「My Sweet Honey, My Sweet Whiteday」
「My Sweet Honey, My Sweet Whiteday」
降り注ぐ春の朝日を顔に受け、俺の意識は覚醒に向かう。
― 今日はホワイトデーだ。
やっと手に入れた愛しい、愛しい、紫音の笑顔が横にある。
その可愛い顔を見て、もう一度この胸に抱こうと、半覚醒のまま俺
は自分の寝ている隣に手を伸ばす。
手に触れたのは―――冷えきったシーツだけ……
「しおん…ちゃん……」
返事がないことに、一気に頭は覚醒し、俺はベッドの上にガバっと起き上がった。
起き上がり、慌ててリビングに飛び込むが―――愛しい紫音の姿は何処にも見当たらない。
「しおん…ちゃん…」
俺の呟きが、冷えたリビングに響いた。
「……ハァ…ハァ…」
俺はひたすら走っていた。春の暖かくなりだした日差しの中走っているため、汗が額から落ちてくる。だけどそれを拭うこともせずにひたすら駅を目指した。
……やっぱり…ちがっていたんだ……俺みたいなの…からかっていただけなんだ!!……
ホームまで走って、来た電車に飛び乗った。朝早い休日のため人はほとんど乗っていない。
昨日来る時にキラキラ見えた景色が、今はもう色がない。そしてだんだん、その景色が、涙で歪んでいった。
――――
梨音に触発されて、一緒にバレンタインデーのチョコを作って渡したのが先月。いつもの優しい笑顔で「ありがとう、とっても嬉しいよ。」って受け取って、抱き締めてくれた。
学年末テストも終わり、ほっと一息ついた3月上旬。終了式までの一時帰宅期間が始まる日に、先輩から「お返しをしたいから」とお家に誘ってもらった。晴海先輩のお家は、都内のマンションで、家族はお父さんとお母さん。お父さんは今海外に単身赴任中で、お母さんもバリバリ働いていると聞いた。
先輩のお母さんが仕事でこの週末出張が入ったため、家で二人、ゆっくりホワイトデーをお祝いしようと言われた。
りーちゃんと滝内先輩も二人でお祝いするよって聞いて、俺も安心して先輩のお誘いに乗ったんだ。
すっごく嬉しかった。家を行き来するようなお友達も今まであんまりいなかったし、
何より先輩と二人で、先輩のお家で過ごせるのが楽しみで、テストも頑張れた。
昨日の朝、滝内先輩がリーちゃんを家まで迎えに来てくれて、少しして、先輩も俺を迎えに来てくれた。
二人で色々な事をお話しながら電車に乗って先輩のお家まで行ったんだ。
先輩のお家は大きなマンションで、高層階だった。窓から見える景色がとても綺麗で、かじりついて見ていたら、先輩が今はこっちだよ、と言って頬っぺたにキスしてくれた。
色々あって、お互いに気持ちを確かめ合って、お付き合いするようになって、当然そういう関係にもなっている。だけど恥かしい、と思う気持ちは何時までもなくならない。
そんな俺を先輩は抱き締めて、いつも大事に、優しくキスしてくれる。
それからは二人で色々なお話をしたり、DVDを見たり、あっという間に時間が過ぎた。
夕飯は先輩が作ってくれたビーフシチュー。とっても、とっても美味しくて、リーちゃんみたいにお料理が上手な先輩がとってもとっても格好良く見えた。
そして、夜。
もう何度もそういう事をしているけど、慣れない俺を優しく、優しく抱いてくれた。先輩の香りがするベッドで、先輩の笑顔を見て、とっても幸せな眠りについた。
「んぅ・・・」
カーテンから早朝の日差しが差し込んでいる。時計を見ると、休日にはちょっと早い朝だ。
