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夏の海は危険がいっぱい

「お兄さん、かき氷2…つ…」
「…かき氷、ですね?」
「や、やっぱりいいです!」
「あ…」

顔を若干青くしてさささと足早に去る男。注文を聞こうとしたその手を2の形のまま中途半端に上げて佇んでいると後ろからばしんと背中をたたかれた。

「こら、しー坊!あんたは中でいいって言っただろ!」
「ご、ごめんなさい…」
「ああほら、怒ったんじゃないから。頑張ってお客さん取ろうとしてくれたのはわかってるからね。さ、あっちが忙しそうだよ。いっといで」
「は、はい」

カラカラと豪快に笑う女将さんに言われてちょっと顔を赤くしながら中に戻ると、晴海がにこにこと笑いながら手招きをしてくれた。


ここは海の家。
晴海、紫音、克也、梨音。

四人組、絶賛バイト中である。


「海…だと…!?」

始まりは、二日前。夏休み、紫音と梨音の実家にふたりの母である梨亜から晩御飯はどうかとお呼ばれをした二人が、食後に談話中夏休みの予定を訊ねられて答えたことからだった。
二人は、毎年夏に晴海の実家の親戚が営んでいる海の家でバイトをしている。それに行くと話した時に、紫音がしゅんとしたのだ。
晴海がそれを見て、『人手が足りないそうなんだけど、行きたい?』と紫音に問うたのだ。

「行っても、いいの?邪魔にならない?」

自分がしゅんとしたせいで、晴海が無理を言ってくれているのではないかと不安がる紫音に晴海はにこりと微笑んだ。

「うん、紫音ちゃんさえよければ。今年はバイトが捕まらなくてすごく困ってるって言ってたんだ。だから、俺たち覚悟しろって言われてたんだけど。もし紫音ちゃんが手伝ってくれるなら、すごく助かるんだよね。もちろん、お仕事だけどちゃんと自由時間もくれるからまったく遊べないわけじゃないよ。最後の日にはね、花火大会もあるんだ。
でも、一週間だから、その…」

ちらり、と向かいに座る目つきの悪い人物を見るとそれだけで殺されるんじゃないかというような視線を送られた。

「うみ…うみ、海だと…!」

持っているガラスのコップを割りそうに握りしめるのは言わずもがな紫堂だ。ぷるぷる震えて、だん!とコップをテーブルに叩きつけると同時に飛びかからん勢いで身を乗り出した。

「だめだめだめだ!うみ!海だと!?そんなとこにうちのかわいいしーたんを連れてってみろ!あっというまに肉食獣がうようよ集まってくるぞ!」
「いや…どっちかっつうとこいつの方が肉食獣に見られるんじゃ…」
「んだとコラそこのケチャップ頭俺の紫音をなめんなよ!」

ぼそりと克也が呟いた言葉はしっかり紫堂の耳に届いていたらしい。がるると唸られ口を閉ざす。

「ほらみろ、この肉体美を!この美しい体を晒してほっとく輩がいるとでも思ってんのか!」
「わあ!」


そのまま紫音の座るソファーの後ろに移動した紫堂は、後ろから手を伸ばすと徐に紫音のシャツをがばりと胸の上までめくり上げた。

割れた腹筋に、大きな胸筋。現れた見事に引き締まった肉体に梨音はうらやましそうに指をくわえ、克也はうっと息を詰まらせ、晴海は真っ赤になって目をむいた。

「そらみろ!このたれ目チャラ男め!やらしい目でしーたんを見やがって!お前みたいなやつが海にはどれだけ…っていてえ!」

花柄の小さなお盆でばしん、と紫堂の頭を梨亜がはたく。叩かれた頭を押さえるのに両手を紫堂が離すと紫音は慌てて真っ赤になりながらシャツを下げた。

「パパ、みんなの前でシャツをめくるだなんてしーちゃんが恥ずかしいでしょう!」

梨亜に怒られ、紫堂は真っ赤になって涙を浮かべる紫音に慌てて抱きついた。

「わああ!しーたん、ごめんごめん!たれ目コラ!てめえも謝れ!」
「…ごめんね、紫音ちゃん…」

なんて理不尽な、とは思いつつもしっかりとやらしい目で見てしまった自覚のある晴海は素直に謝罪をした。向かいでは梨音が
『しーちゃんのおなか、いつ見てもかっこいいなあ』
などとうらやましく思っており、克也は
『あの体は反則だろ…どう考えてもあれ見て絡もうなんて奴はいねえよ…』
などと、自分も割れてはいるが遥かに逞しさの違う腹をそっと撫でて同じ男として悔しい思いをしていた。

「いいじゃない、パパ。どうせ明後日からは私たちは海外だから梨音と紫音は学校に戻る予定だったんでしょう?ならもう少し夏休みを満喫してから戻ってもいいんじゃないかしら。」

パパはこのお休み、二人に梨音と紫音をなかなか会わせなかったんだし?

そう言ってにこりと笑われると紫堂はぐううとうなり声をあげた。

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