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良樹さんと夏祭り

カランカラン

「いらっしゃい」

子気味のよい鐘の音を鳴らしながらドアを開けると、静かに音楽の流れる店内でオレンジのライトに包まれた渋い色男がシェイカーを振りながらにこりと微笑む。
カウンターの一席に座ると、しばらくして無言で微笑みながら一杯のカクテルを目の前に置いた。

「きれいな色だね」
「あなたの為だけに作りました」

さらりと言う男に、カウンターでカクテルを受け取った男は微笑みを返してグラスに口をつける。

「今日はどうされたんですか?少しお元気がないようですね、良樹さん」
「ああ、夏祭りでね。子供たちが皆それぞれに友人や恋人と出かけて楽しんできたと言うのを聞いて、少し昔を思い出してしまったんですよ」


バーのマスター、小暮の叔父である小暮純一(こぐれ じゅんいち)は目の前で少し悲しそうに微笑む鉄男の恋人の父である綾小路良樹(あやのこうじ よしき)の言葉にそうですか、と返した。

二人の出会いは偶然である。仕事帰りに、よいバーがあると部下に連れられて入ったのがこの小暮の叔父である純一の店であった。良樹を見た純一が、
「おや、桂君?」と間違えて声を掛けたのが始まり。お互いがよく知る者同士の血縁であると言うことを知り、二人はあっという間に意気投合して良樹はそれからちょくちょくこのバーに通っているのである。

純一はそれ以上深くは踏み込まずに、良樹の前で静かにまたシェーカーを振り始めた。良樹は、この純一の包み込むような雰囲気がとても好きだった。

今日はもう閉店間近ということもあってか店内に客は良樹一人しかいない。静かな店内に、純一の振るシェイカーの音だけが響く。空のグラスをカウンターに置くと同時に、また新しいカクテルが良樹の前に置かれた。

淡い紅色の、不思議な色をしたカクテルだ。

「…これも、とても綺麗ですね」

そう言ってグラスを手にしようとした良樹の手を、純一がそっと握る。そのまま指ですい、と撫でられびくりと一瞬体を竦めふと顔を上げると、目の前に男らしい色気に満ちた純一の顔があった。


「…あなたの為に、作ったカクテルです。先ほどのカクテルの名は、崇高。そして、このカクテルは、熱情…」

言い終わると同時に、そっと良樹の唇に己の唇を合わせる。

良樹も、純一も、いつからかお互いに静かに惹かれあっていた。だが、まだプラトニックな関係で。それはほかならぬ良樹が今日のように垣間見せる、過去の想い人への慕情とそれを大事にしたいと思う純一の想い。

唇を離した後、お互いに目をそらさずにじっと見つめあう。

「…今度は、私と行きませんか。夏祭り。」
「ふふ…、お店、どうするんですか?」
「織姫と彦星だって、一日は恋のために仕事を休むんです」

まるでいたずらっ子のようにウインクをして笑う純一につられ、良樹も顔をほころばせる。


純一は、とても優しい。


かつてはノーマルであり、妻を持つ身であった自分の戸惑いを知ったうえで、自分への想いを隠さずにいつもぶつけてくれる。だが、決して無理強いはしない。

良樹は純一の誘いに頷いたことはない。いつも、上手く躱して純一もそれ以上は手を出さないし二人で出かけようと声を掛けるものの良樹を強引に連れ出そうとする事も無い。


そんな純一に、良樹はいつも心の中で謝罪する。わかっているのだ。自分が、いかにズルい男で、卑怯者であるかを。純一に惹かれているくせに、それを素直に受け入れることができない。

だから、この距離のままでもう少しいられたら。


「…私は、あなたの全てが愛しいんですよ。良樹さん」

そんな良樹の心の中を見透かしたかのように、純一はいつも良樹の頬を撫でそう言って口づける。


「…夏祭り、とは言わずに、秋祭り、いかがですか」


だから、少しづつ。


妻との思い出を、消すのではなく。新たに楽しい思い出を作るために、一歩踏み出そう。


「ええ、喜んで」


良樹の言葉に、目を見開いたあと純一は満面の笑顔で頷いた。

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