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2

その日の晩、兄様から電話があった。内容は今度のコンクールの事。僕は兄様からの電話が嬉しくてうきうきしながら電話に出たんだけど、内容を聞いて浮いていた気持ちが一気に沈んでしまった。

『すまないな、春乃。コンクールの日、小暮と出かけることになったんだ』

なんでも、小暮さんのお姉さんが遊園地のチケットを譲ってくれたらしく、小暮さんが兄様に行かないかと誘ったらしい。
きっと兄様は僕のコンクールの事をまだ小暮さんには言ってなかったんだろう。小暮さんはわざとそんな日に誘うような人じゃない。

久しぶりのデートなんだ、と申し訳なさそうに言う兄様に、ぐっと言葉を飲み込む。兄様は生徒会長で、とても忙しい。小暮さんとは学校でいつも一緒だけど、二人でゆっくり出かけることがあまりできないとぼやいていた。

兄様の邪魔はしたくない。兄様が小暮さんをどれだけ大事に思っているか知っている。

「…いいよ、兄様。コンクールはこれだけじゃないし、小暮さんと楽しんできて。僕だってもう15才だよ?大丈夫、心の中で応援しててよ」

笑いながら言うと、兄様は心底ほっとしたように「ありがとう、がんばれよ」と言って電話を切った。
切れてしまった携帯を片手に、しばらくぼんやりと空を見つめる。

…よかった。笑って、いいよって言えた…。

大丈夫。僕は大丈夫。よし、と気合を入れてコンクールのための練習をしようと立ち上がると、廊下に一颯がいた。

「兄貴、無理なんだって?」
「なんで知ってるの?」
「俺に電話があったから。一人だけでも行ってやってくれって」

兄様、心配性なんだから。自分が行けないのを気にして一颯に頼んだんだな。別にいいのに。

「どうしよっかな〜?春乃ちゃんがどうしてもってお願いするなら行ってやってもいいけど〜?」

頭の後ろで手を組みながらにやにち笑う一颯をじろりと睨む。

「いいよ。お前ピアノとか嫌いでしょ。会場でイビキかかれても僕が恥かくだけだし」
「かかねえよ!てか恥ってなんだよ!」

そのままの意味だけど、と冷めた口調で言うと珍しく一颯が表情を無くした。

「…お前ほんとむかつく。もういいし。あ〜あ、鉄二みたいなかわいい弟ならよかったのになー!お前みたいなクソなまいきな弟いらねえよ!」
「お前にかわいいなんて思われなくて結構。僕もバカな兄はいらないね」

一颯が投げつけた言葉に同じく棘のある言葉で返すと、一颯はぎっと僕を睨みつけてくるりと背中を向けて足音を大きく立てながら部屋に戻り、ばたん!と壊れんばかりの勢いで扉を閉めた。

僕ははあ、とため息を一つついて練習場に向かった。



その次の日、廊下で一颯とその友人がたむろしているところを通りかかる。昨日の言い合いを引きずっているのか、一颯はいつもなら僕に声を掛けてくるんだけどその日は僕を無視した。こちらから声を掛けることもないので僕も無視して通り過ぎると、後ろから一颯の友人が一颯に声を掛けるのが聞こえた。

「なになに、どしたの一颯。はるのん行っちゃうよ〜?」
「いいんだよ。あんな奴知るか」
「うわ!珍しい。兄弟げんか?にしししし」

その声を聞きながら僕は振り返ることなく先に進んだ。


「やあ、春乃君」

放課後、掃除を終えてゴミ捨てに向かうと運の悪いことに委員長とばったり出会ってしまった。無言でぺこりと頭を下げて取りすぎようとすると前を塞がれる。

「…どいてくれませんか。」
「ふふ、いやに強気だねえ。いや、君が強気なのはいつもの事だけど。ねえ、春乃君。いつになったら君は僕を受け入れてくれるんだい?君を犯したくて犯したくて仕方ないよ。今度のコンクールまで待てない…」

こちらに伸ばしてきた手を思い切りたたき落としてやると委員長はひどくゆがんだ顔で僕を見つめた。

「…知ってるんだよ、春乃君。君、今日一颯君に無視されてるんだろう。…いつも君を庇っていたけど、ほんとは一颯君はキミの事が大嫌いなはずだ。だって、君たちのお母様が死んだのはキミのせいなんだから」

委員長の言葉にびくりと体が反応した。僕の一瞬の反応を見逃さなかったんだろう、委員長がますます顔を歪めて話を続ける。

「一颯君だけじゃないさ、君のお父様もお兄様もきっと君を嫌いだよ。だって、君のお母様はキミを産み落とした後に亡くなってしまったんだからね?君さえ生まなければ、お母様は生きていたかもしれないんだ。一颯君もきっとそんな君をいい加減うっとおしくなって今日無視してるんだよ。大事な大事なお母様を、奥様を殺しておきながらいつもえらそうに強がってのうのうと生活してる、そんな君が家族に愛されるわけなんかないだろう」

黙って話を聞いている僕の頬に、舌なめずりをして委員長が触れる。

「…僕は違うよ、春乃君。どんな君でも愛してあげる。家族に愛されない分、僕がうんとうんと愛してあげるから。だから大人しく僕の物になりなよ。ね…?」

頬に手を添えたままだんだんと近づいてくる委員長。その歪んだ顔が目の前に迫ったその時、後ろから声がした。


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