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5

書類を片手に廊下を歩いていると、向こうの方から一人歩いてくる堤を見つけた。その姿に、相田の胸がどくんと高鳴る。向こうも自分に気が付いたらしく、一瞬目を大きくしてからあの冷めた目に戻り、相田に向かって軽く頭を下げて通り過ぎようとした。

「、なん、でしょうか。」
「あ…、」

堤に怪訝な目を向けられて、初めて自分が通り過ぎようとした堤の腕を無意識につかんでいたことに気が付く。だがそれに気づいたところで、相田はその手を離せなかった。

「…聞きたいことが、あるんです。」
「…なんでしょうか。」

堤にじっと見つめられ、相田はどくどくと心臓がうるさく鳴っていた。黒いガラスのようなその目に、自分の姿が写っている。

「その…、生徒会室に、先ほど行っていたんですが…。…資料などがどこにあるか…」
「ああ、そうですね。またどこに何があるかお教えしますよ、今がいいですか?」
「ち、ちがいます!そうじゃなくて…!」

また部屋の時と同じか、と堤が提案したことに相田が激しく首を振る。それに堤が首を傾げた。そうじゃない、とはどういうことなのだろうか。次の言葉を待つ堤に、相田が覚悟を決めたように口を開いた。

「…今のあなたと、私と付き合っていた時のあなた。どちらが本当のあなたなんですか。今までのあなたは、本当のあなたではなかったんでしょうか…。」

泣きそうに眉を下げて問いかける相田に、堤は考え込むように顎に手をやった。自分と付き合っているときの堤と、今の堤。そのあまりの違いに、相田は大人しく従順だった時の堤は作り物だったのかと思った。とすると、堤は本当の自分を見せてくれていなかったのだろうか。
そう考えると、それがとても悲しかったのだ。

「…どちらも、本当の俺です。」
「…っ、なら、なら、どうして…!」
「あなたとお付き合いしているときの自分は、あなたのために、あなたの喜ぶ顔が見たくて苦も無くそれが好きでやっていました。誰だって、好きな人のためになにかしてあげたい、と思うのが普通でしょう?あなたは、学園の副会長で。人より仕事も多く、時間もない。そんなあなたが、せめて快適に過ごせるように、少しでも休むことができるように、仕事もスムーズに進めることができるようにしたかったんです。」

あなたの、幸せそうな笑顔を見るだけで、幸せでした。

そういうと、堤は無表情だったその目を少し、ほんの少し悲しそうに伏せた。泣くんじゃないか。そう思った次の瞬間には、またあの時のように冷たい、感情のない目をしていたけれど。

「…今は…?」
「恋人で無くなった今、何の権利もない俺があなたのために何かしてあげる義理はないでしょう?あなたは、白河に頼むべきです。…失礼します。」

きっぱりと言い切られ、相田は愕然とした。
頭を下げて去っていく堤の背中を見送ることしかできない。

『相田様』

花がほころぶように、優しく自分に笑みを向ける堤を思いだす。ああ、あんなにも、愛していたはずなのに。その笑顔を見るだけで、疲れなど取れてしまうほどに。


書類を提出したあと、生徒会室に戻り無言のまま書記とともに仕事を片付けてゆく。今更ながらに、こんなに溜め込んで自分は今まで何をしていたのだろうかと考える。

「恭平、このデータですが…」

書類に必要なデータを出さなければ、と振り返り、しんとした室内に動きを止める。

『はい、すぐに出しますね。』

…そうか。今まで、自分が手際よく仕事ができていたのは。

『少し休憩されませんか。お茶をいれてきますね。』

疲れを残さず、やりきれていたのは。

「…っ、」

両手で、自分の顔を覆い椅子に座ったままがくりとうなだれる。
今まで、自分は何を見てきていたのだろうか。傍にいた彼の笑顔を、ずっとずっと見ていたいと思ったのは確かだったのに。

白河は、甘えるのがうまかった。自分で何かしようとはするものの、ドジでよく失敗していた。『大丈夫』と言いながら、助けを求める甘えた目に手を差し伸べたくなった。

それは、全て堤に求めていたもの。

何でもそつなくこなし、自分を頼ることのない堤。こんなふうに甘えてくれたら。こんな風に、頼ってくれたら。白河の行動を、全て堤が自分にしてくれたら、と考えた。いつのまにか、白河は堤との間に現れるようになって。次第に堤との会話よりも白河との会話が多くなり。自分と白河を残して片づけをする堤に、『どうしてそんなもの置いておいて自分の傍に来ないんだろう。』と考えていたのだ。

そう思ううちに、勘違いをした。白河こそが、理想の恋人だと。自分に甘える、自分を頼る、かわいい恋人に違いない、と。

どうしてそんな勘違いができたんだろう。どうして、堤の行動のをきちんと理解してやらなかったんだろう。

堤が、白河の様に頼らなかったのは全て自分の為。自分は、やるだけやってもらっておいて、それが全て当たり前のように甘受していたのだ。白河と二人にされた時だって、自分のそばにいて欲しいなら、堤の近くに行って手伝えばよかったのだ。自分のために動いていた堤に、してもらうことだけを受け入れ自分から何も返さなかった。感謝や尊敬の念を抱かなければいけないはずの恋人に、別れを告げた。


自分は、堤に何を言っただろうか。
何をしただろうか。

『白河といると心が安らぐ』?
『友達を利用する最低な人間』?
愛しているとささやいたその口で、堤以外を光だと言い、堤を糾弾し。一方的に振っておいて、捨てた彼の目の前で堂々と白河を口説き、甘やかし、白河とともに訪れた彼の部屋で当たり前に彼の用意する物を口にし、用事を全て押し付けた。


最低なのは自分だ。


今、冷静に考えると自分がどれほど身勝手でおこがましい人間だったのかがよくわかる。
自責の念で、胸が押しつぶされそうに痛い。あの、花のような笑顔を消したのは自分なのだ。

「ふく、かいちょ…」

項垂れる相田の肩に、そっと書記が手を置いた。顔を覆っていた両手を離し、その涙に濡れた顔を向けると書記はポケットからハンカチを出し相田の頬をごしごしと擦る。

「ふくかいちょ、気付いた?なら、大丈夫。おれも、一緒。…おれ、もっかい、あいつにごめんねってする。だから、がんばる。ふくかいちょは?」

相田の涙を拭きながら、書記もその目からぽろぽろと涙をこぼしていた。

同じ、だ。

書記は、自分と同じ立場の相田を、一生懸命励ましてくれている。自分と、同じ。相田は自分の袖でごしごしと目を擦り、大きく深呼吸をして書記をしっかりと見据えた。


「気付きました。ありがとうございます。私も…、がんばります」



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