バンビちゃんとクリスマス
「メリークリスマース!」
部屋の扉を思い切り開けると、キッチンで料理をしていた小暮が驚いて跳ね上がった。
「び、びっくりした…メリークリスマス、綾小路」
体全体で驚いてしまった自分が恥ずかしいのか、照れくさそうに笑いながらテーブルに料理を運ぶ小暮。…新妻。クる。
クリスマスの今日、本当は俺はおやじに頼んで高級ホテルのスイートを取ってレストランデートをして最高のクリスマスを演出するつもりだった。だが、小暮が先に俺にクリスマスは部屋でしないかと持ちかけてきたのだ。
外にでるには外出許可がいる。今年のクリスマスは、イブは祝日だが次の日は平日だ。つまり、外に出ても夜には学校に戻らなくてはならない。時間を気にすることなくずっと一緒にいたい。イブの夜は離れたくない、誰の目を気にすることもなく俺にくっついていたい、と。
頬を染めて、そんなかわいいことを言われて断る奴がどこにいる?
その場で押し倒さなかった俺を誉めてくれ。
「手伝うよ」
「ありがとう」
お皿と箸などを運び、二人で食事の支度をする。なんてことないこんな作業に、俺はひどく満たされる。
乾杯をして食事を終えてから、小暮は宣言通り俺にぴたりとくっついて離れない。ソファで並んでテレビを見ている時にも、ちょこんと頭を俺の肩に乗せたり、トイレに行ったり飲み物を取ったりなどから帰ってくると立ち上がって抱きついてきたり。
なんですか、これは。サービス料はいくらですか。
クリスマスプレゼントも、お互いにあまりお金をかけないようにしようと言われた。俺たちの学校はバイト禁止だ。つまり、親からの小遣いしか収入源がない。
ないのだが、俺は生徒会長という自由に動けない立場のため買い物などに不自由しないように親からカードを渡されている。恥ずかしい話だが、小暮とつきあうまで俺は金銭感覚がなかった。小暮に一度高額なプレゼントをしてこっぴどく怒られて初めて自分の感覚がおかしいことに気がついた。
それからは、世間一般の高校生が手にしている金額相当の物にするようにしている。ああ、早く働きたい。自分で死ぬほど働いて、そうして自分で稼いだ金で小暮を喜ばせたい。
金なんかかけなくても、小暮は俺からのものなら何でも喜んでくれるのは知ってるけど、男の見栄っていうのかな。さっき言ったホテルのスイートだって、おやじに金を借りてきちんと返すつもりだった。
せめて学校がバイトしてもいい、って言ってくれたらなー。なんてぼんやり考えたり。
二人して、ベッドに入る前にプレゼント交換をした。小暮からは、革製のウォレット。俺から小暮には、同じく革製のキーケース。
愛を囁きながらベッドに潜り込んで、甘い甘いひと時を過ごした。
翌日の朝、目が覚めると小暮が先に起きていた。だが、ベッドの上で起き上がったままの姿勢で固まっている。
「おはよう、小暮。どした…?」
半分寝ぼけながら声をかけると、小暮はゆっくりとこちらを向いた。
「…あやの、こうじ…、これ…」
そう言って若干震えながら差し出す小暮の左手の薬指に、銀色に輝く指輪。
実は昨晩、小暮が寝た後にそっとベッドから抜け出してポケットから取り出したそれを、俺が小暮の指にはめたのだ。
「…クリスマス、だからさ。やっぱ、そういうのあげたくて。その、あの…、
…手作り、なんだ…。」
言いながら俺は恥ずかしくなって視線をそらしてしまった。本当は、きちんとジュエリーショップで買いたかったんだけど、今俺がそれを贈っても小暮は喜んでくれないかなと思ったから。それでも、小暮に俺のもんだって証を付けてほしくて。手作りのシルバーリングを勧めてくれたのは副会長の山本だ。あいつの恋人の秘書って人が、趣味でシルバーリングを作っているらしくて教えてくれた。
安くても、いびつでも、心を込めて俺が作ったものを身に着けてくれるなら、これほど嬉しい事はないなって。
「その、へたくそで、あんま綺麗に形とかできなかったけど…ッ!?」
しどろもどろと言い訳をしようとして、衝撃を感じてベッドに倒れこむ。みると、小暮が俺にしがみついていた。胸元が濡れる感覚がする。
「…あや、の、こ…じ…っ、ひっく…、あやのこうじ…っ!」
俺の胸元にぐりぐりと顔を擦りつけながら俺の名を繰り返す。俺はそんな小暮をそっと抱きしめて、頭に一つキスを落とした。
「…きちんとしたものは、俺がちゃんと働いて稼ぐまで待っててくれないか…?」
そういうと、小暮はしがみつくながら首を左右に振った。
「こ、れで、いい…っ。俺、おれ…っ!」
言葉にならない声で、何度も何度もありがとうを繰り返す小暮の、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、唇にキスを落とす。しょっぱくて、だけど甘いのはやっぱ小暮だからだろうな。
「メリークリスマス、小暮。」
来年も、再来年も、その先ずっとお前と過ごせますように。
end
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