先輩はまだ寝息を立てて寝ている。普段は寮生活だし、俺は外では今まで通りを通しているから、朝まで一緒にいた事はほとんどない。
だから寝ている先輩を見るのはとっても貴重な事だ。
改めてその寝顔を見て、…本当に綺麗な人だな…と思った。俺みたいなのが隣にいていいのかな…学校でも先輩の色々な噂が耳に入ってきていた。
…ダメダメ…「ちゃんと自信を持たないと失礼だよ!!」ってりーちゃんにいるも怒られてるでしょ!!それに会う度に「紫音ちゃん可愛い、紫音ちゃん大好き。」って言ってくれるもん…ダメダメ…
弱気になる自分を自分で怒って、もう一度先輩の寝顔を見る。髪の毛が少し顔に掛かっていた。
手を伸ばし、先輩の髪に触れた時…
「ん…ぅ…たつ…や…ちゃんと布団かけろよ…」
「えっ……?」
先輩が寝言のように言う。
「…こっちこいよ…ほら…風邪引くぞ……たつ…くぅ…」
そうして、眩しそうに窓側から顔を背け、もう一度先輩は眠りに入った。
"たつや"って…だれ……
自分の体が震えるのが分かった。
俺は"たつや"を知っている。
"たつや"は…学校のアイドルの一人、伊藤達哉……先輩と噂のあった一人だ……小さくて、色白で、可愛いくて…りーちゃんほどじゃないけど、十分可愛い子だ。
そう「可愛い子」。
そして先輩は「可愛い子が好き」……
「やっぱり」という気持ちと「うそだよね」という両方の気持ちが沸き起こってくる。体が震えて止まらない。
…あんなに先輩…優しくしてくれたのに……
視界がグニャリと歪んで、自分の頬を熱い何かが落ちてくる。
もうここに居たくなくて、たまらなくなって、床に落ちた服を掴み、そっと、音を立てないように、先輩の部屋を出た。
―――――
紫音ちゃんの携帯に何度もかけたけど、何度かけても出ない。
…何があったんだ……自分で出て行ったのか?……それとも…何かあったのか?…
邪魔して悪いと思ったけど、克也に電話する。「ふざけんな!梨音に連絡なんて入ってねぇぞ!出て行ったんだろ!二度とかけてくるな!!」と案の定邪魔した事を怒鳴り散らされて終った。
勝手にいなくなった…ってどういう事?俺なんかした?
だってそうだろ、昨日えっちして、眠るまで全然いつもの可愛い紫音ちゃんだった。はにかみながら、一生懸命俺に話しかけてきて、すげぇ可愛いと思った。
俺も甘やかしたくて、いつも以上に優しくしたつもりだ。
今朝も同じように俺の腕の中で笑って起きてくれると思ってた。
…なんでだよ!!俺何したんだよ!!思い出せ!思い出せ!!
頭をグシャグシャやりながら、タバコに火をつける。
その時、俺の携帯が鳴る。 俺はひったくるようにテーブルの上の携帯を取り、着信を見た。「二見さん?」不思議に思いながらも通話ボタンを押す。
『おはよう、晴海。お前約束破ったな。子猫ちゃん泣かせたべ。つー訳で俺が貰うぞ。』
「は?何言ってんすか!!マジ意味分かんないすよ!!」
『分かんねーならそれでもいいわ。とにかく俺、今から子猫ちゃん落とすから。大人のテクなめんなよ。』
「は?は?紫音ちゃんそこにいるんすか!!!店ですか?何処ですか?」
『んー…お前と俺のよしみだから、場所は教えてやるよ。店に居る。んじゃちゃんとお前に断ったからな。これから速攻紫音ちゃん落とすからな。』
「…っざっけんな……直ぐ行くから!!何かしたら二見さんでも許さねぇっ!!!」
こんな失礼な態度、出会って始めてとったけど、今はそれどころじゃない!!
