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7

部屋の前に来て、ひどく緊張する。付き合っているときには当たり前のように訪れていたその部屋に、堤がやってくるのはいつぶりだろうか。息を一つ吐いて、意を決してインターホンを鳴らす。

ぴんぽーん…

もう一度、ぴんぽーん…。

幾度ならしても返事のないインターホンに、留守ではないのかと踵を返そうとして踏みとどまる。あの副隊長の根岸という男はひどくきっちりとしていた男だった。つまり、相田は本当にここにいて聞こえているのかいないのかそれだけなのだ。


恐る恐るドアノブに手を掛けると、鍵はかかっていなかった。ゆっくりと回し、扉をそっと開けて中を覗き込む。

そして目に飛び込んできた景色に堤は目を見開いた。

靴は余計なものは一足も出ておらず、その玄関にはフローラルな香りが漂っている。確か、あの人は掃除が苦手でこんなまともな玄関ではなかった。きちんとしているように見えて、意外に大雑把でめんどくさがりだった。いつも堤がどれだけ片づけても、次から次へと何やら荷物を取り出しては散らかしていた。

それが、いまはどうだろうか。

玄関だけではない。目に見えるだけの範囲でも、自分が付き合っていた時とは比べ物にならないほど片付いている。


…ああ、セフレがいるんだっけ。そいつらがやってくれてるのか。


副隊長の根岸が、
『知る義務がある』
と言ったのはそういうことか。
ふ、と自嘲気味な笑いが漏れ、もう用はないとばかりに玄関から出ようとした瞬間。


―――――バタン!


大きな音がして驚いて振り返る。あれは、何かが倒れた音だ。慌ててリビングに駆け上がり、ソファの間に伸びる足に息が止まりそうになった。

「――――相田様!」

素早く駆け寄り、上半身を抱き上げる。うつ伏せだった顔をこちらに向けた時、その色の悪さに息を飲んだ。
体だって、異様に細く軽い。どうしたっていうんだろうか。

うろたえてとりあえずベッドに、と抱え上げようとした堤の頬に、細い指が添えられた。

「…これは、幻覚で、しょうか…。私の、大事な人が、私を抱えてくれているなんて…」
「相田様、」
「幻覚でもいい。あなたが…、恭平が、私のそばに来てくれた…。」

朦朧としてにこりと微笑むその笑顔は、堤が幸せな時期にいつも向けられていた笑顔で。そんなはずない、と思いながらも勘違いをしてしまいそうになった。


「…恭平…。今まで、本当に、すみませんでした…。私は、自分がいかにあなたに、甘えていたかを知りました…。友美を…、白河君を光だなんて、思い込んであなたにひどい仕打ちばかりを…」


うつろな目で、夢の中で呟くように独り言のように謝罪の言葉を口に出す。それは、堤にとって思いもかけない言葉で、堤は素直に受け取ることができない。

「…そんなの…、便利な人間がいなくなって、困っただけじゃ…」
「そう思われるのも、仕方がないこと、です…。それだけのことを、私はしました…。恭平がいなくなって、とても困って…。自分で、恭平が今までしてくれていたことを全てしよう、と、決めたんです。それで、恭平が、どれだけ私に尽くしてくれていたのか、私を愛してくれていたのか、気づくことができました。」

自分を見つめるその目が、うつろながらに愛しい、と訴える。

「仕事だって、頑張ろうと。今更、と思われるかもしれませんが…、私は、恭平がしてくれていたことを全部全部自分でやって…、謝罪をしたかったんです。そして、改めて…、これだけできるようになったからと…、もう、負担ばかりをかけないからと、
―――――愛してるから、傍にいて欲しいと、懇願するつもりだったんです…。」


頬に添えた細い指が輪郭をなぞり、相田を支える腕の一つを力なく取った。


「恭平…、愛してる。今まで、ひどいことばかりして、ごめ…」
「――――相田様!」

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