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近づくにつれ、その人物像がはっきりとしてくる。
どうやら少年のようだ。うずくまっているのではっきりとはわからないが、大きさからいって14、5才くらいだろうか。
少年は近づく野々宮に気付くことなく泣き続けている。
「おい」
野々宮が声をかけると、少年はびくりと体を跳ねさせ驚いて顔を上げた。
緩くウェーブのかかった金の髪に、サファイアのような青い瞳。
天使のような少年は、その愛らしい顔に痛々しい青あざを作っており、口元に血がにじんでいた。
よく見ると、着ているものもぼろぼろでそこらじゅうに擦り傷があるようだった。野々宮は日本にいる孤児の兄弟たちを思い出した。
「…おいで。大丈夫、何もしないから」
優しく微笑み手を伸ばすと、怯えた目をした少年はおずおずと野々宮の手を取り立ち上がった。一歩歩こうとしてがくんと倒れそうになる。
「おっと」
野々宮は慌てて少年の体を支えた。…細い…
そのまま野々宮は少年を抱き上げ、アパートの自室へと向かった。急に抱き上げられた少年はひどく驚いた顔をしたが、暴れることはせず大人しく抱かれていた。
自室に戻り、電気をつけてリビングのソファに座らせてやる。明るいところで見る少年の体はひどくやせ細り、明らかに暴行を受けた跡があった。
…暴漢にでも襲われたのだろうか。それとも…
野々宮は救急箱を持って、おどおどとソファの上で縮こまる少年の隣に腰を下ろした。
「大丈夫、怖がらないで。今から君の手当てをするよ、いいかな?」
優しく問いかける野々宮に、少年は無言でこくりと頷いた。
野々宮はそんな少年の頭を一度撫で、服を脱がして黙々と手当を始めた。
「これでよしっと。」
手当が終わり、救急箱のふたを閉めて立ち上がりキッチンへと向かう。野々宮はココアを入れ、手当を受け大人しくソファに座る少年に差し出した。
「ココア飲める?」
野々宮の問いかけにこくりと小さく頷く。恐る恐るコップに一口付ける。
「…あ、りがと…」
ゆっくり飲み込むと少年は初めて野々宮に向かって礼を言い声を出した。初めて聞く少年のその声は、鈴のように涼やかでひどく透き通って聞こえた。
「どういたしまして。きれいな声だね。」
そう言うと少年は恥ずかしそうにはにかんでまた一口ココアに口を付けた。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「…エドワード」
少年は当初のおびえた様子はなく、素直に自分の名を答えた。
「じゃあ、エド。…聞いてもいいかな?どうしてあんなところにいたの?もし誰かに襲われたなら、警察に言わないと。君のうちはどこだい?ご両親は?」
エドは両親、と野々宮が口にした途端その体をびくりと硬直させた。
「…パパとママは、いない。僕、ひとりぼっち。施設にいたんだけど、先生に、怒られて…」
エドワードはそこまで話すと突然ぽろぽろと涙を流し始めた。
「ぼ、僕が、悪い子だから、お仕置きだ、って。ご、ごめんなさいって、言っても、許してくれなくて。何回も、叩かれて、は、裸にされて、せ、先生、先生が、僕を、僕を…。…それで、それで…」
がたがたと震えながら話す少年を、野々宮は話を遮るようにぎゅうと抱きしめた。
「…いい。エド、話さなくていい。君は悪くない。悪い子なんかじゃない。怖かったね。大丈夫、大丈夫だよ。今は休みな。誰も君を傷つけないから…」
優しく背中を撫でると、エドは野々宮にしがみつきながら延々と泣き続けた。
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