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純一のクリスマス

ホテルのガラス張りの窓から夜景を見下ろし、1人ワイングラスを傾ける。
もうどれくらいの時間が過ぎただろうか。ルームサービスで頼んだアイスバケツの氷も半分溶けかけている。あと数分で日付も変わり、イブの夜は過ぎるだろう。


ふ、とため息にも似た自嘲の笑みをこぼし、グラスを一気に傾けた。


『明日の夜…ですか?』


電話越しに聞こえる声がやや緊張を帯びて震えているのがわかる。
数週間前にイブは一緒に過ごせると連絡をもらい、純一は良樹に内緒で部屋を取った。
それを、昨日の夜待ち合わせの確認の電話のときに突然話したのだ。

「…何があっても、私があなたを愛していると言う事実は変わりませんから。」

そう言うと、受話器ごしに息をのむ様子がうかがえた。その反応からして、どういう意味の言葉かわかったのだろう。

恐らく相手はそのつもりではないはずだ。イブに会って、たわいのない話をしてお酒を交わして、甘い雰囲気のままささいな幸せを胸にじゃあまた、と次の逢瀬までのしばしの別れをするつもりだったに違いない。いつもそうだから。

我ながら、強引な手に出たなとは思う。元々ノーマルな良樹をいつまでも待つと言ったのは自分だ。だが、純一はこのイブにもう一歩前へ出たかった。幸せに寄り添う恋人たちを幾人も目にし、欲がでてしまったのかもしれない。良樹に愛されているという確信が欲しくなった。

良樹が自分を好いてくれているのはわかる。だが、その先にどうしても踏み込めない。
ノーマルな良樹をこちらへ引きずり込んではいけないという思いと、愛するからこそ一つになりたいという思い。純一はこのイブに賭にでた。

もし、来てくれなければ、もう愛を返してもらいたいと言う自分勝手な欲望は一切切り捨てる。亡くした奥様を、その忘れ形見である三人の子供たちを愛しているからこそ愛した人なのだ。自分への愛などいらない。ただ、自分が愛そう。

純一は空になったグラスにワインを注ぎ、また窓から見える夜景を1人静かに眺めた。


「…負け、か」


時刻は午前一時。イブの夜はとうに過ぎてしまった。今日は社員のために残業はなしにして七時には仕事を全て切り上げる段取りだと言っていた。この時間に現れないと言うことは、それが答えなのだろう。

この一杯が空になったら、もう寝よう。きっと眠れはしないだろうけれど。

純一がそう決めて、グラスを飲み干したと同時に部屋のベルが鳴らされた。思わずグラスを落としかけたが、慌てて持ち直してテーブルに置いて高まる鼓動を抑えつつ、部屋のドアへと向かう。



扉を開けた瞬間、思い切り腕を引かれ抱きしめられた。そのまま部屋の中へ押し込まれ、その背後でバタンと扉が閉まり後ろ手に鍵が閉められる。

「よし…、んっ!?」

純一が相手の名を呼ぼうとした瞬間に口づけられ、そのまま抱き上げられて寝室へと投げ入れられた。

「よ、良樹さ…」

ベッドに押し倒され、困惑した顔で自分にのし掛かる良樹を見上げた純一はその顔を見て驚いた。


良樹は、泣いていたのだ。



「…良樹さん…」

純一はそっとその頬に触れる。良樹を泣かせてしまった。自分のせいだ。自分の醜い欲のせいで、この人を追いつめてしまった。

そんなつもりではなかった。ただ、愛する人に愛されてみたかった。

純一とて今まで全く経験がないわけではない。だが、本気で愛し愛された相手はいないのだ。


純一は高校時代、一度だけ恋をした。自分の性癖を理解していた純一は同性愛に偏見のない全寮制の男子校に通っていた。そこで出会った人。先輩だった。とても優しく、明るい笑顔にときめきを感じた。淡い淡い、初恋。
だが、純一はその想いを告げるつもりなどなかった。その時の純一は、今のような性格と容姿ではなかった。にきびだらけで前髪を伸ばし、めがねをかけやぼったい地味な生徒だった。大人しい地味な純一は、周りの華やかな生徒たちによくいじめられた。

その中で、唯一自分に優しくしてくれたのが先輩だったのだ。先輩はとても男前で人気があった。周りにはいつも取り巻きが数人いた。そんな先輩に自分は相手にされるはずがない。そう思い、気持ちを秘めていたにも関わらずある日心ないクラスメイトに先輩やその友達のいる前で自分の想いを暴露されてしまったのだ。

そのクラスメイトは純一をいつもからかってくるうちの1人だった。ある日こっそり生徒手帳に忍ばせていた先輩の写真を見つかってしまったのだ。

皆の前で暴露され、周りから嘲笑や悪意ある言葉を浴びせられる。たまらずその場から逃げ出した純一を放課後に話があると呼び出したのは先輩だった。

そこで純一を待っていたものは、想像すらできなかった最悪の出来事だった。

純一は、先輩を初めその友人たちに輪姦されてしまったのだ。

『俺の事好きなんだろ?』

そう言って笑いながら自分を犯す先輩が信じられなかった。先輩は、いつだって優しくて、人気者で。
純一は知らなかったのだ。先輩が、実は猫かぶりで自分に好意のある人間を手当たり次第食って回る最低の人間だということを。優しくされたことのなかった純一は、そのまやかしにまんまと騙されてしまった。純粋であるがゆえに、それを真実だと勘違いしてしまったのだ。

『お前みたいなやつに好かれてるだなんてないわ〜』
『まじかわいそうだよな〜、こんな奴にまで好かれちゃってさ!』
『でもお前さ、一回でも大好きな先輩にヤッてもらえて幸せだろ〜?』

その出来事は、純一の『人を愛する』という心を砕くのに十分だった。


それ以降、純一は人を好きになったことはない。高校を卒業して、純一は自分の容姿に磨きをかけた。そして、自分の容姿を武器に色んな相手と性欲を満たすためだけに体をつないだ。時には上だったり、下だったり。純一はいつも相手に一線を引いて遊び人を演じてきた。相手だって、純一と軽い気持ちでしか付き合わない相手をわざと選んだ。


だが、出会ってしまった。
この、自分の全てを覆しても惜しくはない愛しい人に。色んな経験をしてきたからこそ分かる、この真に優しい人に純一は自分の気持ちを止めることなどできはしなかった。あの高校時代の出来事から初めて、自分に『愛』を教えてくれた人。もう一度、人を愛する心を取り戻させてくれた人。

純一は初めて、愛する人を手に入れようと努力した。

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