大人だってハロウィン
カラン…
「いらっしゃいませ」
小気味よい音を立て扉を開けると、フランケンシュタインに扮した若いウエイターが出迎えてカウンターへと促してくれた。一歩店に入り、店内を見渡すとそこかしこにお化けやら狼やら奇抜なファッションで陽気にお酒を楽しむ人たちが見える。
ああ、そうか。今日はハロウィンか。
いつもより少し騒がしい店内を見て口元に軽い笑みを浮かべると、良樹はカウンターのいつもの席に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ」
ほどなくして、店のオーナーである純一が良樹の前にやってくる。純一は、オペラ座の怪人の仮装をしていた。
良樹が微笑んで挨拶を返しいつもの、と注文すると純一は返事をしたあとシェイカーを降り始めた。
良樹はその間に、また視線を店内に向ける。仮装しているせいだろうか?店にいる恋人同士であろう人たちは、とても甘く寄り添い大胆にもキスを交わしたりしている。
この店は普通の客のみならず、『そういう』客も多く集まる。それはひとえにオーナーである純一が自身の性癖を隠そうともせずオープンにしているため。どんな客にも柔和に穏やかに、紳士に対応する純一の人柄は、口コミでこの店の人気をあげた。
時には自身の性癖に悩む人たちも相談に訪れたりする。そして、純一を口説こうとする輩も。
だが、純一はここ最近はどんな誘いにも乗ることはなかった。
『愛しい人ができたから。』
そう言ってとても幸せそうに微笑む純一を、客の皆はその恋路がうまくいくようにと祈る。
「どうぞ」
コトリ、とグラスを目の前に置かれ、はっと意識がグラスに向いた良樹は、同時に自分の隣に腰掛ける純一に気付いた。
「あ、お店はいいんですか?」
「優秀なスタッフがいますので、少し休憩です。…あなたが、店内ばかりを見ているので少し意地悪をしにきました」
純一は良樹から店内が見えないように隣に座り、いたずらっこのような笑みを浮かべる。
「皆さんが余りにも楽しそうでつい」
「今日はハロウィンですからね。今日の私はいかがですか?」
純一は、自身の身に付けた衣装を良樹に見てくれ、と言わんばかりに両手を広げる。
「よくお似合いですよ。オペラ座の怪人ですか」
「ふふ。私はあなたに狂った怪人ですから」
そう言うと、良樹は真っ赤になって視線を逸らす。頬を染めて純一から目を背けグラスに口を付ける良樹を、純一はじっと見つめる。
「…良樹さん。私もハロウィンを楽しんでよろしいですか?」
「え?ええ、それはもちろん。」
「では」
『トリックオアトリート』
そう呟くと同時に、そっと良樹に顔を寄せその唇に純一は己の唇を触れさせた。
合わせるだけのキスを仕掛けたあと、離したその口元に微笑を浮かべる。
「…わ、私はどちらもお答えしていませんが…」
真っ赤になって俯く良樹を愛しそうに見つめ、その額にまた軽いキスを落とす。
「…どちらでも同じです。あなたとのキスは私にとって甘いお菓子と同じですから。もちろん、お菓子がなければいたずらですのでキスをさせて頂きますのでね」
ぱちん、と軽くウインクする純一に、良樹はますます顔を赤くさせる。
「…で、では、私も。」
「え…?…っ!」
『トリックオアトリート』
良樹は小さな声でそう言って、純一に軽く触れるだけのキスをした。
純一はいつだって冷静に、取り乱したりすることなどなく大人な態度で良樹に甘く接する。だが、離れてから真っ赤になって俯く良樹を見て、純一は仮装なんてしなくてもこの人は小悪魔にちがいない、と珍しく動揺したのであった。
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