ものの1分で出掛ける用意して、バイクに飛び乗った。
「Closed」と出ている店の扉を思いっきり開けて、中に飛び込む。
最初に目に入ったのは、カウンターに座る紫音ちゃん。
「紫音ちゃん!!!」
飛び込んで来た俺の方を見る紫音ちゃん。いつも真っ直ぐ俺を見てくるのに、今はチラっとこちらを見て、その後目を泳がすように合わせない。
一瞬見た目は真っ赤で、頬は擦ったように赤い。
泣いたんだ……紫音ちゃん泣いてたんだ……
「紫音ちゃん!!!」
呼びながらいつもの通り、紫音ちゃんに手を伸ばしたら、ビクッと明らかに肩が揺れて、怯えられた。
「落ち着けって、晴海。」
カウンターの奥から銜えタバコの二見さんが出てくる。
「二見さん!紫音ちゃんに何したんすかっ!!」
俺は礼儀も何もなく二見さんに食って掛かる。だってそうだろう、紫音ちゃんは二見さんのお気に入りだ。俺が来るまでの間に何かあったに違いない!!
「お前ね…」、はぁ、と溜息をつきながら二見さんが口火を切る。
「何かしたのはお前だろ!大事なヤツ泣かせて、朝の駅で一人にしていたの誰だよ!!テメェが文句言えるなら言ってみろ!!!」
俺達の先輩だけあって、二見さんの啖呵は堂に入っている。でもそれ以上にその内容に俺はびっくりした。
えっ…紫音ちゃん……一人で泣いていたの?……
俺達二人のやり取りを見ていたであろう紫音ちゃんの方を見ると、慌てて俺から目を逸らす。
「ちゃんと二人で話せよ。お前が何か誤解させるような事したんだろ。」 しっかりしろよ!と怒られ、二人で奥の部屋を使うように言われた。ほぼ貫徹状況の二見さんは、
スペアあるからいいぞ、戸締りちゃんとしておけよ、と言って店の鍵を渡してくれた。ついでに、本気でこれ以上泣かすなら、俺がガチで貰うとも宣言された。
「しおん…ちゃん…」
店の奥のソファーに腰をかける紫音ちゃんの前に、膝を付いて目線を合わせた。相変わらず、こちらを見てくれない。
「俺さ…何か酷いことした?」
ビクッと肩を竦ませて、震えだす目の前の愛しい子。
手を伸ばして、膝の上で手を握り締めている紫音ちゃんの手の甲を触ろうとするも、更に怯えられる。
「俺の事…嫌いになった?…」
泣き出したのであろう、目元からポタポタ涙が落ちているけど、首を横に振って否定してくる。
「俺とのさ…えっち…嫌だった?…」 俺は精一杯甘やかしたつもりだったけど、何か嫌な事を強いたのだろうか…
再度首を横に振って否定される。
「紫音ちゃん…言ってくれないと…俺分からないよ…」
ヒクッヒクッと紫音ちゃんが声を上げて泣き出した。どうしよう…柄にもなくちょっとビビってるよ。
「俺さ、紫音ちゃんのこと大好きだよ。愛しているよ。だから…何かしたのならちゃんと謝りたい。許してくれるまで…」
「うそつき!!」
嗚咽を上げながら泣いていた紫音ちゃんが叫ぶように言う。
「うそつき!うそつき!うそつき!!…ふぇぇ…ん…」
涙でグチャグチャの顔を上げて、声を上げて泣き出した。
「ちょ、ちょっと紫音ちゃん、うそって何?…うそなんて俺ついてないじゃん!」
そうだよ!何で俺の気持ちまで疑われるの??!!ちょっとあり得ないよ!!
