初は体のいい玩具みたいに殴ったりしたし、怒鳴ったりした。
「優しくなんかねぇよ、俺は…不良だし」
「不良かどうかなんて、些細なことだよ。本当に優しくない人は人に贈り物なんて贈らないよ」


だから、優しいよ。


その言葉が、素直に胸に入って、不覚にも目の前の人物を見た。
優しい笑顔。なんか、最初の笑顔と違うような…?そう、慈しむって感じ。
「…変わってんな、あんた」
「まあ、色んなお客様見ているからね。人を見る目はそこそこあるとは自負しているよ」
「そこそこ自負してんのかよ」
思わず笑いながら、クッキーを受け取る。目の前の人物もくすり、と笑う。俺がクッキーを受け取ると、パティシエの兄ちゃんは葡萄のぜりーを丁寧に梱包し、袋にいれた後、俺に差し出した。
「受け取った方が喜ぶといいね」
そんな言葉を添えて。ありきたりだけど、なんか心がほっこりしながら、俺は商品を受け取る。
「なんか、あんた面白いな。良かったら、名前、教えてくれよ」
俺がそう言うと、一瞬目を見開いて俺を見た後、パティシエの兄ちゃんは答える。
「十夜。月城十夜。こう見えて、28歳だよ?」
「え!あんた、一回りも年上なの?」
正直、驚いた。年上だとは思っていたが…まさか、二十代後半とは…
驚いたのは向こうも同じらしく、漆黒の瞳を大きくして、驚いている。
「あれ?君、もしかして、16歳?」
「ん、まぁ…」
「あらら。意外と差があったんだねぇ…」
年取ったなぁ、なんて苦笑している。だけど、そんな顔もあんまり年を感じさせない。いい所、大学生くらいにしか見えない。
「あ、俺、陽太ってんだ」
「陽太君かぁ…僕と正反対な名前だね」
あはは、なんて笑いながら、パティシエこと、十夜さんは呟く。
いや、満更そうでもないんだけどね。ただ、俺、名字嫌いだから。
名前しか名乗らないのに、何にも言わない十夜さん。そんな十夜さんに甘えて、俺は名前しか名乗らない。
「ま、あんまり夜遅くまで起きていると、体に良くないからね。ほどほどにね、陽太君」
「あぁ、これから帰って寝るつもり」
「あれ?プレゼントは?」
「明日渡す」
「それがいいね」
笑いながら、そう言う十夜さん。十夜さんと話すのは楽しいけど、さすがに眠くなってきた。
「んじゃ。クッキーありがとうな、十夜さん」
「いえいえ、どう致しまして。プレゼント、喜んで貰えるといいね」
「あぁ」
そう言いながら、引き戸を開ける。
「また、おいで」
呟くような声にハッとして振り替える。そこには、ショーケース越しに寂しそうに笑っている十夜さん。それを降りきるように引き戸の方を見る。
「…また、来る」
それだけ言って、店を出た。
だから、俺は知らない。店を出ていった俺を、十夜さんが一瞬驚いた後、蕩けるような優しくて嬉しそうな笑顔を浮かべて見送ったなんて。
「あー…」
夜道を歩きながら、俺は頭をかく。完全にあれ、客をリピートさせる戦略だってのに、なんで「また来る」なんて、言ってんだよ。見事に引っ掛かったよ、俺。
「…まあ、これも貰ったしなぁ」
そういって、クッキーが入った袋を取り出す。
透明な袋に『ふるふる』と書かれた可愛らしいシール。口は赤いリボンで巻かれていて、裏には材料とか書かれたシールが。
俺はリボンをほどき、口を開いて、クッキーを一つ手に取る。三日月の形。空を見上げれば、同じ形の月が浮かんでいる。
クッキーを一つ口に入れる。サクサクしていて、甘さも控え目で丁度いい。
「…いい店、見つけたかも」
俺はクッキーと同じ形の月を見上げながら呟いた。



それから、俺は『ふるふる』によく行くようになった。思いの外、葡萄のゼリーが総長とシンさんに好評で、買いに行くようになったのだ。しかも、俺が貰ったクッキーもなんだかんだでチームの人達に食べられて、チームの人達にも好評だ。今まで総長は自らスイーツの店に行って、シンさんにプレゼントしていたが、俺は『ふるふる』の居場所を総長に教えなかった。チームの人達にも誰一人として教えなかった。
嫌だったんだ。『ふるふる』を誰かに教えるのは。十夜さんと話す時間は穏やかで楽しくて、なんか癒し系というか…とにかく、『ふるふる』で十夜さんと会う時間は、俺にとって凄くいい時間になった。
「こんばんは、十夜さん」
「こんばんは、陽太君。また、こんな時間に出歩いて…危ないよ?」
「俺、不良っすよ?しかも、チームに入っているんですから。喧嘩だって、結構強いんですよ?」
「でも、下っ端なんだよね?御愁傷様」
くすくす笑いながら、会う度、こんな会話をしている。他の奴に言われたら腹立つ言葉だけど、なんか十夜さんは腹が立たない。それはきっと十夜さんの纏う雰囲気と優しい笑顔のお陰だ。
「さて、今日は何にする?チームのメンバーなら、今日はガーリックラスクがオススメだし、いつもの総長さんと可愛い恋人さんなら、カロリー控え目なスイーツを用意してあるよ?」
「今日は何ですか?」
「今日はロールケーキ。砂糖の代わりにメイプルシロップ使ったり、フルーツを沢山いれたりしているよ?」
何回か来ているので、十夜さんも俺のチームの事や総長とシンさんの事を知っている。総長とシンさんの事をうっかり話した時は、気持ち悪いと思われるかもしれないと思ったが、その辺は平気で「素敵な恋人さん達だね」と言った。あんまり甘々だから、俺達がうんざりしていると言ったら「総長さん、ちょっと周りを見た方がいいんじゃないかな?」と困ったように笑っていた。
「んじゃ、今日は両方ください」
「毎回思うけど、そんなに買って、大丈夫なの?」
「十夜さんのお菓子、皆に好評なんですよ。だから、皆、俺に買ってこいって、金を預けてくれるんです」
「一応、確認するけど、横領は…」
「していませんって。釣り銭なんかは、次に行った時用に『ふるふる貯金箱』なんてあるんですから」
商品を梱包する十夜さんに笑いながら答える。
こんな事言っているけど、十夜さんは本気じゃないって分かっている。だって、優しい目で笑っているから。自惚れかもしれないけど、多分、十夜さんも俺を嫌いじゃないはずだ。じゃなきゃ、こんな風に相手しない。


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