鉄二と夏祭り
紫の浴衣を着た春乃をいってらっしゃい、と見送り一颯はさて、と屋敷に戻る。
珍しく笹七と春乃とは別行動な一颯。理由は部屋の中で甚平を着てひょこひょこと踊っているちびっこにある。
なんだその踊り。タコ踊りかよ。
先日家族で行った祭りでだんじりがあったらしく、山車の上で踊る人たちを見てそれをいたくお気に召し、ずっと真似をして踊っているらしい。
「鉄二、祭り行かないのか?」
「おまちゅりないの。テケテンしゅるの」
鉄二の答えに一颯はちょっとため息をつく。あ〜あ。鉄二、祭り嫌いなのかぁ。
先日の祭りで鉄二はものすごくはしゃいだそうだ。あれやこれやとお店を楽しみ、最後に金魚すくいをしたそうなのだが、その金魚が次の日にすぐに死んでしまったそうだ。
それにショックを受けた鉄二は、踊りは踊るものの祭りに行くのをひどく嫌がるようになってしまったのだそうだ。
『一颯くんとならまた行くようになるかなと思って…。誘ってみてあげてくれないかしら?』
そう言って先ほど鉄二の母から連絡を受け、一颯は春乃に事情を説明したところ大勢よりは一颯一人の方が鉄二は気が楽なんじゃないかと言われたのだ。
それで、さっきから軽く声をかけてはみるものの、やはり鉄二はガンとして祭りに行こうとはしない。
…俺と行くのもいやがるだなんてな…
頑なな鉄二の態度に内心ショックを受ける。
『いぶとならいく〜』とか言ってくれるかな、なんてちょっと期待していたのだ。
(俺って自意識過剰…)
はあ、とため息をつくと服の裾をつんつんと引っ張られた。
「どした?鉄二」
「いぶ、おまちゅりしゅき?いきたい?」
じっと見つめられ、ぽんと鉄二の頭を抑えた。
「いや、鉄二といるよ。祭りより鉄二が好きだからな」
にっと笑うと鉄二は何やら下を向き考えた後、俺に向かって抱っこ、と両手を広げた。
抱き上げてやると、ぎゅうとしがみつき肩に顔を埋める。
「どした?」
「…おまちゅり、いく。いぶといく。ちんぎょしゃんのとこ、ないないしゅるから大丈夫もん。」
鉄二の言葉に驚いて目を見開いた。
鉄二はきっと、さっきの俺のため息を俺が祭りに行きたがっているのだと思ったんだろう。
元々とても優しい鉄二のことだ。俺が行きたいなら、と頑張って『行く』と言ってくれたのだろう。
そんな鉄二に、先ほどまで萎んでいた心が満たされる。
なんだよ。やっぱ鉄二、俺なら行くって言ってくれんじゃん。俺のこと、大好きなんじゃん!
俺はしがみつく鉄二の背中をぽんぽんと優しくたたいてやった。
「…ありがとな、鉄二。いいんだよ。無理すんな。ちゃんと鉄二が金魚さんを見ても大丈夫になったら、一緒に行こうな。」
「いぶ、イヤない?」
「イヤじゃないよ。さっきも言ったろ?鉄二の方が好きだって」
にしし、と笑うと鉄二も同じくイシシと笑った。
焦ることはない。祭りはこの先いくらでもあるんだ。祭りより、鉄二が大事なのは本当。こんなちびっこに俺のために無理なんてしてほしくない。俺のために『行く』と言ってくれた、それだけで十分だ。
そんな二人のために、良樹がいつの間にやら庭にテキ屋を数人呼んでプチお祭りを開いたのだった。
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