「うそだもん!全部うそだもん!…だってぇ…先輩が好きなの俺だけじゃないもん!…ぇック…」
は?何だそれ?意味が分からない。
それから真っ白になりながらも、必死でなだめて、話しかけて、時間をかけてなんとか聞き出した事。
《紫音ちゃん的思考》
起き抜けに俺が"たつや"と呟いた → やっぱり自分だけとこういう事しているわけじゃないんだ → 学校のアイドルの伊藤達哉ともしているんだ →やっぱり先輩は自分の事が好きじゃないんだ。
今朝の自分をぶん殴りたい…
「あのね、紫音ちゃん、説明させてくれる?」
ヒックヒクッと未だに嗚咽を漏らしながらも、なんとかこちらに顔を向けさせ俺は説明を始めた。
「"たつや"は竜也。俺の母方の従兄弟だよ。」
「……」
疑わしい目で見られているけど、真実だからしょうがない。
そう、"たつや"は竜也。今中学2年生。ただ今絶賛不良化中だ。お互いに一人っ子という事もあり、また竜也の母親がシングルマザーだったせいもあり、俺達は小さい頃から兄弟のように育った。
兄貴分の俺がヤンキー街道まっしぐらでここまで来て、何らかの影響を与えたのだろう。何時かの自分を見ているような気持ちだった。特に竜也には心を許せる人が少ない。
俺には克也や、二見さん、チームの連中といった仲間がいるが、竜也には今のところいない。学校が休みになったり、親と喧嘩すると、遠いのに俺のところにもぐりこんで来る。
他の連中には許していないスペースまで竜也を入れていたのは事実だ。だって、どんなに孤独を好んでも、人には絶対に心が許せる人が必要だと思うから。
キャラじゃないよね…と思いながらも俺は言葉を繋いだ。
「昨日の朝まで泊まりに来ていたんだよ。うちのお袋に俺の予定聞いて。だから寝ぼけて一瞬竜也がいると思ったのかも。それでも紫音ちゃんには酷い事だよね。ゴメンね。他のヤツの名前ベッドで聞いたら嫌だったよね。」
「…本当?…に…ただの従兄弟?…」
「うん、本当。でも紫音ちゃんとお祝いするから、ちゃんと昨日の朝までって言って聞かせていたし、駅まで送って帰したよ。」
「…俺が来たの…迷惑…でしたか?」
今度は自分が親戚の間に割って入ったのかと心配しだす。 ああ、もう何でこんな事言うの!この子!!
「なんで迷惑なの?ちゃんと竜也にも説明したし、分かっているよ。」
「本当に?…」 おずおずと俺の方を見て、涙でクチャクチャの顔を向けながら聞いてくる。
やっと顔が見ることが出来て、嬉しくて胸に抱き込めば、「良かった…先輩に他に好きな人がいたらどうしようって思った。」と言って更に強く抱きついてきた。
震える背中に手を回し、強く抱き締める。体の震えが俺に伝えてきた。
ああ、この子は不安だったんだ。普段他の人に見せられない分、その不安を自分の中に溜めてしまうんだ。
「可愛い子が好き」そう言って最初の頃この子を傷つけたのは自分だ。他にも酷いことを沢山沢山言った。
どれだけ愛を囁いても、あの頃に付いた傷がまだ癒えないんだ。ゴメンね、紫音ちゃん。ゴメンね。もう傷つけないよ。
君が笑ってくれるなら何だって出来るよ。
「大好きで、可愛い俺の紫音ちゃん、俺の部屋でもう一度ホワイトデーのお祝いしない?」
胸に顔をうずめる紫音に呼びかけると、コクンと頷く。全てが愛おしいと思う。これからはどんなことがあっても笑わせていたいし、泣く事があっても必ず俺に言えるようにもっともっと甘やかしたい。
ねぇ、俺の紫音ちゃん。俺の愛しい人。君は喜んでくれるかな?君はまた俺に笑ってくれるかな?俺、君が来るのがすごいすごい楽しみでいっぱいプレゼント用意したんだよ。
にゃん子ちゃんのぬいぐるみや、マグカップ。それと、君のこの綺麗な鎖骨を飾るシルバーリングがヘッドになったペンダントが部屋で君を待っているよ、そう言ったら喜んでくれるかな?
ねぇ、My Sweet Honey、大好きだよ、愛しているよ。
いつもいつも笑っていてよ。僕の可愛い子ちゃん。
Fin
―――――
絢さま、素敵なお話ありがとうございます!読みながらに『はるみいいいいいい!』と思わず叫んでしまいそうになりました(^_^;)なんてやつだ!紫音ちゃんを泣かせやがって!でも溺愛ヘタレなので許す!(笑)
最後の一文…、紫音へのプレゼントをめいっぱい用意している晴海に萌えました…orz
どっちもかわいいなちきしょう。
この度は企画にご参加いただきまして本当にありがとうございました!これからもはるうららをどうぞよろしくお願いいたします!
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